【評論】Operalia 2022 Final Round

最近は大きなコンクールの模様がすぐにYOUTUBEにアップされるので有難いですね。

ということで、オペラファンにとってはお馴染みとなった、
近年最もスター歌手を輩出している声楽コンクール、Operaliaについて、
先日行われたファイナルラウンドの映像がアップされましたので、早速演奏について書いていきたいと思います。

 

Operalia 2022 | The World Opera Competition: Final Round

https://www.youtube.com/watch?v=EYqI6hBxRls

 

それでは、プログラムに従って個々にコメントを書いていきます。

 

<プログラムと講評>


00:35 Duke Kim | Tenor (USA)
Kuda, kuda vy udalilis [Eugene Onegin, Op. 24] – P. I. Tchaikovsky

演奏自体は、表現的にもディナーミクのつけ方的にも、発音のポイント的にも上手いと思うのですが、全体的に締め付けたような声なのが気になるところ。
特に音の入りや強い表現をしたいとき声がスパークする(一瞬裏返る、泣きを入れた感じになる)ことがあることで、これは喉を締めて声を制御しているからだと思います。
なのでどうしても響きに広がりが出ない。

 

01:37:27 Duke Kim | Tenor (USA)
Mujer de los negros ojos [El huésped del Sevillano] – J. Guerrero

こっちの演奏の方が良いかなと思いますが、時々鼻に入る時があって、
響きのポジションも良いポイントに抜けきってはいないのだと思います。
でもこの曲の雰囲気なんかは良いなと思いました。
”r”の巻き舌がロシア語の時は気になったのですが、こちらではピッタリはまる。

 

 


10:03 Emily Sierra | Mezzosoprano (USA)
Parto, parto, ma tu, ben mio [La clemenza di Tito, K. 621] – W. A. Mozart

この方も典型的な米国人歌手だな=。と思う演奏で、音圧で声を制御しているので、響きが集まった芯のある声に聴こえるのですが、全体的に硬い。
ただ、前述のDuke Kim同様、発音のポジションには奥まったところがなく、発音による響きのブレがないのは素晴らしいと思います。

後半の技巧的なセクションなんかは特に良いと思いますが、
問題は前半部分で、こういう歌い方だとどうしてもレガートが甘くなり、音色にも変化を付けにくいので、曲調の違いに対して歌唱の柔軟さに欠けてしまう。

 

 


17:01 Youngjun Park | Baritone (Republic of Korea)
Nemico della patria? [Andrea Chénier] – U. Giordano

この人は上手いですね。
アンドレア・シェニエのアリアをコンクールで歌うバリ音=パワーでごり押し。のイメージが強くて、どうしても偏見を持って聴いてしまう悪いクセがあるのですが、
この方は響きの上で声を制御できていて、前出のお二人と比較しても声に広がりと柔軟性があります。
特に差がでるのは同じ音を歌った時で、響きが乗った声でないと、同じ音を歌う(喋る)時にブツ切りになってレガートが確実に甘くなってしまう。
曲が盛り上がる一番最後の方(21:25~)でも喉を押さずに歌えていて、本当に良い歌手だと思います。

 

 


22:44 James Ley | Tenor (USA)
O paradis [L’Africaine] – G. Meyerbeer

変な癖がなくて良い歌手だと思うのですが、入賞していませんでした。
体調があまり良くなかったのか、中音域で時々ザラつく音があったので、そういうのがマイナスになってしまったのかもしれませんが、高音も明るく軽く抜けるし、ファルセットに近い声(所謂ミックスボイス)の弱音の使い方も個人的には好きなので、数年前のMichael Spyresに似たタイプの良い歌手だと思いました。
あえて言えば、選曲があまり良くなかった。
アフリカの女のアリアは、レッジェーロよりはスピントに近い歌手が歌うことが多いので、連隊の娘とか歌ってれば入賞したのではなかろうか・・・。

 

 

 

 


26:49 Jenni Hietala | Soprano (Finland)
Einsam in trüben Tagen hab ich zu Gott gefleht [Lohengrin, WWV 75] – R. Wagner

コレはちょっと高音が酷い。
低音は悪くないのですが、中音域より上が喉声で、特に”i”母音と”e”母音は横に開いて平べったくなる傾向にある。
エルザの夢みたいな、真っすぐにレガートで力まず歌わなければいけない曲を、力んで揺れた声で歌ってしまっては、音楽が台無し。
声自体は美しいだけに本当に勿体ない。
しかし、低音がスカスカするより、高音に難があっても低音がちゃんと鳴る方がまだ曲としてはバランスが取れるのだから、やっぱりソプラノの中低音は大事である。

 

 


34:33 In-Ho Jeong | Bass (Republic of Korea)
Come dal ciel precipita [Macbeth] – G. Verdi

相変わらず韓国の男性歌手は良い声の人多いですね。
ただ、典型的な韓国人歌手で喉が強いタイプ。
それなりに高い音域はまだ良いのですが、低音がバスにも関わらず無理やり鳴らしてる感じで、実際は響きが貧しい。
バスではなく、バリトンをやった方が良いのではないかと思う。

 


39:39 Serena Sáenz | Soprano (Spain)
Grossmächtige Prinzessin, wer verstünde nicht [Ariadne Auf Naxos, Op. 60] – R. Strauss

スペインの歌手がドイツ物のアリアを歌うのは珍しいですね。
ただ、喉声で発音のポイントもドイツ語としては奥過ぎる。
そして子音を出し過ぎて母音の音果が全体的に短いので語尾の”t”とか”n”はわかるのですが、それ以外がよくわからない。

