私がまだ学生だった時に、後輩から借りたDVDの中で、
最もと言って良い程楽しめた映像が、全盛期のエヴァ・メイがノリーナ役を歌ったドン・パスクワーレでした。
前も一度見たくて探したのですがアリアの断片しか見つからず、流石に完全な形ではアップされないかと思っていたら、なんと今年になって全曲がYOUTUBEにアップされていました。
今回はそちらを紹介しようかと思います。
因みに、以下がそのDVDですね。
donizetti: don pasquale ;korsten,cagliari;corbelli,mei,siragusa,de candia,gatti
https://www.youtube.com/watch?v=k_zbKug7zxk
<キャスト>
ノリーナ:エヴァ・メイ
ドン・パスクワーレ:アレッサンドロ・コルベッリ
エルネスト:アントニーノ・シラグーザ
マラテスタ:ロベルト・デ・カンディア
公証人:ジョルジョ・ガッティ
指揮:ジェラール・コルステン
この演奏のメイは本当にあらゆる面で魅力的です。
軽く柔らかで細部まで神経の行き届いた声のコントロールはもちろん、やり過ぎない品格のある演技や表現、決して機械的にならないのに切れ味鋭いリズム感覚。
どこを取っても見事で、ただ上手いな~という感想しかない。
単純に声だけだったらもっと立派な歌手は沢山いるでしょうし、中低音の響きに関しては物足りなさもあります。
ですが、こういうブッファオペラはアンサンブル能力あってこそ魅力が引き立つので、主役のソプラノやテノールさへ圧倒的な声があればそれでOKというようなものではありません。
イタリアオペラは声そのものの魅力ばかりが誇張されますけど、やっぱり響き(倍音)が全ての出演者で調和してるってことが本当の意味で心地よい声の共演と言えると思うので、
一発大きなアリアを歌って他者を寄せ付けない演奏をすることばかりが素晴らしい演奏ではないってことがこの演奏から強く感じることができます。
メイの登場のアリア、シラグーザが歌うアリア、それぞれのアリアも立派に歌ってはいますけど、単体で取り出せば結構さっぱりしていて、圧倒されるようなところは特にない演奏なのですが、オペラ全曲のバランスとして考えると、むしろ重唱に山をもっていってる感じで、そこが実にこのオペラのテンポをよくしていると思います。
何より、このオペラのタイトルロールはノリーナではなくパスクワーレ老人であり、
タイトルロールにはアリアが用意されていない。という部分も注目すべきところで、
彼があらゆる重唱に絡むということでもわかるように、このオペラは絶対アリアより重唱の方が重要なのです。
そのパスクワーレを歌ったコルベッリも、決して圧倒的な存在感を持った歌手ではないですが、
マラテスタと重唱をしている時なんかは、どっちがどっちを歌っているのかわからない位音質が調和していて、ただただ聴いていて心地よい。
こういう演奏が物足りないと感じる方も当然いるでしょうし、私ももっと個が際立った味付けの濃い演奏が聴きたくなることは勿論あります。
なので、上で紹介した演奏の対局とも言える最近の歌手による名演も紹介しておきましょう。
<キャスト>
NORINA = SERENA GAMBERONI
DON PASQUALE = ROBERTO SCANDIUZZI
ERNESTO = FRANCESCO MELI
DOTTOR MALATESTA = GABRIELE VIVIANI
UN NOTARO = DIEGO MATAMOROS
direttore: MICHELE MARIOTTI
こちらは残念ながら映像なしの音源のみですが、
新国でも素晴らしいパスクワーレを演じたスカンディウッツィを始め、勢いに乗っていた時のメーリ、ヴェルディバリトンとしても存在感を見せるヴィヴィアーニと、こちらは個の存在感が際立った演奏となっています。
どちらの方が興奮する演奏かと言われれば間違えなく下で紹介した演奏なのですが、
聴く方としてもそれなりに体力を必要とします。
特に、
メイとシラグーザの重唱(1:47:10~)
メーリとガンベローニ(1:51:30~)
を比較するとアンサンブルの調和の質の違いは明らかで、
メーリのピアニッシモがファルセットであることは、こうう部分でもよくわかってしまうのですが、
ガンベローニも声は抑えていますが、声の硬さはカバーしきれていません。
一方のメイとシラグーザですが、ただただ心地よくサラサラ流れる中で常に声が調和していて、乱れるところも、双方の響きが硬くなることも全くないので聴いていて疲れません。
そういう意味から、どっちの方が聴いていて面白いかと言われれば後者なんですが、
素晴らしい演奏がどちらかと言われれば前者を選ぶといった感じでしょうか。
まぁ、スカンディウッツィのパスクワーレだけで存在感が半端なくて、ただただ圧倒されると言えば良いのか、
だからと言って、コルベッリの代わりに上の公演でスカンディウッツィが歌っていたらもっと良い演奏になっていたか?
と考えるとそうとも言い切れないのが面白いところです。
こういう部分は、スター選手を集めれば強いチームが作れる訳ではない。というスポーツの世界とも通じるモノを感じます。
何にしても、オペラはチームで作り上げられる作品であるということを再認識させてくれる、
そんな秀逸な演奏が今回紹介したドン・パスクワーレである。
ということが伝われば幸いです。
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