Stig Fogh Andersen(スティグ・フォーグ・アンデルセン)は1950年、デンマーク生まれのテノール歌手。
恥ずかしながら私はこの人を知りませんでした。
今回偶然YOUTBE上で、彼が70歳のバースデーという節目に歌った、ヴァルキューレ1幕の演奏会形式を見て衝撃を受け、記事にすることにしました。
Richard Wagner: Die Walküre, Act I. From Stig Fogh Andersen’s Birthday Concert, Copenhagen 2020.
<キャスト>
Brit-Tone Müllertz, Soprano
Stig Fogh Andersen, Tenor
Jesper Brun-Jensen, Bass
非常に高いレベルの演奏で、デンマークの声楽家がこれ程優れていたとは!
考えてみれば、歴代最強と言われるヘルデンテノール、ラウリッツ・メルヒオールもデンマーク人だったことを考えると、デンマークのワーグナー演奏のレベルが高いことは寧ろ自然なことなのかもしれません。
それでも、世界的に知られている名歌手と言えば、メルヒオールを除いたら、バリトンのボー・スコウフス(Bo Skovhus)くらいしかパっと思い当たりません。
そう考えると、デンマークの歌手は国外に出て活躍する人が少ないだけで、もしかしたら声楽教育のレベルが非常に高いのかもしれません・・・ちょっと今後はデンマークの声楽事情を調べてみようかと思います。
さて、本題のフォーグ・アンデルセンですが、
年齢が年齢ですから、少々揺れ始めてますし高音はキツそうですが、開いた声で締め付ける感じが一切なく、発音が明瞭で母音のレガートも見事。
決して強い声、重い声ではないので、ジークムントを歌うのに向いているとは言えないかもしれませんが、バリトンからテノールになって、高齢になってからバリトンに戻った超有名歌手と比較すると、いかにフォーグ・アンデルセンの声が開いているかが分かります。
この映像は、2005年なので、ドミンゴが64歳位の時です。
こうやって比較すれば、いかにフォーグ・アンデルセンの発声技術が優れているかがわかるのではないかと思います。
ただ、前述の通り、フォーグ・アンデルセンの声はもう少しテッシトゥーラが高い(平均的に音域が高い)役の方が声には合っていますので、ローエングリンのアリアを歌った映像を聴いて頂くともっと良さがわかるのではないかと思います。
ワーグナー ローエングリン Mein Lieber Schwan
このアリアは五線の上のEやFisを中心に、最もテノールが声を制御し難い音域を多用した上で、ピアノ~フォルテまで広いディナーミクが要求される上に、特に歌い始めは繊細なコントールでレガートのピアノを聴かせなければなりません。
Klaus Florian Vogt
ローエングリン歌いと言えば、現在一部のワグネリアン(ワグネリアーナ?)から熱烈な支持を集めるフォークトがいますが、
彼の演奏と比較すれば、完成された発声と見事なフレージングで歌っているフォーグ・アンデルセンに対して、ファルセットと実声の境目がないような特異な声で、書かれた音を綺麗に歌っているだけのフォークトの違いは歴然です。
フォークトの歌唱では、全く言葉に表情がつかず、芸大で教えている某先生曰く「ウィーン少年合唱団」の声なので、到底これをローエングリンと呼ぶことは、少なくとも私にはできません。
ローエングリンという作品をあまりご存じない方にこのアリアの場面を簡単に説明するならば、
身元を明かしたことで白鳥が迎えにきたため、ヒロインであるエルザを置いて去っていく代わりに、行方不明となっていた弟が戻ってくるので、ホルンと剣と指環を渡すように伝える。
というフィナーレの曲です。
フォーグ・アンデルセンの歌唱が素晴らし過ぎて、
フォークトの演奏は、本当にこの人はドイツ人なのか?と思う位言葉と表現とフレージングが一致しない、
特に、ホルン、剣、指環を渡す相手を、彼に(ihm)という言葉で何度も使うのですが、
このエルザの弟というのが特別で、ローエングリンとオルトルートを除いて、恐らく舞台にいる全員が既に死んでいると思っている人物なので、何度も強調して使われるのですね。
原語の歌詞は
dies Horn, dies Schwert, den Ring sollst du ihm geben.
