幅広いレパートリーで活躍が期待されるメゾAnna Reinholdの適正と課題

Anna Reinhold(アンナ ラインホルト)は1984年、フランス生まれのメゾソプラノ歌手。

 

パリ音楽大学、ウィーン音楽大学を卒業した後古楽での活動が中心でしたが、その後はロッシーニのアルジェのイタリア女、ドビュッシーのペレアスとメリザンドといった全く性格の違うオペラを歌い、コンサート活動ではシェーンベルクの月に憑かれたピエロ、ワーグナーのヴェーゼンドンクリーダーといった作品で成功しているというのを見れば、作風も言語も違う様々な作品を歌いこなせる器用さを備えて歌手であることがわかります。

 

 

 

 

スカルラッティ カンタータ Bella Dama di nome Santa

最近は高音がバリバリ出るメゾが多いのですが、この方は久々にコントラルトに近い温かく厚みのある声で、最近の歌手にはあまり見かけないタイプの歌手ではないでしょうか。

とてもゆったりした歌い回しで余裕があり、いかにもソリストらしい歌い方と言うよりも、周りの楽器とのアンサンブルの中の一部として声楽があるかのような歌唱をされるのが印象的です。

技術的にはまだ響きが上がりきっておらず、どうも作った感じの声であることは否めません。

 

 

 

 

シューベルト die Forelle

 

ウィーンでは主にリートの勉強をされていたようで、表情の豊な歌唱には魅力があります。
ただ声の面では、上でも書いた通りやっぱり作ったような感じで、響きに広がりがありません。
特に語尾を押し気味に歌う癖は気になります。

 

 

 

 

マーラー さすらう若人の歌より Ging heut’ morgen übers Feld

 

【歌詞】

Ging heut Morgen über’s Feld,
Tau noch auf den Gräsern hing,
Sprach zu mir der lust’ge Fink:
“Ei,du! Gelt?
Guten Morgen! Ei,Gelt? Du!
Wird’s nicht eine schöne Welt
Schöne Welt?
Zink! Zink!
Schön und flink!
Wie mir doch die Welt gefällt!”

Auch die Glockenblum’ am Feld
Hat mir lustig,guter Ding’,
Mit den Glöckchen,klinge,kling,
Klinge,kling,
Ihren Morgengruss geschellt:
“Wird’s nicht eine schöne Welt?
Schöne Welt?
Kling! Kling! Kling! Kling!
Schönes Ding!
Wie mir doch die Welt gefällt! Hei-ah!”

Und da fing im Sonnenschein
Gleich die Welt zu funkeln an;
Alles,Alles Ton und Farbe gewann!
Im Sonnenschein!
Blum’ und Vogel,gross und klein!
Guten Tag! Guten Tag!
Ist’s nicht eine schöne Welt?
Ei,du! Gelt? Ei,du! Gelt?
Schöne Welt!

“Nun fängt auch mein Glück wohl an?!
Nun fängt auch mein Glück wohl an?!
Nein! Nein! Das ich mein’,
Mir nimmer,nimmer blühen kann!”

 

【日本語訳】

今日の朝、野原を行くと
露がまだ草の上を覆っていた
陽気なフィンチがぼくに話しかけてくる
「おい きみ!そうだろ?
おはよう!おい そうだろ? ねえきみ!
すてきな世界じゃないかい?
すてきな世界じゃ?
ツインク!ツインク!
美しく輝いているよ!
ぼくはこの世界が大好きなのさ!」

野辺のツリガネソウもまた
ぼくを陽気に、いい気持にさせた
鈴の音で、クリン、クリンって
クリン、クリンって
朝のあいさつを鳴らしてくれたんだ
「すばらしい世界になるのよね?
すばらしい世界よね?
クリン!クリン!クリン!クリン!
美しいもの!
私はこの世界が大好きなの!ハイア!」

