Javier Camarenaの歌唱に衰えが見え始めた

Javier Camarena(ハヴィエル カマレナ)は1976年、メキシコ生まれのテノール歌手。

ロッシーニ作品を得意としており、近年はフローレスがロッシーニ作品を歌わなくなった後を継承するように、この分野での第一人者となっていた感がありましたが、今年5月のリサイタル音源を聴くと、声に衰えが見え始めてきたように感じましたので、そこを詳しく聴いていきましょう。

 

 

 

Recital Javier Camarena en la Sala Nezahualcóyotl (20 de marzo, 2022)

 

こちらが今年5月のリサイタルの演奏
00:31:30 1. Pace non trovo (Soneto 104)を以下で紹介する他の年代の演奏と比較すると分かり易いと思います。

 

 

2012年

こちらが役10年前
まず、中低音が今年の演奏と比較すると響きが乗っていてスカスカしておらず、
そのためにレガートの質も上。
今年の演奏も決して悪い訳ではないですし、高音からの下行音型で、著しく特定の音から下の音になると響きが無くなったりする訳ではないのですが、どこか10年前より硬さを感じてしまうのは私だけではないと思います。

 

2017年

カマレナと言えばロッシーニや、ドニゼッティの連隊の娘のアリアのような、
技巧的だったり、高音を連発する曲で真価を発揮すると考える方は多いと思いますし、私もそう思っている内の一人ではありますが、彼の演奏で一番すきなものはと聞かれれば、
マリア・グレーバー(1885年9月14日– 1951年12月15日)というメキシコの女流作曲家が書いた「Júrame」という曲。

グレーバーの作品はメキシコの歌手にとっては大切なようで、ラモン・ヴァルガスも「Despedida」や「Te quiero」は演奏会でよく歌っているのは知っていましたが、
カマレナが歌う「Júrame」は本当に色気と洒落っ気がありながらも爆発する時の熱量が高くて素晴らしく、他の歌手の演奏とは一線を画していると思います。

 

 

例えばヴィリャゾン

なんかポップスチックな曲を仰々しく歌ってるのね~程度にしか正直思えない

 

 

 

 

 

 

 

因みにカレーラスも歌ってます。

声は良いかもしれませんが、この人の演奏はどうしてもディ・ステファノの歌い方をこじらせたよいに聴こえてしまう。
こういうノリが好きなら良いと思えるんですが、そうでないと鬱陶しい。

 

勿論テノール以外の声種でも歌っている歌手はいますが、
カマレナほど感情の持って行き方と、決め所での声の伸びやかさで優る演奏は今のところ聴いたことがありません。

 

そんな訳で、カマレナの代表的な演奏はこの曲だと考えていて、
その中でも2017年のこの演奏は最後の高音も上げていながら、どこを切っても声に余裕があって全開で声を出してる部分がない。
という意味でも楽に高音を出せる彼の良さが詰まっていると思います。

 

 

 

2019年

2017年の演奏から全音上の調整で歌っているので、最高音はハイDです。
録音環境もあると思いますし、何せ全体的に音が高い訳ですからこっちの方が2017年の演奏より輝かしい声で華があるのですが、ちょっと鳴らし過ぎな感じの危なっかしさがある。
この高音は本当に素晴らしいですが、このような演奏を続けていて5年後、10年後も大丈夫か?と思えてしまう。

それこそ前述のディ・ステファノやカレーラスのように美声の垂れ流し的な高音しか出せなくなってしまわないかという不安ですね。
カマレナは難しい音域で声をコントロールできたからこそ、ただ超絶技巧を売りにしていた歌手にはない魅力があったのですが、恐らくこの高音を出し続けるとロッシーニは歌えなくなって、レパートリーをシフトすることになるでしょう。

そして実際彼のスケジュールを見ると、2020年を最後にロッシーニは歌っておらず、
なんと2023年には、マスネのマノンのデ・ブリューを歌うことになっています。

いままで歌っていた一番重い役は、ルチアのエドガルドまで、
フランス物なら真珠採りまでです。
ファウストすっ飛ばしてデ・グリューにいってしまうところを見ても、彼の中で急激な変化が起こっていることはほぼ間違えない。

 

 

2022年

 

そして再び2022
8月7日という本当に最近の演奏ですが、今までに増して鼻先にかかった感じの硬い声になっている気がしてなりません。

一般的に言う五線の上のファ(F)辺りのパッサッジョ付近で多少鼻声っぽくなる癖はずっとあったのですが、
最近それが顕著になってきて、所謂喉が開ききってない状態になってしまっている感じがします。

この愛の妙薬のアリアは、最高音は高くないですが、ちょうどパッサッジョ付近が曲の中心になっているので、歌手のフォームを判定する曲としては最適で、軽い声でない歌手でも、テノールなら上手く歌えなければいけない曲です。
逆を言えば、このアリアが上手く歌えないテノールは一流ではないと言って良いと思います。

そこで最近のカマレナですが、
結論としては、やっぱり2019年辺りをピークに衰えが見え始めていると結論付けて良いのではないかと思います。

今後どう声が変化するかはわかりませんが、このまま重いレパートリーに移行しても、中音域が充実している訳ではないので、結果的にテッシトゥーラ(平均的な音域)が低い曲を歌っても栄えないことは確実ですから、そこで更に声を鳴らそうとしたらフォームを確実に壊してしまうでしょう。
カマレナほど技術のある歌手でも、まだ40代半ばでこういう状況になるのですから、ロッシーニテノールがいかに喉に負荷を掛けるのかがわかると共に、高音を売りにしていた歌手がレパートリーを移行するということがどれ程難しいことなのかを思い知らされた気がします。

どういう方向性にいくにしても、まだまだ声を保って現役でい続けて欲しいものですね。

 

 

 

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