フランスの名バリトンGabriel Bacquierは本当に素晴らしいバリトンだった!

Gabriel Bacquier(ガブリエル バキエ)1924~2020 はフランスのバリトン歌手。

 

2020年5月14日に95歳で惜しくも亡くなってしまったため、今回はバキエがいかに優れた歌手だったかを紹介したいと思います。

バキエは、
Robert Massard(ロベール マッサール)、Ernest Blanc(エルネスト ブラン)と共にパリの三大バリトンと呼ばれ、優れた歌唱だけでなく、性格描写の巧さにも定評があった歌手でした。
と言っても、同時代のイタリアや米国のバリトンと比較すると知名度が低いので、
ここで三人の歌声を並べて聴いてみましょう。

 

 

この時代のフランスのバリトン歌手は、エスカミーリョ役を恰好よく歌うことが評価の一つだったのでは?と思ってしまうほど、闘牛士の歌ばかり歌ってる気がします。

 

 

Robert Massard

 

 

 

 

 

Ernest Blanc

 

 

フランスのバリトンには、バリトン マルタンとか言われたりすることがありますが、
マッサールやブランはその類ではないかと思うのです。
どうも線がテノール寄りで、低音があまり鳴らないけど高音は比較的強いといった感じ。

マッサールは鼻の後ろを無理やり強く響かせているような癖のある声で私は好きになれず、
ブランは声に広がりがなく、響きが乗った声には聴けない。端正ではあるものの小さくまとまった歌といった感じで、こちらも一流とは言い難い印象です。

一方のバキエは、2人と比較すれば声その物もバス寄りですし、それだけでなく演奏全体の質が一段も二段も上にいるんじゃないかと私は思っています。

 

 

 

 

ドニゼッティ ドン・パスクワーレ  パスクワーレとエルネストの二重唱Entrata di Ernesto – Sogno soave e casto
テノール アルフレード クラウス

声の広がり、響きの高さ、発音の明瞭さ、そして性格的な表現、どこをとっても相手役のクラウスとしっかり渡り合っていて本当に素晴らしい演奏になっています。
二枚目バリトンの方が、三枚目バリトンより格上のような気がしますが、決してそんなことはなく、ただ恰好よく歌う、あるいは良い声を出すだけでは務まらない、
三枚目役は生命力を吹き込めてこそ笑いを誘うことができる。
バキエの演奏は立派な声でありながら、聴いていても力むことが全くなく、自然と耳に入ってくる。

 

 

 

 

デゥパルク Chanson Triste

一方フランス歌曲では、フランスのバリトンらしい繊細で温かみのある歌い回しを披露しています。
フォーレの月の光は個人的にあまりバキエの演奏には共感できなかったのですが、これは本当に良い演奏です。
是非歌詞を見ながら聴いてみてください。
歌詞の世界そのままの姿が目の前に現れるかのような、
何が悲しき歌なのか、それは失って久しい、もう二度と、どんなに望んでも戻らない若さを思う時・・・なんて優しい歌に響くことだろう。

 

 

【歌詞】

Dans ton coeur dort un clair de lune,
Un doux clair de lune d’été,
Et pour fuir la vie importune,
Je me noierai dans ta clarté.

J’oublierai les douleurs passées,
Mon amour,quand tu berceras
Mon triste coeur et mes pensées
Dans le calme aimant de tes bras.

Tu prendras ma tête malade,
Oh! quelquefois,sur tes genoux,
Et lui diras une ballade
Qui semblera parler de nous;

Et dans tes yeux pleins de tristesse,
Dans tes yeux alors je boirai
Tant de baisers et de tendresses
Que peut-être je guérirai.

 

 

【日本語訳】

君の心に月明かりが眠る
やさしい夏の月明かり
煩わしいこの世から逃れ
君の明りに溺れよう

過ぎた苦しみは忘れよう
恋人よ、君が僕の悲しい心と思いとを
その腕の中で
穏やかに心をこめて揺するとき

病む僕の頭を手に取って
そう、ときどきは膝の上で
昔の歌を聞かせておくれ
僕達を語るような昔々の

そして悲しみに満ちた君の瞳から
僕におくれ、何度もの
接吻と抱擁を
それでおそらく、僕は治るであろうから

 

 

 

 

 

1966年の演奏会映像

– from Gluck: “Orphée et Eurydice”
“J’ai perdu mon Eurydice” 0:30

– from Berlioz: “La Damnation de Faust”
“Sérénade de Méphistophélès” 5:38
“Une puce gentille” 7:50

– from Thomas: “Hamlet”
“Être ou ne pas être” 9:37

– Ravel: “Don Quichotte à Dulcinée” 13:16

 

この演奏会での歌唱はデュパルクの歌曲とは全然違う、
ヴェルディバリトン顔負けの力強さと深さのある声を聴かせています。
高音になっても声が痩せることがなく、低音でも籠ることがない。
冒頭のグルックのアリアから実に見事な声を聴かせています。

そして2曲目のファウストの劫罰のアリアは、
軽やかさがありながらも良い意味で声の重量感は損なわれず、
メフィストにこれほどピッタリな声、表現ができる歌手はそういないでしょう。

 

 

 

 

モーツァルト ドン・ジョヴァンニ(全曲)

-Teresa Stich Randall: Donna Anna;
-Sakeh Vartensissian: Donna Elvira;
-Mariella Adani: Zerlina:
-Luigi Alva: Don Ottavio;
-Gabriel Bacquier: Don Giovanni;
-Giorgio Tadeo: Le Commandeur (Comandante);
-Rolando Penerai: Leporello;
-Ugo Trama: Masetto.

 

 

1960年のエクサンプロヴァンス音楽祭の貴重な映像がありました。
指揮はイタリアオペラ指揮者アルベルト エレーデです。

パネライのロポレッロとバキエのジョヴァンニが声でも芸でも達者ぶりを遺憾なく発揮していて、オッターヴィオには、トスティの歌曲の名唱が古いファンには有名なアルヴァが手堅い演奏をしている。完全に女声陣より男声陣の方が魅力的な演奏と言って良いでしょう。

この時代のドン・ジョヴァンニと言えば、チェーザレ シエピの演奏を置いて他にいないと思っていましたが、
バキエの演奏も、こうして見てみると誇張がなく自然で柔らかい表現にはシエピとはまた違った魅力があって、とても聴きやすいですね。
出そうと思えばもっとマッチョなジョヴァンニ像を作り出すことも出来るのでしょうが、常にどこか余裕がある感じが個人的には好きです。

 

 

いかがでしょうか?
1950-60年代と言えば、バスティアニーニ、プロッティ、ウォーレン、メリルといった巨大な声を持ったバリトン歌手ばかりが有名ですが、

そんな巨大なヴェルディバリトン達と比べても引けを取らない声に加え、彼等にはない柔軟でありながら、二枚目役も三枚目役も見事に演じる表現力を兼ね備えたバキエは、彼等に劣らない評価を受けて然るべき実力者であることが少しでも伝われば幸いです。

 

 

CD

 

コメントする