ナタリー・デセイは超絶技巧や憑かれたような演技に凄みを感じる歌手でしたが、
実際冷静に聴くと言葉の扱いは無茶苦茶丁寧で、低音が鳴る歌手ではないにも関わらず、中低音の発音はとても明瞭に聴こえる。
これはとにかく母音のレガートが徹底してできているからで、ドイツ語=子音出す。みたいな歌唱をすると逆に言葉の輪郭が失われてしまう。
軽いソプラノはデセイの技巧ではなく、こうした言葉を出す技術をもっと研究すべきだと思います。

 

Natalie Dessay

 

01:52:37 Serena Sáenz | Soprano (Spain)
Me llaman la primorosa [El Barbero de Sevilla] – J. Giménez, M. Nieto

低音は鼻に入るし、やっぱりドイツ語でなくてもこの人のフォームは安定感がなくて正直上手いとは思えない。

 


52:40 Anthony Ciaramitaro | Tenor (USA)
Notte, perpetua notte [I due Foscari] – G. Verdi

声は重くないですが強い芯があり、響きのポジションも素晴らしい。
高音はやや勢いに任せている感じで粗さがあるので、その辺りは今後の課題となってくるのでしょうが、演奏の熱量という面では他の歌手を圧倒している印象でした。(選曲がなぜコレ?って感じはしますが)
”u”母音のポジションが完璧なので、”u”の深い響きで低音~高音まで出せているのが大きいですね。
こういう激しい表現ではなく、ピアノの音楽をどう歌うのかは気になるところではありますが、声やフレージングは立派だと思います。

01:58:26 Anthony Ciaramitaro | Tenor (USA)
La roca fria del calvario [La Dolorosa] – J. Serrano

アクートはこの人が一番完成度が高いと思います。
開いた声で、響きに深さもある。
時々泣きを入れるところで好みが分かれそうですが、高音の響きにはテノールとして惚れ惚れしますし、声が良いだけでなく言葉のリズムとフレージングの出し方が上手く、レガートの質がとても高い。自分ならこの人を一位にしたい。

 

 


59:45 Juliana Grigoryan | Soprano (Armenia)
Mĕsičku na nebi hlubokém [Rusalka, B. 203] – A. Dvořák

01:41:10 Juliana Grigoryan | Soprano (Armenia)
De España vengo [El Niño judío] – P. Luna

高音は立派なんですが、それ以外が・・・。
全体的に奥まっていて、ルサルカは曲のサビの部分以外は全部響きが落ちているし、発音も奥。
母音によって音質にもバラつきがある。

二曲目を聴いてもやっぱり喉を鳴らしているように聴こえてしまう。

 

 


01:07:08 Anthony León | Tenor (USA)
Je crois entendre encore [Les pêcheurs de perles] – G. Bizet

高音はミックスボイスを上手くつかってますね。
最後は完全にファルセットにしてますが、発音のポイント、母音の音質がブレないので旋律線がとても綺麗に聴こえる。上手い!
こういう歌手が一位になっているのは結構意外です。
通例だと強めの声のテノールが有利な感じなので、Anthony Ciaramitaroの方がこのコンクールでは好まれそうな気がしたのですが、高音の安定感という部分で、Leónが高く評価されたのでしょうか。

01:47:52 Anthony León | Tenor (USA)
Bella enamorada [El último romantico] – R. Soutullo, J. Vert

この人はホント明るくて芯のある声を楽にだしてる感じで、聴いてて気持ちが良い。
この人が優勝するのは納得です。

 

 

 

 

 


01:13:17 Nils Wanderer | Countertenor (Germany)
Stille amare [Tolomeo, re d’Egitto, HWV 25] – G. F. Händel

Anthony Leónのファルセットの方が美しいという哀しい現実。
どこか作った感じで、響きを集め過ぎな感じがします。
落ちて籠っている訳ではないのですが、響きが硬い。

 

 


01:22:29 Maire Therese Carmack | Mezzosoprano (USA)
Ces lettres [Werther] – J. Massenet

典型的な米国人メゾって感じの、太い声で唸っていらっしゃる。
フレージングも音色もあったもんじゃないので、こういう声だけで押す歌手苦手なんですよね。

 

 


01:30:37 Jongwon Han | Bassbaritone (Republic of Korea)
Ves tabor spit [Aleko] – S. Rachmaninov

アレコのアリア恰好良くて好きなんですよね。
なんか韓国系の低声歌手って皆似たような声してるんですよね。
良い声なんですけど、音楽が点と言えば良いのか、一つの音を取り出せばディナーミクも表現も立派なんですが、曲全体を通したドラマの持って行き方になってないと言えば良いのか、音楽の方向性がなくて、刹那的に良い声なだけで面白くない。
この辺りが、前半にシェニエのアリアを歌ってたバリトンは圧倒的に優れていたと思います。

 

<総評>
米国人歌手と、低声では韓国人歌手が目立った大会でしたが、
米国のテノール歌手は最近パワー系がすっかり少なくなり、声だけ聴くとラテン系のテノールかと思うような明るく抜ける声の歌手が増えてきたなと感じています。

このコンクールは正直あまり女声で良い歌手が排出されているイメージがなくて、
やっぱりテノールのためのコンクールというイメージが強かったのですが、
今回の大会でよりそれは強固になりました(笑)

皆様は今年のコンクールで気に入った歌手はいましたでしょうか?

私はAnthony Ciaramitaroの声に圧倒されました。

BやHの高音ではまだ余裕がない感じですが、
ただ声が素晴らしいだけでなく、彼独自のフレージングがしっかり見えるので歌に個性があって聴いていてとても楽しい。
今後の活動に注目していきたいと思います。

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