昨年パリ国立音楽院を主席卒業したばかりのメゾソプラノVictoire Bunelの実力を検証してみる

Victoire Bunel(ヴィクトワール ビュネル)はフランスのメゾソプラノ歌手。

2013年に入学し、2018年にパリ国立音楽大学を満場一致で修士号を取得したばかりのようですが、すでにWigmore Hall でリサイタルをこなし、
フォン オッター、ディートリヒ ヘンシェルといった歌手のマスタークラスを受け、
歌曲だけでなく、オペラでもモンテヴェルディやリュリ、セバスティアン デュロン(スペインの作曲家)といったバロック作品から、ワーグナーのヴァルキューレ隊の一人(ジークルーネ)、更にはヤナーチェクのイェヌーファに来年出演予定という、若くして貪欲に様々なレパートリーに挑戦している注目のメゾソプラノです。

 

 

 

 

2015年のリサイタル

 

現代曲や長い連作歌曲ならわかるのですが、比較的有名なフランスオペラのアリアを歌うのに、ハバネラ以外譜面を持ってリサイタルやるという感覚がどうも理解できないのですが、フランスではあまり違和感ないのかな・・・。

それはともかく、2015年と言うことは大学2年の時でしょうか。
年齢はわかりませんが、いってても20代半ばでしょうから、確かに優れた才能の持ち主ですね。

ただ、ちょっとハバネラを歌うには時期尚早といった感じで、
ただ上手く歌っている以上のものはなく、歌そのものがそこまで複雑ではないため、余計に節回しには個性を前面に出していかないと、カルメンという役として歌っているようには聴こえない。フランス語のネイティブスピーカーなのだからそこはちょっと残念。

ただ、次のトマのミニョンのアリア 3:50~
「Connais-tu le pays(君は知るや南の国)」はカルメンとは逆にピアノ伴奏の優しくキラキラした響きと相まって大変心地よい演奏。
低音でやや響きが落ちたり、高音で硬くなったりはありますが、中音域は滑らかで明るく、良い意味で若いメゾソプラノらしい軽やかさがあります。

深みのある成熟した響きではこういった演奏にはならないので、若さが短所となるのでは長所として作用する解釈で演奏できることは素晴らしいですね。

なのに、ミニョンの次に再びカルメン 10:50~
では力んでしまって悪い意味で若さが出てしまっているので、カルメンでも背伸びしない演奏が出来れば良いのですが・・・。

続くウェルテルのシャルロッテの手紙の場14:40~
こちらも声が力み過ぎで、一方のピアノの音が軽過ぎる。
マスネはワグネリアンで、しかもこのウェルテルという作品の初演はドイツ語版で、
タイトルロールはローエングリンを初演した人が歌ったんじゃなかったかな?
これはネット上に記事が出ていないので私に記憶に頼るところではありますが、バリトン版やヘルデンテノールが歌うということがあったのは確かです。
そんな訳で、あまり粒立ちの良い音で伴奏を弾かれるとちょっと違うかな。と思えてしまう。

次はオペラそのものは有名なのにあまり歌われない曲
グノーのロメオとジュリエットのアリア「Depuis hier… Que fais-tu, blanche tourterelle(昨日から・・・白い鳩は何をしているの)」22:05~
リズム感、テンポ感は確かに良いし、演奏そのものは上手いと思うのですが、
ミニョン以外、どうしても響きが硬くなってしまっているのが気になります。
勢いで声を出しても喉がもつ若い内は良いですが、
必ずある程度歳を重ねると揺れたり、高音が出なくなったりといった弊害が出てきます。
なお、最後に歌った曲(26:40~)だけ曲名がわからず記載しておりません。
勉強不足ですいませんが、ご存じの方は曲名を教えて頂けると助かります。

 

 

 

 

シューマン 女の愛と生涯(全曲)

 

2曲目まではどうも今一つなのですが、3曲目あたりから気持ちが乗ってきたのか、表現が自然に聴こえますし、アリアではないからか、上で紹介した演奏のような力みは随分とれています。

ただ、とても気になるのは姿勢が悪いこと。
なぜこんな前傾姿勢で歌うのだろう?
恐らくそのせいだと思いますが、上半身だけで歌っているように聴こえる、
と言えば良いのか、顔面だけの響きで下半身と連動している感じではない声になっている。
そうなると早口なんかではどうしても喉声っぽくなってしまいます。

例えば15:30~の「An meinem Herzen,an meiner Brust,」
この中の最後に

「Du lieber,lieber Engel,du
Du schauest mich an und lächelst dazu!」
(愛する坊や 愛する天使、お前が私を見つめてほほ笑む)
という歌詞が苦しそうに聴こえてしまう。
特に、それまで丁寧に歌詞を歌えていたのに、こういうところでキツくなってくると余計に目立ってしまう。

ですが、ゆったりしっとりした曲
例えば4曲目(6:50~)の「Du Ring an meinem Finger」なんかは、
ただ幸せなだけではなく、少女時代に別れを告げる寂しさのような複雑な感情を上手く表現していると思います。

 

 

 

 

ショーソン Chanson perpétuelle

 

 

【歌詞】

Bois frissonnants,ciel étoilé
Mon bien-aimé s’en est allé
Emportant mon coeur désolé.Vents,que vos plaintives rumeurs,
Que vos chants,rossignols charmeurs,
Aillent lui dire que je meurs.Le premier soir qu’il vint ici,
Mon âme fut à sa merci;
De fierté je n’eus plus souci.Mes regards étaient pleins d’aveux.
Il me prit dans ses bras nerveux
Et me baisa près des cheveux.

