新国立歌劇場が出来て間もない2000年にトスカ役で来日したソプラノ歌手が
SYLVIE VALAYR(シルヴィ ヴァレル 1964~)でした。
私はまだ、オペラにあまり興味がない年齢でしたし、そんな高いチケットを買える経済力もありませんでしたから、生では聴けていないのですが、このヴァレルという歌手が実は理想的なプッチーニ歌いだったことを知りました。
SYLVIE VALAYRE Puccini arias (1992)
声も勿論すばらしいのですが、ポルタメントの使い方のセンスが抜群!
プッチーニは結構ポルタメントを好んだようで、実際楽譜通りにやるとあまり品がなく聴こえるような表現になってしまうこともあります。
しかし、プッチーニと同時代を生きたSP時代の歌手は楽譜通りとは思えない歌唱をしていることが多々あることを考えると、独特なリズム感覚はプッチーニの音楽にとって重要なものなのかもしれません。
こういう独特なフレージングこそが、ただ良い声で旋律を美しく歌うだけではない、
外に発散する方向と、内向きに込めたキャラクターの感情の起伏を表せる歌い方なのではないかと思えてしまいます。
歌う時に、「感情を込めて歌う」という言い方をよくしますが、イタリアオペラは感情を込めるのではなく発散しないとダメ、と指導されたことがあるのですが、ベルカント物ならまだ良いのですが、ヴェリズモは両方の側面が特に必要なのではないか?と彼女の演奏を聴いていると思えてきます。
この人の歌唱の何が好きかって、余計な音圧が全然ないことで、
一般的にトスカや蝶々さんを歌うようなソプラノと比較すると声は決して重くないですし、中低音も強い響きがある訳ではないのですが、逆に丸く芯のない漂うような響きで終始歌えていて、これは好みの問題かもしれませんが、個人的にはこういうソプラノの低音が理想的だなと思えるものです。
蝶々さんのアリア(31:10~)なんかは今まで数えきれない程聴いた演奏の中でもトップクラスに優れているかも「しれません。
こういう演奏を聴くと、一段と「響きを集めろ」と指導する声楽教育は間違っているなと実感する訳ですが、同時に豊な響きの弱音を磨くことの重要さをヴァレルの演奏は教えてくれている気がします。
ビゼー カルメン Habanera
ソプラノが演奏会でハバネラを歌うことは結構ありますが、その演奏が優れていることは希です。
しかしヴァレルの演奏はそこらのメゾが歌うより遥かに上手い!
一体kの低音はどうやって響かせているのだろう?
胸に落としている訳ではないし、もちろん喉を鳴らしている訳でもない。
分り難い例えになりますが、酔っ払うと顎や舌の力が入らず、日常的な話声より大きくなりますが、あの感じでしょうか。
極限まで脱力した声で低音を出している。
だから行員とは響きの質には違いがあっても、声に段差ができず滑らかに歌える。
これは男声で言う実声とファルセットを段差ができずにつなげる技術にも通じた部分を感じますが、この演奏を聴いただけでもヴァレルの発声技術の高さがよくわかります。
彼女のウィキを見ると、ワシントンポスト誌に
「here was a pleasing artistry in her singing that merged accurate intonation with an ability to move her sound smoothly across a wide vocal range」
と評されたとのことで、私が感じたのと全く同じように、
「正確なイントネーションと広い音域をスムーズに歌う能力が融合した心地よい歌唱」について書いていたのを知って、なぜこれ程の歌手があまり有名にならなかったのか逆に不思議に思いました。
活躍し始めたのは1984年頃からのようですが、YOUTUBEに音源があるのはほぼ2000年以降で、冒頭に貼った1992年のコンサートはまだ国際的に広く活躍する前(恐らく28歳)という事を考えると、とんでもない才能の歌手だなと改めて感心してしまいます。
きっとこのような歌手がまだまだ沢山いるんでしょうから、
やっぱり「現代は黄金時代と比較すると歌手のレベルが低い」なんて知ったような事は安易に言ってはいけないなと改めて痛感いたしました。
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