Dies Horn soll in Gefahr ihm Hilfe schenken,
in wildem Kampf dies Schwert ihm Sieg verleiht
あなた(Du)はエルザを指します。
因みに意味は
「ホルンは彼を危険から護る手助けとなり、激しい闘いの中でこの剣は彼に勝利をもたらす。」
というような内容です。
フォークト2:30~
フォーグ・アンデルセン3:10~
こういう部分の言葉の出し方がフレージングなのであって、
真っすぐに綺麗な声を出すことが上手いのではありません。
ただ、こういう部分は実際に曲を歌ってみないとわからないところですから、私も勉強したことある曲やテノールのアリアに特別細かいというのは否定できません(笑)
それにしても、フォーグ・アンデルセンの音源が少ない。
若い時どんな歌唱をしていたのかとても気になるのですが、
残念ながら音源が見当たりません。
マーラー さすらう若人の歌(全曲)
この演奏は2018年。つまり68歳。
決して美声ではないのですが、中音域でもバリトンのように太くなることはないのに、響きが高くて押すことがない。
本当に素晴らしい発声技術だと思います。
口のフォームも縦のラインがどんな母音、音域になっても崩れないのがよくわかりますし、とても勉強になる。
このところは若手歌手の発掘に勢力を注いでいましたが、
こういう歌手ももっと発見して紹介していけたら良いな~と思う今日この頃です。
初めまして。私はドイツリートやドイツオペラを中心に、主に、昔はLPやFM、最近はCDやYoutubeでクラシック全般を、かれこれ50年強楽しんで来た者です。
先ほど偶然このサイトを発見し、大変興味深く読ませて頂いております。
コンサートには、年に高々数回しか行かないのですが、スティー・アンデルセンはたまたま聴くチャンスがあったので、コメントを書かせて頂きました。
彼を聴いたのは1997年11月16日、NHKホールのベルリン国立歌劇場来日公演で、バレンボイム指揮の演奏会形式のパルシファルでした。彼は、タイトルロールを急遽同じデンマークのポール・エルミングの代役として出演し、事情が事情だけにただ一人一人譜面を持って首っぴきでした。
彼を聴いたのはその時1回限りですが、まだ現役で元気に歌っているのを見てとても嬉しく思いました。
当日は、素晴らしく重厚なオケの音色を背景に、初めて生で聴いたヴァルトラウト・マイヤーの迫真のクントリー、アンフォルタスのシュトゥルックマンのこれぞカヴァリエ・バリトン!というノーブルな声、そして全く譜面もプロンプターも無しであの長台詞を歌い切ったジョン・トムリンソンの、いかにもグルネマンツ役を楽しんでいる風情の渋いが貫禄たっぷりの声に圧倒され、正直、アンデルセンは声も非力でやや頼りなく、一生懸命歌ってる様子しか記憶に残っておりません。
しかし、今回ローエングリンやマーラーを聴かせて頂き、あれから20年強経ち、声もより重く太くなり、歌も聞き応えたっぷりで、良い歳を重ねて来たものと、ほぼ同世代の者として大変感慨深いものがありました。ありがとうございました!
またちょくちょく読ませて頂きたいと存じます。
田島直也さん
コメントありがとうございます。
そんな巨頭揃いのキャストが来日してパルシファルを!!
とても羨ましい。
確かに全盛期のシュトルックマンやマイヤーが比較の対象では、普通に上手い程度の歌手では霞んでしまうかもしれませんね。
しかし、40代半ばで一番声が出る年齢で来日していたにも関わらず、70歳近い演奏の方が声に力強さがあるというのは、
ある意味、アンデルセンの発声技術がどれほど卓越しているのかというのを裏付る証拠と言えるかもしれませんね。