Smperoperで魔笛のパミーナ役を歌う予定の日本人 谷口まりや氏の歌唱分析

 

谷口まりやは、1993年日本生まれのソプラノ歌手

鹿児島でウーヴェ・ハイルマン(Uwe Heilmann)師事し、その後オーストリアでバーバラ・ボニー(Barbara Bonney)の元で研鑽を積み、2019年にゼンパーオーパーに研修生として契約し、2022年の魔笛でパミーナを歌う予定ことになっている。

これだけ順調なキャリアを積んでいる歌手ですから、流石に取り上げない訳にはいきません。

ということで、今回はそんな将来的に更なる活躍が期待される谷口氏の歌唱を分析していこうと思います。

 

 

 

 

ワーグナー Wesendonck Lieder

こちらは2018年頃の演奏。

25歳前後の演奏と考えればあまり多くを望むべきではないのかもしれませんが、
まだ、この演奏ではドイツ語歌唱では特に肝心要となる”i”母音が引っ込んでいるので、響きの焦点が定まっておらず、テッシトゥーラも合っていないので、低音が全然鳴らないということが特に目立ってしまう印象を受けます。

速いフレーズでも言葉の立ち上がりが遅く、どうしても出だしの音が曖昧になってしまう。
録音状況があまり良くないこともあるのかもしれませんが、この演奏ではあまり良さがわかりません。

 

 

 

モーツァルト 魔笛 Ach, ich fühl’s

この曲では良い部分が出ていると言えるかもしれません。
細く繊細で癖のない高音はこの曲にハマっています。
しかし、歌詞を見ながら聴いても言葉が聞き取れない・・・。

こういう曲でも上手い歌手なら、それがドイツ人でなくてもちゃんと発音は聞き取れます。
たとえばフックス

 

 

 

Julie Fuchs

 

谷口氏とフックスの違いは何なのか?

 

ここからは完全に私の憶測になりますが、
谷口氏は唇の脱力と、ブレスコントロールの2点ではとても素晴らしいと思います。
フックスが低音までしっかり鳴らして言葉も喋って歌っているのに対して、谷口氏は下が鳴らないことを逆手にとって、常に細く高い響きで言葉より旋律を美しく聴かせるスタイルなので、どちらの演奏が好きかは好みが分かれる部分かもしれませんが、私は言葉がある以上、音や旋律のために犠牲にして良いという考え方ではないので、フックスのスタイルを支持する立場です。

それでも谷口氏の声は、日本人に限らず、横に開き易い”e”母音でも平べったくならず、
どの母音でも響きの質が統一できているので、こういう曲では特にその辺りができているかどうかで、明確に演奏の上手い下手が決まってきます。

なので、言葉が大事とは書きましたが、母音の幅がバラバラではダメで、
なぜか世界的に売れているけど実際は母音の響きの統一が全然できてない、
シエッラみたいな歌手の演奏と比較すれば、全然谷口氏の演奏は優れていると言えます。

 

 

 

 

 

Nadine Sierra

1:04~1:34の「Meinem Herzen mehr zurück!」みたいな言葉は致命的に下手です。
特に「Herzen」の”he”で横に開き過ぎるので、音域によって全然響きの質が変わってしまってますね。
なぜこの歌手が世界でもトップクラスと目されているのか本当に理解できません。

 

ただ、谷口氏は上の響きだけで揃えている感じが否めず、
確かに音色の作り方、特に深い”o”母音なんかも上手いのですが、
言葉の意味に即した発音になっているかと言えば別問題になります。

これはあくまで私の感覚ですが、響きの質を統一するために、舌を殆ど動かさないで歌っているのではないかなと推測される訳です。

顕著なのが”L”や”R”の発音で、
例えば最後のフレーズ「So wird Ruh im Tode sein!」の
「So wird Ruh」は、ほぼ子音が聴こえず、中でも「Ruh 安らぎ」
また、促音になるべき、「allein (タミーノ)一人」や、”r”を上手く使うことが好ましい「Tränen 涙」といった子音と言葉の意味を関連付ける必要がある部分も無感動に聴こえてしまう。

あとは、息のスピード感が常に一定なので、安定感は素晴らしいのですが、”f”も前に出てきません。
こういう部分が今後の課題なのではないかと思います。

 

 

 

プッチーニ ラ・ボエーム Donde lieta usci

なんか全然ヴェリズモに聴こえないんですよね。
半分鼻歌みたいで・・・・。
言葉が全然前に飛ばない、と言えば良いのか、フレーズごとに引いてしまうと言えば良いのか、
凄く抽象的な言い方になりますが、プッチーニの書いたフレージングを歌う身体の使い方ができてない。

高音は良いんですけど、中低音が詰まってるんですよね。
パミーナのアリアでは、ブレスコントロールがしっかりできていたのですが、
この曲では、明らかに息が多い過ぎて、喉の上下や、ブレスの時に肩が動いたりするので、正直この歌い方をしてたらフォーム崩すのではないかと心配になります。

この演奏を聴いてから、パミーナのアリアを聴いてみれば、響きのポジションが明らかに落ちて声が太くなってるのがわかります。

 

以上のような感じですが、結論としては、
イタリア物、特にヴェリズモには手を出さずに、ドイツ物中心でレパートリーを構築して技術を磨いていけば更なる上達も期待できると思いますが、
ミミや、それこそ蝶々さん、椿姫なんかに手を出したら、9割近い確率で悪い方向に行くと思いますので、これからのレパートリー選びが今後彼女が活躍できるかの鍵になると思っています。

しかしながら、ゼンパーオーパーで主役を歌えるなんて立派なことですから、
また流行病の波が来て劇場閉鎖などということが起こらず、彼女が大役を務められることを願っています。

 

コメントする