少し前のことではありますが、
2021年7月28日、心臓発作で名テノールのジュゼッペ・ジャコミーニ(Giuseppe Giacomini 1940-2021)が死去されました。
近年で希に見る本物のドラマティックテノールの声を持った歌手として多くのオペラファンに認知されていることは勿論のこと、来日も多く、
藤原歌劇団《アイーダ》《ノルマ》《運命の力》《アンドレア・シェニエ》、
新国立劇場《道化師》《蝶々夫人》、
フィレンツェ歌劇場来日公演《アイーダ》のオペラ公演。
2006年にはデビュー40周年リサイタル(東京芸術劇場)
09年ニューイヤー・オペラパレス・ガラ(新国立劇場)に出演
2007年にはマスタークラスも行っており、当時で既に60代後半を迎えていたにも関わらず衰えぬ声には受講者すら驚きの声を挙げていたほどでした。
今回は、そんなジャコミーニの声を若い頃から順に聴いていきましょう。
デビューからカヴァレリア・ルスティカーナのトゥリッドゥやマノン・レスコーのデ・グリューといったスピントの役をこなしていたジャコミーニですが、そんな彼の20代での録音が残っています。
マスカーニ カヴァレリア・ルスティカーナ mamma quel vino è generoso
若い!
良い声で全力投球といった、圧倒的な声を持った若手テノール歌手以外には良い演奏と成り得ないスタイルの歌唱で、これで70歳まで声を維持できるとはとても考えられません。
この声だけ聴いたら自分はジャコミーニだとは絶対にわからないですね。
完成されたジャコミーニの声しか知らない私には逆にとても新鮮な演奏でした。
この声がどう変化していったのか、それが何歳頃なのか、とても興味深い。
ということで次です。
プッチーニ トスカ Recondita Armonia
なぜこうなった?
たった3年でここまで進化するのか・・・・。
カヴァレリアを歌っていた時は、中音域で明らかに吠え気味で喉に負荷の掛かっている声でした。
かなり押している感じで、私はジャコミーニの歌唱と言えばやや奥まっていながらも非常に深く重い声の印象だったので真逆でした。
それが3年でパッサッジョ付近の音を克服してしまっています。
このトスカのアリア、出だしが五線の上のD~Fの音で、”e”母音~”o”母音という移行ということもあり、この2音を聴けばある程度歌手の実力が計れる曲でもあります。
例えばホセ・クーラ
現代のドラマティックテノールとして知名度だけは高い歌手ですが、Fの音が鼻に入ってます。
日本国内では一時期最高のテノールとの呼び声もあった田口興輔氏
素晴らしい声でドミンゴと比較しても遜色ないと思います。
ただし、この歌唱だと前へ押す力が強過ぎて、特に”i”母音が喉声になり易いです。
出だしでも、「Recon」までは良いのですが、「di」微妙にポジションが変わっているのがわかるでしょうか。
1969年のジャコミーニどちらかと言えばこういうタイプだったと思いますが、
1972年の演奏では、前に押す過度な力が抜けて母音の幅が揃ってきました。
マスタークラスでも、ジャコミーニはイタリア語の母音の質を揃える重要性を説いていたとのことですが、30代前半にしてそれができているというのは驚きしかありません。
ワーグナー ローエングリン In fernem Land(イタリア語歌唱)
こんな録音があることは知りませんでした。
モナコでもドイツ語歌唱をしていたこの曲を、ジャコミーニはイタリア語歌唱、しかも最後の方、歌詞が飛んだのか?、録音状況も含め決して良い演奏ではありませんが、記録としてはとても貴重です。
プッチーニ トゥーランドット Nessun dorma
単純に声の好みとしては1972年の演奏の方が好きなのですが、
ちょっと奥まって重い感じがありながらも、決して声は詰まっていないというジャコミーニらしい声はやっぱりこれですね。
ただ、同時にジャコミーニは良い時とそうでない時の波がある歌手だったという話も彼と面識のある人から聞いたことがありますし、ローエングリンのアリアを聴いただけでは、曲のせいなのか、調子があまりよくなかったのかは判別できないまでも、どんな状況でも安定した歌唱できるような技術とはちょっと違った、ジャコミーニ独特のテクニックで歌っているように思います。
因みに、ジャコミーニに指導を受けたテノールで彼の歌唱メソードを習得していると思われるテノールがいて、名前をFrancesco Pio Galassoといいます。
Francesco Pio Galasso
