若くしてDGと契約した韓国人ソプラノHera Hyesang Parkの歌唱分析

Hera Hyesang Park(ヘラ・イェサン・パク)は1988年韓国生まれのソプラノ歌手

 

若くしてバイエルン国立歌劇場やメトのような大きな劇場に出演するだけでなく、
クラシック最大レーベルの1つとも言える、ドイツグラモフォンと契約し、数か月前にCDを出したばかりという、まさにスター街道をひた走っているのがこの人。

 

さて、こうなってくると私はひねくれているので、それほどの実力なのか見定めなくては気が済まない性分なもので、どうしても歌唱分析などをしてみたくなる訳です。
と言うことで、まずは2018年9月のリサイタル映像から観ていきましょう。

 

 

 

<プログラム>

Clara
– Ich stand im dunklen Träumen Op. 13 Nr. 1 (00:00:31)
– Liebst du um schöheit Op. 12 Nr. 4 (00:02:56)
– Die stille Lotosblume Op. 13 Nr. 6 (00:05:24)
– Sie liebten sich beide Op. 13 Nr. 2 (00:08:24)
– Er ist gekommen in Sturm und Regen Op. 12 Nr. 2 (00:09:48)
– Das is ein Tag der klingen mag Op. 23 Nr. 5 (00:12:31)

Faure
– Nell (00:14:26)
– Au bord de lʼeau (00:16:16)
– Clair de Lune (00:18:36)

Hahn
– A chloris (00:21:50)
– L’énamourée (00:25:28)

Poulenc
– Métamorphoses
1. Reine des mouettes (00:29:48)
2. C’est ainsi que tu es (00:31:10)
3. Paganin i (00:33:38)

이원주
– 이화우 (00:35:54)
– 베틀노래 (00:41:20)

————- Intermissions ————-

‘Deh vieni non tardar’
from Opera ‘Le Nozze di Figaro’ (00:45:24)

A. Dvorak
– Als die alte Mutter mich noch lehrte singen, Op. 55, No.4 (00:51:10)

F. J. Obradors
– Con amores, la mi madre (00:53:40)

Max Reger
– Mariä Wigenlied, Op. 76, No. 52 (00:55:28)

Xavier Montsalvatge
– Canción de cuna para dormir a un negrito (00:57:56)

J. Turina
– Poems en forma de canciones, Op. 19
1. Dedicatoria (01:01:48)
2. Nunca olvida… (01:04:43)
3. Cantares (01:06:38)
4. Los dos miedos (01:08:30)
5. Las locas por amor (01:11:28)

 

中々バラエティに富んだレパートリーで、
スペインの作曲家、Joaquín Turina Pérezの作品まで歌ってることに驚きました。
この曲はテノールは比較的歌うイメージがあるのですが、女性が歌っているのは初めて聴いた気がします。
レパートリーという面では、時代も国も大変幅広く歌えるということが曲目を見ただけでわかります。

 

歌唱の方ですが、まず冒頭、クララ・シューマンの歌曲。
別に愚痴を言うつもりはないのですが、最近やたらクララの歌曲を歌う人が増えている気がします。
これは器楽でもそうなんですけど、やたらクララ・シューマンの作品が取り上げられる頻度が増えたなぁという印象を持つのですが、正直ピアノ伴奏大変そうだな。ということ以上に、彼女の作品を聴いても、あまり私は心に届かないんですよね。
でも、今回はそうも言っていられないので、マーラーが詩を付けたのと同じ曲をじっくり見ていきます。

Liebst du um schöheit Op. 12 Nr. 4 (00:02:56)

 

【歌詞】
Liebst du um Schönheit,o nicht mich liebe!
Liebe die Sonne,sie trägt ein goldnes Haar!

Liebst du um Jugend,o nicht mich liebe!
Liebe der Frühling,der jung ist jedes Jahr!

Liebst du um Schätze,o nicht mich liebe!
Liebe die Meerfrau,sie hat viel Perlen klar!

Liebst du um Liebe,o ja,mich liebe!
Liebe mich immer,dich lieb’ ich immerdar.

 

 

【日本語訳】

あなたが美しさゆえに愛するのなら、おお私を愛さないで!
太陽を愛してください、太陽は黄金の髪を持っています

あなたが若さゆえに愛するのなら、おお私を愛さないで!
春を愛してください、春の若さは毎年かわりません

あなたが富ゆえに愛するのなら、おお私を愛さないで!
人魚を愛してください、彼女は輝く真珠をたくさん持っています

あなたが愛ゆえに愛するのなら、おお私を愛してください!
いつまでも愛してください、あなたを私もいつもいつまでも愛します

 

 

歌詞を見ながらヘラの歌唱を聴くと、とりあえずドイツ物は得意ではないということがわかります。
まず、綺麗に言葉を聴かせるための基本的な発音ができていないのが大きくて、
簡潔に言ってしまえば子音の出し方ということになるのかもしれませんが、それだけでなく、”u”みたいな母音の深さ、”i”母音と長母音の”e”の区別、”l”と”r”の歌い訳・・・挙げればきりがないレベルでリートは専門に勉強してないのが分かる歌唱です。

