更なる活躍が期待されるメゾソプラノHéloïse Masの声からわかる鼻腔共鳴に頼った歌唱の問題点と改善方法

Héloïse Mas(エロイーズ マス)は1988年、フランス生まれのメゾソプラノ歌手。

声楽を学ぶ前には、ピアノやオルガンを専攻しており、2010年にリヨン音楽院へ入学。
Elena. Vassilievaに師事していたとのこと。

マスは早くから機会に恵まれ、2013年にリヨン国立歌劇場へ出演したり、ジョイス・ディドナートのレコーディングに参加したりと一気にスターへの階段を駆け上がるかのように見えましたが、その後もほぼフランス国内での活動が中心で、大劇場で歌っているという訳ではないので、それほど知名度が高い歌手ではないかもしれませんが、着実に実力を付けているように聴こえますので、今回紹介しようかと思います。

 

 

 

ガーシュウィン Summertime

 

 

 

 

 

モーツァルト 皇帝ティトの慈悲 Parto ma tu ben mio

 

こちらが音源は2つとも2014年のもの。
この地点で感じる声の印象としては、縦の響きを勘違いしていると言えば良いのか、
横に広がった平べったい声にならないように注意しているのはものすごく分かるのですが、
それが良い方向には機能しておらず、不自然に鼻の後ろに声を当てるような歌い方になってしまっています。
”o”母音が特に顕著なのですが、異常なほど鼻の下を伸ばすような口のフォームになります。

 

 

 

 

これが中低音の”o”母音、つまり普通に喋って出せるような音域でこのフォームというのはやっぱり不自然に見えます。
この演奏は、全体を通してくしゃみを我慢してるんじゃないか?と思わせるような表情で歌うので、声以上にフォームが気になってしまうのは私だけではないと思います。

 

 

 

 

ロッシーニ セビリャの理髪師 Dunque io son
バリトン Marc Scoffoni

https://www.youtube.com/watch?v=O4AZZKyhDLQ

こちらは2016年の演奏。
まだ鼻の後ろに声を集めたような歌い方ではありますが、
2014年の演奏と比較すると響きが少しづつ上がってきているように聴こえます。

 

 

 

 

グノー サフォー Oh ma lyre immortelle

https://www.youtube.com/watch?v=DrSsDTEEMsM

2018年の演奏になると随分と歌唱にも随分風格が出てきますね。
2014年では、とにかく不自然な口の開け方が目につきましたが、4年間でその辺りは随分解消されています。
低音域はそれほど鳴る訳ではありませんが、響きが落ちることなく、それでいて胸の響きはあるので、小さな声でも良質な温かい音色をしていますね。

この演奏でも鼻寄りの響きが強いのですが、以前までと違って固めたような声になる部分が殆どなくなり、特にピアノの表現はレガートも響きの豊かさも格段に進歩しています。
一番最後の最高音も比較的上手く抜けていて、中音域~パッサージョ付近でのフォルテよりも出し易そうに聴こえるところを見ると、やっぱりメゾでも五線の上の方を安定して出す方が、一発BやハイCを出すより難しいのでしょうね。

 

 

 

マーラー リュッケルトの詩による歌曲 Ich bin der Welt abhanden gekommen

こちらも上と同じ2018年の演奏なのですが、
ドイツ語ですとより一層マスの改善点が明確に分かります。

それは最後の歌詞

「In meinem Lieben, in meinem Lied!」の歌唱(4:53~)

 

私には「Lieben」ではなく、「Leben」に聴こえるんですよね。
しかし、二回目の高音から降りてくる時の発音はちゃんと「Lieben」に聴こえる。
さて、この違いは何なのかと言えば発音のポイントです。

ずっと鼻よりの響きと書いてきましたが、もっと唇の先で”i”母音は乗らないと籠ってしまいます。
二回目が上手くいっている理由は、その前の「meinem」の語尾の”m”の子音から上手く繋げて”Lieben”を歌えているからです。

繋げると言うのは、勿論リエゾンするという意味ではなくて、響きとして同じポイントで歌えているということですね。
これが上手くいかない時は、響きが奥気味で無駄なヴィブラートが掛かったりするのですが、時々上手く出来ているので、ここの成功率が上がって、いずれは全体的な発音のポイントが前にいくと、更に洗練された歌唱が出来るようになるのではないかと思います。

 

 

 

 

ヘンデル Morirò ma vendicata

ヘンデルの演奏は比較的しっくりくる感じがします。
イタリアバロック作品を得意とするメゾにはアクの強い歌手が多いこともあってか、
マスの癖がそれ程気にならないと言えば良いのでしょうか?
少なくとも、マーラーのようなリートでは気になるような響きのブレが、ヘンデルのこういう激しいアリアでは短所にならず、逆にドラマティックに聴こえる効果となってさへいるかもしれません。

純粋に美しい響きで歌うだけならカウンターテノールとの差別化が難しいバロック音楽におけるメゾソプラノにとって、実はワーグナーやヴェリズモ作品を歌う以上に個性が重要な要素なのかもしれません。

 

今年は2つのシンデレラ、ロッシーニとマスネを歌う予定なだけに、
この状況ではどうなるかわかりませんが、それこそ一機にブレイクしてもおかしくないかな?とも思っていたのですが、果たしてマスのシンデレラストーリーの幕が開けるのか?
今年ダメでもこの調子で上達していけば、幅広いレパートリーを高い水準で歌える良いメゾになれると思うのですが、どうなることでしょう・・・。

 

 

 

CD

 

 

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