リクエストがあったので、
車田和寿氏の発声解説動画について、私の意見を書いてみたいと思います。
最初にことわっておきますが、あくまで車田氏の解説についての私の意見であり、
内容の成否とは一切関係ありませんので、その点はご了承ください。
まず、今回対象とする解説動画についてですが、
かなり沢山レッスン関係の動画を出されていらっしゃるので、
気になったものを2つ挙げていきたいと思います。
まず最初は感銘を受けたものから。
一般的に殆ど触れられることがないが、とても大切な内容です。
【レッスン9】下あごは引いて歌うべき?正しい顎の位置を本場のプロが伝授! 顎の位置をしっかりと意識して上達をめざせ!】です。
この内容は、今まで色々な指導を受けてきた中でも抜けることが多い部分でありながら、
無茶苦茶大事なところです。
一般的な合唱指導では、まず「あごを引け!」と言われるので、声楽を学習している方ほど、
「習ってきたことと違う!?」と思うのではないでしょうか?
と言うことで、この内容に請謁ながらついて補足させて頂くと、
合唱指導で「あごを引け!」と言われるのは、そもそも姿勢が前傾姿勢になってしまう方が多く、重心が前にいってしまうことで、響きが真っすぐ上に抜けないために、姿勢を正す意味を込めて使われることが多い印象です。
よって、歌う喉のフォームとしてではなく、ただ、顎が胸より前に出てしまって浅い響きになってしまうのを防ぐ意図で使われる。と考えるのが妥当でしょう。
ただ、その弊害として、車田氏が指摘しているように、喉の空間がつぶれてしまうこと問題はなおざりにされてしまっている。
その一方で、上を向いて声を出したらちゃんと声が出せるか?
と言われると、これはある程度訓練された学習者でないと難しいと思います。
なぜなら、喉が上がると、上を向いて声が出せないからです。
逆に言えば、上を向いてちゃんと声が出せる喉のポジション、更に言えば舌の使い方を学ぶことが、一番正しいフォームを身に着ける近道になると思います。
発声の悪い癖を治せ!
と言うのは簡単ですが、それが何なのか?
悪い癖が分かってもどう治せば良いのかを認識するのが声楽はとても難しい。
だからこそプロの歌手であっても専任のボイストレーナーを持っていたりする訳ですが、
その一番の理由は、間違った歌い方でも声が出てしまうからです。
なぜ私がこの動画を他のレッスン動画と比較して重要だと思ったかと言うと、
上を向いて声を出すと、間違った喉のポジションでは声が出せないので、自分で自分の悪い癖を認識できるから。
しかも、初心者だけでなく、何年、何十年と歌を勉強してきた人でも、と言うかむしろ難しい曲を歌うようになってからこそ、どこでフォームが崩れるのかをチェックできるというメリットがある。
それに気づいたのは、私もここ1・2年のことで、学生時代にコレは知っておきたかったなぁ。とつくづく思います。
一方で、ちょっと言っていることについて気になったのは以下です。
2:10辺り~
●男性は高音をファルセットで出す訳にはいかないので、地声で高音を出す手段として、喉を下げて声帯を引っ張る必要がある。
9:30辺り~
●パッサッジョを通過させるまでの音域は、喋るのと同じ高い喉の位置で歌って、高音で咽喉を下げる。中音域と高音で二種類の発声をしている。
●パッサッジョはコペルトして出すのがイタリアのテノールの伝統
こういった趣旨の説明はとても違和感がありました。
まず、デル・モナコのメロッキメソッドと呼ばれる発声はイタリアの伝統ではない!
あれは独自のもので、それこそオテッロをヴェルディが存命の時代に歌っていたタマーニョなんて全然違う歌い方をしているのを聴けば、私達が想像するドラマティックテノールの声とは、イタリアの伝統的なテノールの発声とは違うことは明白である。
メロッキ発声法は、一部の選ばれた歌手しか適応できない亜流で、とても魅力的ではあるが、恵まれた楽器と筋力がなければ、先に喉を傷めてしまうリスクが高い発声法だ。
Francesco Tamagno
ではイタリアの伝統的なテノールの発声とは何か?
ということになると、これを正確に知る方法はそもそもなくて、
その理由は、完全な地声で高音を出すようになってから200年も経っておらず、
それまでは、地声からファルセットにつなげる技術、所謂ミックスボイスがテノール歌手の高音のスタンダードだったことがわかっているからです。
そこでもう一つ重要な車田氏の誤解を招く部分があって、
咽喉を下げて出す高音=地声という印象を与えることです。
ファルセットは別に喉が上がった声ではありません。
地声とファルセット(ミックスボイス含む)の違いは、声帯の厚さと正門閉鎖の力です。
つまり、車田氏は、声帯を上下の伸縮についてしか語っていないのですが、
声の柔軟性は厚みで決まり、地声とファルセットでは、単純に地声の方が強く正門閉鎖をしないといけないので、より引っ張る力が強くないと高音が出せないだけで、この声帯の奥行によるディナーミクについて一切触れられていないのは問題があるかと思います。
こう見ると、ピアノの表現ができないモナコや、バリトンに限りなく近いヴィナイを例に出して説明されていることには合点がいきます。
なお、著書
”テノールの声: その成立と変遷 400年間の歌手列伝”
によれば、現代で最も伝統的なイタリアのテノール歌手の理想的な発声に近いのは、マッテウッツィらしいです。
ちなみに、世間一般で「ベルカントの神様」と形容されるのはタリアヴィーニ。
この系統で私が好きなのはヴァッレッティです
William Matteuzzi
Ferruccio Tagliavini
Cesare Valletti
オペラ黄金時代に、軽視されがちだった歌曲やリートをちゃんと歌えたヴァッレッティは、本当に貴重なテノールなんですけど、共感してもらえる人が少ないのが残念。
ということで、今回は頂いたリクエストに応えて、
車田和寿氏の発声解説について記事にしてみました。
とは言え、この方は現在まで沢山のレッスン関連動画を出されており、とても全てをチェックできた訳ではないので、もしかしたら今回私が指摘している部分について触れているものがあるかもしれませんので、何かありましたらお知らせください。
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