 

その証拠に、近い年代の英国のソプラノ歌手、Claire Leesの歌唱と比較すれば違いは明確です。

 

 

リースは、リート伴奏の名手Graham Johnsonや、ワーグナーやRシュトラウス作品を得意とするSusan Bullocに習っているということからも、得意分野がドイツ物であることは間違えありません。

とりあえず歌い始めてすぐに出てくる歌詞、「sie trägt ein goldnes Haar」という部分の発音だけ比べても、ヘラはそもそも歌詞を間違えてるのかと思うレベルで何を言っているかわからない。

次に声ですが、
これは特筆して良いとも悪いとも言えない。と言うより、録音状況があまり良くないこともあって、
他の音源で声については詳しく分析しようと思います。

 

 

次にフランス物です。

 

Nell (00:14:26)

【歌詞】

Ta rose de pourpre à ton clair soleil,
Ô Juin. Étincelle enivrée,
Penche aussi vers moi ta coupe dorée:
Mon coeur à ta rose est pareil.

Sous le mol abri de la feuille ombreuse
Monte un soupir de volupté:
Plus d’un ramier chante au bois écarté.
Ô mon coeur,sa plainte amoureuse.

Que ta perle est douce au ciel enflammé.
Étoile de la nuit pensive!
Mais combien plus douce est la clarté vive
Qui rayonne en mon coeur,en mon coeur charmé!

La chantante mer. Le long du rivage,
Taira son murmure éternel,
Avant qu’en mon coeur,chère amour.
Ô Nell,ne fleurisse plus ton image!

 

 

【日本語訳】

きみは赤いばら、明るい日の光を受けて
ああ この六月に、酔いしれるように弾けて咲く
ぼくにも分けてくれ きみの黄金の輝きを
ぼくの心も きみのようなばらと同じなのだ

陽射しを遮る木の葉に守られながら
喜びの吐息が立ちのぼる
山鳩が数羽 人里離れた森で歌ってる
おお ぼくの心と同じ愛の嘆きを

きみは真珠、炎のように燃える空にきらめく
物思いに沈む夜に輝く星
なんてその輝きは美しいんだ
ぼくの魅せられた心を照らしてくれる

岸辺で歌う海のざわめきも
永遠に歌うことをやめるだろう
ネルよ、もしきみがぼくの心の中で
花と輝かなくなることがあるとすれば

 

 

フォーレの歌曲の中でも、個人的にかなり好きな曲なので、当然厳しくいきます(笑)
でも、ドイツ物よりフランス物は自分が疎い為なのか、そこまで発音的には気にならなかったです。
それでも、二重子音が全体的に前にでないので音楽が平べったい。
30代前後のソプラノとしては上手いと思いますが、これがDGと契約するようなスターソプラノとしての素質を問われると、例えば、カルクのような歌手と比較したくなる訳ですね。

 

 

 

Christiane Kargが33歳前後(2013年)の時の演奏

録音状況が全く違うとは言え、カルクの子音の使い方と比較してしまうと、ヘラのそれは平坦と言わざるを得ません。
表現的な面でも、例えば以下の歌詞の部分

「Sous le mol abri de la feuille ombreuse,Monte un soupir de volupté」

●カルクの演奏 0:22~
●ヘラの演奏 14:48~

 

フランス歌曲といえばエスプリというやつが大事でして、
イタリア物だったらフォルテにもっていくような音型で、急に最高音をピアノにしたり、
ディミヌエンドしていったりということをしないとフランス歌曲らしさが出ないのですね。
その典型的な部分が上の歌詞の、「Monte」という言葉の扱いです。
この部分を比較するだけで、

聴いてて、

『おぉ!』となるか

『あちゃ~😵』となるかが決まってくる。

しかもヘラはブレスまでしてしまってるので、フレージングも台無しなのです。
声はフランス歌曲合っているとは思いますが、雰囲気で上手く歌えてる感を演出しても、実際には甘々なのだ。などと偉そうなこと書いていると、フランス語が出来る方からおしかりを受けるかもしれないのでこの辺りにしておきますが、 有名な「月の光(Clair de Lune)」なんかを聴いてても、なんか全部流れてしまって、正直歌詞なしでヴォカリーズで良いんじゃない?みたいな歌唱に聴こえる。

個人的にフランス歌曲の女神と崇めるVeronique Gensの歌唱と比較すると、
ヘラは明らかに唇が使えてないので、止まるべきところでフレーズが滑ってしまって、メリハリがつかないし、テンポが走っているように聴こえてしまう。

 

 

 

Veronique Gens

 

 

 

このリサイタルの映像では音質があまり良くないので、
フィガロの結婚のアリアは、DGの録音から聴いてみましょう。
これなら、発音も声も音質のせいにはできませんからね。

 

 

 

モーツァルト フィガロの結婚 Deh vieni, non tardar

 

【歌詞】

Deh, vieni, non tardar, oh gioia bella,
vieni ove amore per goder t’appella,
finché non splende in ciel notturna face,
finché l’aria è ancor bruna e il mondo tace.