そして太陽の光の中
今や世界が輝き始めた
すべてが、すべてのものが音と彩りを勝ち取ったのだ!
太陽の光を浴びて!
花や鳥が、大きいのも小さいのも!
「こんにちは!こんにちは!
美しい世界じゃないか?
ねえきみ!そうだろ?
美しい世界だろ!」

「今こそぼくの幸運も始まるのだろうか?
今こそぼくの幸運も始まるのだろうか?
いや、いや、ぼくは思うんだ
ぼくにはもう花なんか咲かないんだ!」

 

 

この作品の歌唱には定評があるということで、ちょっと詳しく聴いていきたいと思います。

まず気になるのは”e”母音が語尾にきている時、全体的に奥に入ってしまうこと。

例えば
「Ei,du! Gelt」の”ge”
「Wird’s nicht eine schöne Welt」 「welt」の”ve”
そして一番顕著なのが
「Wie mir doch die Welt gefällt」 weltの”ve”と、gefälltの”fe”
ここはどう聴いても当て逃げといった感じで、”e”母音が苦手な上に高音もあまり強くないのがよくわかります。

ですが、一番決定的な問題は他にありまして、
それは全体的に母音を伸ばしている時間が短過ぎることではないかと思います。

出だしの「Ging heut Morgen über’s Feld」などは確かにスタッカートが付いていて、
歯切れよく発音する必要はあるのですが、
頭の子音だけを強く発音するのは間違えで、スタッカートであっても母音が音価一杯に維持されていなければなりません。

更に「kling」みたいな二重子音は食いつきも遅いので、余計に言葉が細切れになってしまっています。
これは2番の歌詞(0:50~)聴いて頂けるとよくわかります。

後半は前半に比べればまだ良いのですが、声の柔軟性のなさ、語尾を押してしまう癖は随所にみられます。
一番最後の
「Mir nimmer,nimmer blühen kann」なんかは最高音ではありますが、基本的にはバリトンが歌ってもフォルテでは出さなことが殆なのですが、
ラインホルトはこの最高音(Ais)がnimmerの”ni”に当たることもあってか、鼻の方にぶつけているのでとても雑な音に聴こえます。

こういった部分を考慮してクールマンの演奏を聴いてみて頂きたいのですが、

 

 

 

Elisabeth Kulman

勿論録音状況が全然ラインホルトより良いというのはあるのですが、
それを考慮したとしても、明らかに全ての母音を維持している時間が圧倒的に長いですよね。

喉を押さないとか、子音で必要以上の息をぶつけないというのは勿論大事なことなのですが、
如何に言葉を明確に聴かせられるかは、結局母音が正しく聞き取れることが第一で、その為には響いてる時間を、短い音価であっても最大限に維持することが大事な訳です。

ドイツ語と言うとどうしても子音に気を取られてしまいがちですが、音色を決め、言葉を繋ぐのは結局のところ母音だということが、この二人の歌唱を比較すればお分かり頂けるのではないかと思います。

 

 

 

 

ヘンデル  Scherza infida

リートに比べれば、やっぱりヘンデルは全然上手いのではないかと思います。
響きが鼻で止まっている感じは相変わらずあるのですが、それでもレガートで歌えていますし、決して声を太くしたり、声量で圧倒せずとも劇的表現ができるのは立派なことです。
この演奏と上で紹介したマーラーを比較すると、ドイツリートよりはイタリア古楽の方がラインホルトには合っているのではないかと思います。

歌っている姿勢や口のフォームは良いように見えるのですが、どうも下半身がまだまだ使えてない印象を受けます。

 

まだ30代半ばなので、これから声やレパートリーは変わっていくとは思いますが、
今の歌い方を聴いている限りでは、伊仏独問わずロマン派オペラを歌うより、バロック作品を歌う方が合っているようなので、個人的な希望としてはバロック~古典の宗教曲を中心に歌って欲しいのですが、さてさて、これからどうなっていくでしょうか。。。

 

 

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