Ksenia Leonidova(クセニア レオニドヴァ)はロシアのメゾソプラノ歌手。
詳しい経歴が調べても出てこないのですが、
どうもオーストリアを中心に活動をしているようで、カルメンや蝶々さんのスズキ、カヴァレリア・ルスティカーナのサントゥッツァといったかなりドラマティックな役を得意としているようですが、その一方でスケジュールを見ると宗教音楽のソリストも積極的に勤めているようです。
2011年頃の演奏
見た感じ、まだ20代だと思うのですが、見た目の線の細さからは想像できない深い響きを持っているのが魅力ですね。
ロシア系のメゾと言うと、どうしても声量はあるものの、どこか奥まった声の歌手が多い印象ですが、レオニドヴァは低音の胸声でも無理に押した感じがなく、全体的に無理がない歌い方をしているように見えます。
ディナーミクに関してはまだまだで、ほぼフォルテとメゾフォルテの音楽ではあるのですが、それでもこういう音楽を聴かせられるというのは、音楽性と言えるのか、それともロシア語を母語に持つ人の感性なのか、技術的に上手いというのとはちょっと違いますが、良い歌唱にはかわりありません。
ボロディンと大体同じ位の時の演奏なのですが、
やっぱりロシア系の歌手だった~!
といった感じの、ボロディンの哀愁に満ちた歌唱とは異なり、白黒はっきりした対比表現のようなものが一切なく、装甲車が高速道路を直進するような演奏をしていらっしゃいます(笑)
このことからわかるのは、早口になるとなぜか奥で声を作ってしまって、言葉を全く前でさばけないために、音楽が非常に重くなり、跳躍にも大きな力が必要になるために、大きな高音への跳躍では吠えてしまう。
因みにこの曲は、テノールが歌うこともある曲で、なぜかドミンゴが好んで歌っていたりします。
Placido Domingo
2015年の演奏
この演奏になると、カルメンなのでヘンデルより重い声になっているかと思えば、
逆に響きがスリムになって、随分前の方で鳴るようになってきました。
低音でも胸声を使わないで鳴らそうとしているためなのか、低音は詰まった感じがないでもありませんが、ヘンデルの歌唱に比べて特に”e”母音で改善が見られます。
ヘンデルのアリアの最初の歌詞は以下のような感じです。
Svegliatevi nel core
furie d’un alma offesa
a far d’un traditor
aspra vendetta!
「core」とか、「vendetta」といった言葉で、特に下降音型の時にゲロります。
一番やらかすのはvendetta」の”de”が大抵変なところに入ってる。
これは詰まるとか、押すとか、横に開くとかいうより、声を聴いた通りゲロってるとこに入ってる声。
こういう汚い”e”母音がハバネラでは一掃されて、確かに硬さはまだありますが、とても響きに清潔感が出てきています。
こういうところからも、如何に前で言葉をさばくことが大事かがわかると思います。
声を追い求めても良い発声では歌えない。
これは私自身が何
年も自分の身体で人体実験した経験からも間違えないです。
ドラマティックなメゾのアリアの代表格と言えるエボリのアリアですが、
ヘンデルよりも細い響きで歌っているのがわかるでしょうか?
このアリアや、カヴァレリア・ルスティカーナのサントゥッツァのアリアのような曲は、特に吠えまくって歌う歌手が沢山いる訳ですが、それが結果としていかにドラマを台無しにあうるかということです。
ドラマティック=大音量ではなく、
ピアノ~フォルテまでの如何にディナーミクの幅をもって処理できるかが重要。
オテッロなんかは、テノールの中でも特にドラマティックな声が求められることで有名ですが、楽譜上はピアノで書かれた音楽が実に多いのです。
つまり
会場の後ろまで届く響くピアノを出すためには
●倍音を多く含んだ響きにしなければならない。
●倍音を多く含んだ響きにするには、前に響きが乗った声が必要である。
●前で響かせるには、母音の中でも一番前で鳴る”i”母音の質を磨き、そこに他の母音の響きを合わせ仲ればならない。
といったプロセスがあるのですが、
これができていないと、結局ピアノではただ音を小さくするために奥に声を引っ込めたり、あるいはピアノやピアニッシモのない音楽しかできない歌手になってしまう訳です。
これは素晴らしい演奏ですね。
対訳があれば載せたかったのですが、残念ながら見つかりませんでした。
死の平原という訳で、亡くなった兵士を弔う歌なのですが、
第一声から空間を荒涼とした大地が見えるかのような張りつめた空気に変えてしまう存在感は圧巻。
歌っている姿勢がまた美しいですね。
方から顔にかけては余計な力が入っていないのですが、首筋~耳の裏あたりのラインが緩むことなく常に張れているのが特に素晴らしいです。
ここが奥の空間を作るのにとても重要なのですが、下顎に力を入れずにここだけを引っ張るには、舌先や唇にも余計な力が入っていてはいけないので、簡単にできることではありません。
だから、今までは出来ていなかった薄く伸びるピアノの表現もこなせる。
この歌唱は理想的なんじゃないかと思います!
いかにもメゾソプラノらしい太い声ではなく、
まるでソプラノのような高い響きでありながら非常にドラマティックに、
それでいて旋律も歌唱フォームも崩すことなく歌えています。
これほどの歌手がなぜ世界的に有名になっていないのかわかりませんが、
私は現代屈指のドラマティックメゾであると確信しています。
それにしても、この人のロシア物は筆舌に尽くしがたい魅力がありますね!
言葉の持った色や、その言葉を母語としているからこその語感
その音楽が生まれた土地の空気感やリズムの感じ方まで、
こういう演奏を聴くと、グローバルスタンダードなどという本当の意味では文化を尊重しない演奏スタイルはとっととゴミ箱に捨ててしまうべきだと確信させられます。
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