J’en eus un grand frémissement.
Et puis je ne sais comment
Il est devenu mon amant.

Je lui disais: “Tu m’aimeras
Aussi longtemps que tu pourras.”
Je ne dormais bien qu’en ses bras.

Mais lui,sentant son coeur éteint,
S’en est allé l’autre matin
Sans moi,dans un pays lointain.

Puisque je n’ai plus mon ami,
Je mourrai dans l’étang,parmi
Les fleurs sous le flot endormi.

Sur le bord arrivée,au vent
Je dirai son nom,en rêvant
Que là je l’attendis souvent.

Et comme en un linceul doré,
Dans mes cheveux défaits,au gré
Du vent je m’abandonnerai.

Les bonheurs passés verseront
Leur douce lueur sur mon front,
Et les joncs verts m’enlaceront.

Et mon sein croira,frémissant
Sous l’enlacement caressant,
Subir l’étreinte de l’absent.

 

 

【日本語訳】

森は震え、星はきらめく
私の恋人は行ってしまった
私のすさんだ心を奪い去って風よ、ひそやかなそのつぶやきで
かわいい夜鶯よ、お前の歌で
あのひとに伝えておくれ、私は死んでいくのだとあのひとが初めて現れた夜から
私の心は彼のなすがまま
誇りも何もなくしてしまった私のまなざしが多くの想いを訴えかけ
彼は私を強く腕に抱いた
そして髪にくちづけをした

私は激しく震え
その時からなぜだか分からないけれど
彼は私を愛してくれた

私は彼に言った: 「私を愛して
あなたの愛が続く限り」と
その腕の中でないと眠れなくさえなってしまった

けれど、あの人は気持ちが冷めてしまい
ある朝、旅立ってしまった
私を置いて 遠い異国に

私にあの人はもういないのだから
この湖に身を投げて死んでしまおう
流れに浮かぶ花に囲まれ、水の下で眠るの

湖のほとりに来て、風に向かい
私はあのひとの名を呼ぶ、夢見心地で
あのひとをここで待っていたことを思い出しながら

金色の死装束を着てるみたいに
私の振りほどいた髪に包まれ
私は風に身を投げる...

昔の楽しい想い出が
頭の中をよぎり
そして私は緑の葦に吸い込まれる

私の心は信じてるの、震えながら
絡み付く葦の葉に撫でられて
これがここにいない人の抱擁なのだと!

 

なんかオフィーリアちっくな歌詞の曲で、
沈む感じではなく痛切な嘆きのような強い表現が多い曲ですね。

この演奏は今年(2019年4月13日)のようです。
2015年の時に比べれば、断然フォルテの表現も豊になっており、
響きも随分深みが出てきました。

特に高音の”o”母音の響きは良いですね。
その分、”i”母音やそこに寄っている明るい”e”の発音は少々横に開き気味で、
時々深さを失ってしまうことがあります。
それでも着実に上手くなっていることは間違えないでしょう。

 

 

 

セヴラック Un rêve

 

マリ=ジョゼフ=アレクサンドル・デオダ・ド・セヴラック(Marie-Joseph-Alexandre Déodat de Séverac)
一般的には、デオダ・ド・セヴラックと表記される現在再評価が進んでいる女流作曲家です。

個人的にはセヴラックはもっと柔らかい響きで歌って欲しいのですが、
高い音域がどうしても大きい音量になってしまうことからも、
まだまだ声の柔軟性は磨いていかなければいけないと思います。
それでも、様々な作品を歌っているだけあって上手く聴かせる術を知っているな、という感じがします。
同じフランスのメゾが歌っているセヴラックの歌曲はこんな感じ

 

 

Marie Cubaynes

この人は1982年生まれなので、ビュネルよりは年上ですが、
やっぱりあまり直線的な声ではなく、こういう浮遊感があってこそ幻想的な雰囲気がでます。
ビュネルの今後の課題はと言えば良いのか、
フランス人のメゾなんですが、あまり印象派の作品と相性が良い響きではないので、その辺りをどう磨いていくのか?
あるいは全く違うレパートリーを開拓していくのかには注目したいと思います。

恐らくまだ30歳にもなっていない状況でこれだけ歌える訳ですから、どんなレパートリーでもやっていけそうな気がしますので、それこそワーグナーを歌うかもしれないし、
バロック作品を主戦場にするかもしれない。
これだけの才能なら大手レーベルが目を付けても良さそうなものなんですけど、どうなることか・・・!?

 

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