Qui mormora il ruscel, qui scherza l’aura,
che col dolce sussurro il cor ristaura,
qui ridono i fioretti e l’erba è fresca,
ai piaceri d’amor qui tutto adesca.

Vieni, ben mio, tra queste piante ascose,
ti vo’ la fronte incoronar di rose.

 

 

【日本語訳】

お願いだから来てください 遅れないで、素晴らしい喜びよ
来てください 愛が楽しみのためにあなたを呼ぶところへ
空の夜のともしびの輝きがなくなるまでに
空がまだ暗く、世界が黙っている間に

ここで小川はサラサラ音を立て、ここでそよ風がはしゃぎ合う
その優しいささやきで心はよみがえる
ここで花々はきらめき、ここで草はさわやかで
愛の喜びへと ここではすべてが誘惑する

来てください、私の恋人よ、この隠れた木々の間へ
あなたの額にバラの花輪をかぶせてあげましょう

 

 

同じ曲をDGに録音しているプティボンの演奏と比較します。

 

Patricia Petibon

 

出だしでいきなり歌唱に差が出るのですが、
「vieni」という歌詞の”ni”でヘラは喉が上がります。
なので、続いて跳躍して下りた低い音の「non」が発音できていませんし、響きの質が全く違うものになってしまっています。
続く「tardar」も、「tar」で喉が上がって、「dar」で胸声に近い落とした声で歌っています。
よって出だしのフレーズだけで響きの質がデコボコしてしまって上手く発音できていません。

一方のプティボンは、薄い声でありながらも、上手く喉の上がった浮いた声にならないポジションのまま真っすぐに歌えているのでスムーズです。

他に気になるのは、やはり”u”母音の浅さ。
「notturna」や「 bruna」という言葉の”u”母音の質にはプティボンとヘラで圧倒的な差がでています。

ヘラは、鼻先と唇の先だけしか鳴っていないような薄い音なのに対して、
プティボンは口内の空間も広く使えている厚みのある響きです。

イタリア語の”u”母音を深く歌うことは、声楽を習うと必ずと言って良いほど、どんな声楽教師でも言うことだと思うのですが、これが意外と一筋縄ではいかないもので、

深いと聴くと、被せたような籠った声にしてしまう方や、逆に無理に舌根を押し下げて空間を広く取ろうとして喉で押したような声になってしまうことがあり、結局軽い声のソプラノなんかは、ヘラのような薄い声でやり過ごしてしまうといことがあります。

”u”や”o”母音で深さを出すには、誤解を恐れず言えば飲み込むようなイメージで発音するのが一番手っ取り早いと個人的には思います。
これは下顎の力を抜いて喉が上がらないようにするのに効果的だからなのですが、
意識的に空間を広く取ろうとすると、結局力んで喉が上がって硬くなるので、高い音はまだ出せますが、低い音は全然飛ばない声になってしまいます。

特にこのスザンナのアリアの「notturna face」みたいな下のAまで出すような部分では明確に違いが出ます。

子音の出し方として気になるのは”r”で、「dolce sussurro」のように、二重で”r”が付くところは確かに強めに巻き舌をするのが一般的なのですが、ヘラの場合は、一言で言ってしまえばセンスがない。
確かに「sussurro」は二重で”r”が重なっていますが、言葉の意味は「甘い囁き」なので、この言葉で”r”を強調するのは不自然。

むしろその前の「scherza l’aura」(戯れるそよ風)という歌詞で、「scherza」の”r”の出し方を工夫した方がよっぽど表現としては面白いのではないかと思います。
表現には絶対に正しいものはないとは言え、ヘラの場合、よくよく聴いて、こちらが納得できるような歌い回しをしている箇所が残念ながらないです。
ついでに言えば、”au”、”ea”、”oa”といった二重母音も、プティボンの歌唱と比較してしまうと不明瞭なので、どうしても言葉のリズムが平坦に聴こえてしまう。

 

後明確に違いが出るのは最後の
「ti vo’ la fronte incoronar」という歌詞の長く伸ばす「nar」の部分。
ヘラは”o”母音や”a”母音が所々鼻に入るのですが、この伸ばしてる音は致命的で、プティボンと比較すると恐ろしく声が揺れているのがわかります。

こんな調子なので、はっきり言ってヘラの実力はまだまだです。
なぜこれでDGと契約できたのか謎です。
結構信頼度の高いレーベルだったのですが、このレベルの歌手をCDデビューさせてしまうとは・・・

これならドイツ国内でもっと上手い人いるでしょ!
と言いたくなります。

最後に最近の映像を紹介します。

 

 

 

ヘンデル リナルド Lascia ch’io pianga

 

こちらが一番最近の演奏なのですが、
日本人ソプラノ歌手 小林 玲子氏の方が私にはヘラより全然上手く聴こえるのですが、皆様はいかがでしょうか?

厳しい分析結果となってしまいましたが、30前後であると思えばまだまだ将来性は十分ありますし、広いレパートリーを持っていることは大きな武器とも言えるでしょう。
さて、ヘラは今後スター歌手になれると思いますか?
よかったら感想を聴かせて頂けると嬉しいです。

 

 

小林 玲子

 

 

 

CD

 

 

 

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