新国行くのはいつ以来だろうか?
手術して以降出歩くのが難しくなって、どうしても演奏会に足が向かなかったのですが、今日ばかりはそうも言っていられません。
なんせ、ずっと個人的に推しまくってた方の新国主役デビューとなれば、そりゃはいつくばってでも行きます。
と言うことで、今回は彼女を称賛するだけの回になってしまうかもしれませんがご了承ください。
<出演者・スタッフ>
日本オペラ振興会総監督 郡 愛子
公演監督 斉田 正子
指揮 阿部 加奈子
演出 粟國 淳
ヴィオレッタ 田中 絵里加
アルフレード 松原 陸
ジェルモン 押川 浩士
フローラ 北薗 彩佳
ガストン 工藤 翔陽
ドゥフォール アルトゥーロ・エスピノーサ
ドビニー 大塚 雄太
グランヴィル 相沢 創
アンニーナ 萩原 紫以佳
ジュゼッペ 濱田 翔 原 優一
使者 江原 実(全日)
召使 岡山 肇(全日)
合唱 藤原歌劇団合唱部
新国立劇場合唱団
二期会合唱団
ダンサー 水 友香里、浅井 敬行
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱指揮 安部 克彦
美術&衣裳 アレッサンドロ・チャンマルギー
照明 原中 治美
振付 伊藤 範子
舞台監督 菅原 多敢弘
副指揮 大浦 智弘、矢野 雄太
演出助手 上原 真希、澤田 康子
まず、全体的にかなりゆったり目なテンポで、熱が入ってもテンポが走らない、落ち着いた音楽作りだった印象なのですが、一つ愚痴を書かせて欲しい。
フライングブラボー、及び拍手はほんと~に止めて頂きたい。
ヴェルディの初期~中期に掛けての作品は、特にオケが伴奏に徹して、歌手の力量だけでフレージングを作らなければならないことが多い。つまり、歌手の「間」の取り方は演奏における生命線である。
何が言いたいかと言えば、聴衆も沈黙を大事にしなければならない。これは良い演奏会にするために必須のマナーだ。
演奏と拍手の間の沈黙は別世界との境界線、いわば、絵画と現実世界を隔てる額縁のようなのの。
フライング拍手やブラボーは、額縁に絵具をぶっかけるにも等しい行為であるとを理解してほしい。
それでは、主役3人について詳しく記載していこう。
<主要キャスト評論>
ジェルモン役:押川 浩士
この動画の演奏は5年弱前なので、現在と多少声は変わっているかもしれませんが、
日本人でヴェルディを歌う方には、テノールじゃね?と思えるような声質の方が見受けられる中でも、押川氏の声質は強い中音域をもった、なかなかいないヴェルディを歌える声を持っていると思いました。
ただ、個人的にはちょっと傍鳴り感がある。
はっきり言ってしまえば圧力過多で押している。
もっと柔軟性のある響きを追求しないと、フレージングが単調に聴こえて、ただいい声で旋律をなぞっているだけになってしまう。
マエストリという著名なヴェルディバリトンの歌唱でちょうど良いものがあったので参考までに貼っておきますが、正しい発声であれば、このようにヴェルディバリトンであっても、ファルセットに繋げられる位に軽く柔らかいポジションと息の使い方になる。
是非開始~40秒辺りを聴いて頂きたい。
役柄としては、2幕が一番よかった。
聴衆目線としては、明らかに迷惑なおっさんな役な訳ですが、
ジェルモンにはジェルモンの守るべきものがあっての行動であり、悪意が見えてはいけないのが難しいところ。その辺りで押川氏は、品格のある嫌味のない演奏だったのではないかと思います。
アルフレード役:松原 陸
アリアは22:58~
発音が明瞭に聞こえて、中音域~五線の上のラ辺りまで、
特に一般的にはパッサージョと言われる、五線の上のミ~三度上のソ辺りの音域での声が真っすぐ飛んでいるのは良かったですね。
むしろ松原氏はパッサージョ、アクートを感じない、有名な歌手で言うと、フランシスコ・アライサのようなタイプの声なのか?
それは良いとして、声は若々しくて伸びやかなアルフレードに合っているのですが、
フレージングについてはそれではいけない。
ヴェルディは重要なことは楽譜に書かない作曲家である。
いかに音と音の行間ならぬ音間を歌えるかが勝負。
心拍数が上がってきて、ヴィオレッタを罵る3幕の演奏はかなりよかったし、
高音も良いポジションにはまっていたので、簡素な旋律や、穏やかな曲でも、同じように感情の動きをフレージングとして表現できると演奏の質が格段に上がるだろう。
それと、発音では”u”母音は直す必要がある。
全体的に”o”に近過ぎるし、音域によって響きの質にバラつきがあるので気になる。
声には変なクセもなく、ハマった時の高音には魅力がありますし、
テノールにとってしんどい音域が安定しているので、今後歳を重ねて声が太くなってくれば、更に良い歌手になるのではないかと思いました。
ヴィオレタ役:田中 絵里加
1幕はでは、ちょっと余計なヴィブラートがあるかな?
と思ったり、有名なアリアの最後のハイEs(五線さらに1オクターヴ上のミ♭)は、恐らく彼女ならもっと良いポジションで出せただろうな。とか、何度も聴いている分、今までの演奏と比較して聴いてしまっていたのですが、
2幕で彼女らしい演奏を堪能できました。
何が凄いって、ピアノやピアニッシモでもフォルテと声の飛び方がかわらないところで、
緊張感を凝縮したピアノで完璧なレガートを聴かせられた時ほどオペラを聴いてて痺れることはない。
これが可能になるのは、フレーズを歌い出す時のブレスがまずしっかりしているからで、
勿論高音が楽に出せるとか、アジリタが安定しているとか、本来無茶苦茶技術がいることを、簡単にこなしているように聴かせるだけの土台があって初めて到達できる領域ではあると思うのですが、発声としてメカニックに行うブレスと、ヴィオレッタという役とし聴衆収に見せるブレスの二種類を使いこなせてこそ、彼女の変幻自在なフレージングは生まれるのだと思う。
終幕のアルフレードとの重唱”parigi o cara”なんかは特に顕著で、
同じ旋律をアルフレードの後にヴィオレッタが歌う上に、オケは簡素な伴奏なので、二人のフレージングの質が全く別物だった。
実は本番前に本人から体調崩したとか聞いていたので、内心ハラハラしながら本日の演奏を拝聴していたのですが、終わってみれば、会場の反応からもかなり質の高い演奏だったのではないかと思います。
<全体の感想>
合唱がちょっと遅れた?ように聞こえる箇所があったりしましたけど、
その合唱も全体的にはメリハリが効いて、個々が前に出過ぎないながらも、統率が取れすぎて群衆と言うより軍隊みたくなるようなこともない。良いバランスだったのではないかと思いました。
冒頭にも書いた通り、テンポが全体的に遅めで、その分アルフレードなんかはキツかったんじゃないかなと思いますが、そこを安定して歌い切れたことは十分立派だと思います。
ゆったりしたテンポの中で、同じ音を伸ばしていたとしても聴衆にフレーズの方向性を見せるだけの力量が一流の舞台で歌う歌手には求められますので、今日歌われたキャストが今後どのように活躍されていくか見届けたいと思います。
といったところで、今回の評論は以上です。
最近自発的に活動が出来ていないので、もし気になる演奏会がありましたらお知らせください。
日程が合えば行ってレポートしたいと思います。
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