現代的なカウンターテノールの先駆けGerard Lesne


Gerard Lesne (ジェラール レーヌ)は1956年、フランス生まれのカウンターテノール歌手

jochen kowalski(1954年)
Michael Chance(1955年)
といったカウンターテノールより知名度は低いですが、

次の世代の、
Brian Asawa (1966-2016)
Andreas Scholl(1967)
のような歌唱に先駆けて、ノンレガートではなく、
美しいレガートによる歌唱でバロック作品を歌ったカウンターテノールです。

昨日の記事では、バロック作品を歌う時でも、ノウレガートではなくレガートで歌う方が好ましいことを書きましたが、ソプラノよりもカウンターテノールで比較した方がわかりやすいということで、昨日の記事の続きのような感じになります。

 

 

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バッサーニ ”Salve regina

最近は高音もよく出るカウンターが多いですが、
レーヌは低音が本当に美しいです。
アルトであれば胸を鳴らすような音になるところ、
カウンターでは実声の色を強くした声になるので、
カウンターテノールとアルトの音質で個性が出るのは低音です。

レーヌの声は細くて繊細というより、
深くてやや陰がありながらも、柔らかさのある響きです。
全く息の流れが止まることがないのが本当に素晴らしいですが、
しかし、このような歌い方をするカウンターは、レーヌと同世代の有名所と比べてみると分かるとおり、全然いなかったのです。
ヘンデルの有名なアリアで比較してみましょう。

 

 

 

ヘンデル リナルド Cara sposa

 

 

 

jochen kowalski

コヴァルスキはカウンターテノールのカリスマ的な存在として、
最も有名になった人ではないかと思いますが、
実際に、ほぼ同じ年代に生まれたレーヌとコヴァルスキの演奏を比較すれば、根本的に発声が違うことがわかると思います。

 

具体的に分かり易い歌唱を挙げると、
両者の(50秒~60秒)
「Deh! Ritorna a’ pianti miei!」
という歌詞の「tor」の高音、
コヴァルスキは完全に力で押し出しているのに対して、
レーヌは旋律の流れの中で出している。
勿論高音だけではなく、その後の下行音型でも響きが変わってしまうコヴァルスキと、全てが同じ響きの中で歌い切るレーヌでは明らかに技術に差があるのがわかると思います。

 

 

 

パーセル O Solitude

 

 

 

Michael Chance

ライヴということもありますが、チャンスは不安定な部分が所々あります。
これは、結局のところコヴァルスキ同様に高音と低音で響きが分離してしまっており、ポジションが音程によってかわってしまっているからです。
それに比べてレーヌは全く違う次元で演奏しています。
これは結局不自然なノンヴィブラートで歌うことを追求した結果、レガートもできない発声で歌うのが古楽的な歌い方として定着してしまったのではないかと思われます。
しかし、時代は変わり、自然な声には当然ヴィブラート(倍音)が含まれるべきである。という考え方が一般的になり、古楽の演奏も決まりばかりを重視するのではなく、言葉に動機付けられた表現が主流になってきました。
その結果が下記のような感じです。

 

 

 

Brian Asawa
ヘンデル ジュリオ・チェーザレ  Cara Speme

アンドレアス ショルはここでは紹介しませんが、
ジャルスキーが出てくるまでは、間違えなく世界最高のカウンターテノールと言えたでしょう。
アサワは2016年に若くして他界してしまいましたが、
聴いての通り、チャンスやコヴァルスキとは明らかに違う、
非常に自然な響きのカウンターテノールでした。
こうしてカウンターテノールの声を追うだけでも”古楽的な声”。の定は明らかに変わってきています。
というより、古楽を専門で歌う声、という考え方がそもそも間違っており、今では古楽を得意とする歌手が、ロマン派作品でも違和感なく歌えるのが現実です。
この結果が示すのは、
ベルカント唱法、古楽を歌うノンヴィブラート唱法、リートを歌うドイツ式発声・・などのような概念がそもそも間違っており、正しい歌い方をすればどこにでも適用できるということです。
レパートリーを決めるのは発声ではなく個人が生まれ持った声質ですよね?

そんなのちょっと考えれば分かるはずなのですが、モーツァルトが合う声の人も、発声を変えればプッチーニが合う声が出せるようになると信じている人がいるのが現実です。

 

 

ドキュメンタリー
ヘンデル セルセ Ombra mai fu(1:25~)

このシリーズはパート7~9がないので不完全なのですが、
レーヌの非凡な歌唱を映像で見れるだけで価値があります。

女声はちょっとわかりませんが、男声であれば、
バス~テノールまで、この人の声をイメージしたファルセットの練習は間違えなく役に立ちます。
パッサージョを柔軟な声で操るにはミックスボイスは必須ですが、実声から模索するより、明らかにファルセットから滑らかに繋げた方が負荷がかかりませんからね。

とは言っても、コヴァルスキみたいな声ではダメで。重要なのは息の流れだけで、自分には聴こえるか聴こえないかの小さな音を出せるようにすること。
具体的にどんな声だったかは想像するしかありませんが、伝説的な名テノールのジーリも、そのような声で歌う練習を重視していたと聞きます。。

こうやってレーヌの歌をじっくり聴くと、
私からみれば本当に偉大なカウンターテノール(オートコントルと書いてるところもありましたが)なのですが、
世間的知名度は低い。本当に勿体ない限りです。
もっとこのような人が広く認知されることを願うばかりです。

 

 

 

CD

 

 

 

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