こういう歌手がいることを知れば、スカラ座なんかはいつまでメーリにカヴァラドッシやラダメスを歌わせてるつもりなんだろう?と不思議に思う人は多いのではないかと思います。
是非ともジャコミーニの後を継ぐようなドラマティックテノールに育って欲しいものですね。
チレーア アドリアーナ・ルクヴルール La dolcissima effigie
80年の演奏より声に開放感が出てきていて、いい時のジャコミーニの声ってコレだよな。と思わず頷いてしまいます。
録音だと、あまり声がノビてないように聴こえる時と、この演奏のように深く暗い声ながらも開放感があって、ディナーミクを自在にコントロールできている理想的な声の場合でも、調子の問題なのか、録音状況が影響しているのか判断し難しいところがあります。
ただ、ここでは紹介しませんが1982年のボエームのアリアChe gelida maninaは低く移調している上にパワーで押している演奏だったので、やはり調子によって上手く力が抜けてる時と、余計な力みが聴かれる時があるのは確かなようです。
ジョルダーノ アンドレア・シェニエ(全曲)
個人的には1985年の声の方が好きですが、この演奏は何といってもザンカナーロが良い。
ヴェルディ オテッロ(全曲)
シェニエを歌っていた時より、声の芯がよりしっかりしていて、太く強い声だったのが、
暗く重いにも関わらず、高音には鋭さがある。
これこそがジャコミーニの声の完成形とでもいうべきものではないかと思います。
こうして彼の声を色々聴いていると、ドラマティックな声でも絶対太くなってはいけないというのは確信を持って言えます。
鋭い芯のある響きがなくなるような分厚い声では発音も不明瞭になるし、すぐに揺れてしまう。
それこそ録音状況の問題なのかもしれませんが、シェニエは正直発音が殆ど聞き取れなかった(ザンカナーロはしっかり聴こえる)ということを考えても、この演奏とシェニエでは歌い方変えたのか?というレベルで歌唱に差がある。
このように見てると、通からすればジャコミーニの公演で当たり外れがある。ように聴こえるのは当然かもしれないなと納得してしまう。
ヴェルディ レクイエム(全曲)
ingemiscoは0:30:00~です。
これが67歳の声というのが驚きですが、40代の時より声が軽くて、発声のテクニックという面では確実に進化していますね。
この年がちょうど日本でのマスタークラスだったのですが、なるほど、若い頃より良い声だったという旨の記事を書いてる人がいたことも納得できます。
凄い声だったけど重々しくて好き嫌いのある歌い方。
というのがジャコミーニの見方でしたが、年齢に合わせて着実に歌い方を変えていたからこそ彼は声を維持し続けることができたのではないでしょうか?
ヴェルディ 運命の力 二重唱 Invano Alvaro
バリトン Pavel Baransky
吠えるバリトンと技術で声を出すジャコミーニの発声技術の差が圧巻です。
Pavel Baranskyも決して悪い歌手ではないと思いますし、高音は比較的良いと思うのですが、中音域で吠えてしまっている。
まぁ、隣で70歳のおじいちゃんにこんな声で歌われたら張り合いたくもなるでしょうから、力んでしまう気持ちはよくわかります。彼は何も悪くない。ジャコミーニが常識では計れない歌唱をしているだけなのだ。
最後に1994年、東京でのシェニエのアリアの映像
60歳を過ぎたジャコミーニの声と、本来テノールにとって脂の乗った時期でもある54歳の演奏。
どちらの声がお好みでしょうか?
私は断然晩年の声の方が好きです。
これだけ若くして成功を収めた歌手でも、ずっと技術を磨き続け、自分にとって理想的な発声を模索し続けた結果手に入れたのが重さと強さと鋭さを持ち合わせた晩年のアクートなのだと思うと、今若くして売れてる歌手の多くは、(ステロイド漬になって)50歳過ぎたら下り坂。みたいな人が沢山います。
ジャコミーニから学ぶべきことは、その圧倒的な声ではなく、70歳を過ぎても声を維持し進化させ続けたその歌唱に対する姿勢なのではないかと、今回改めて彼の歌唱を1日中聴きまくって思いました。
このような素晴らしい歌唱をのこしてくれたことに今更ながら感謝しかありません。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
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