劇的な作品を気品高く歌える期待のバリトンIgor Golovatenko

Igor Golovatenko.(イーゴル ゴロヴァテンコ)はロシアのバリトン歌手

ゴロヴァテンコは、
2006年に声楽家としてデビューし、2010年代後半からメトや英国ロイヤルオペラ、ウィーン国立歌劇場などの一流劇場に出演している今勢いのあるバリトン歌手ではないかと思います。

ロシア物での出演が多かったり、流行病の蔓延がちょうどヨーロッパでの彼の活躍の場が広がって来た時期と重なってしまったのもあってか、
彼に関しての日本語の記事が全く見当たらなかったのですが、この人の演奏は気品があって実に良いです、

ただ勢いのある時期に流行病の蔓延が重なったことについてはマイナスばかりではないと考えていて、もしかしたら、ゴロヴァテンコの発声的にはとっては良かったのではないか?と思ったりするところもあったりします。

そんな訳で、2016年・2018の演奏と、2021年の演奏を比較して、明らかに圧力で歌っていた部分が解消され、発声が安定していく様子を追って聴いて頂ければと思います。

 

 

 

2016年
ヴェルディ トロヴァトーレからルーナ伯爵のアリアのカバレッタ部分(4:43~)

マイクが近いので、他の音源と単純に比較することは難しい部分はありますが、

コレペをしている方が指摘しているように、一音一音押しているのでレガートにならない。
例えハッキ音を出すマルカートな表現であっても、それはスタッカートではないので、レガートになっていなければならない。
なので、カバレッタ部分もフレージング見えず、高い音程に向かって圧力が強くなるだけで、良い声の垂れ流し感が否めない。
ルーナ伯爵を得意としたザンカナーロの演奏と比較するとその辺りの違いが分かると思います。

 

(58:25~)

 

 

 

2018
チャイコフスキー スペードの女王  Ya vas lyublyu

2016年の頃よりレガートができりうようになっているように感じますが、
まだ上半身の響きだけで歌っている感があって、声も良いし上手いのだけど何か物足りない感じの演奏に聴こえてしまう。
それは結局のところ、息の圧力が強過ぎて、まだ喉を押してしまっているために、
胸の響響きが得られず、所謂深い声ではないからだと思います。
これが、2021年の演奏で大幅に改善されます。

 

 

 

2021

息の流れに余裕があり、高音でも音圧過多にならなくなったので、ただ高い音程に力点が向かうのではなく、フレージングが自由になりました。
まだ所々音をしゃくり上げるように歌う場面が聞かれますが、この3年で大幅に響きに深さが出て、歌唱に気品が出てきました。
2016年の、良い声で押し通す演奏から考えると格段の進化だと思います。

これは推測に過ぎませんが、流行病のためにスケジュールに余裕が出たからこそ、これだけ発声を改善できたのではないかと思います。
売れっ子歌手は若い内に喉を酷使して短命に終わってしまったり、ステロイドなどに頼って、数年で別人のような声になってしまう人もいますので、そういう意味でも彼の喉にとって流行病はプラスの方が大きかった可能性もあるのではないかと考えています。

 

 

 

トスティ 夢

これも2021年の演奏なのですが、
いや~巧い!
特にピアノの表現が素晴らしくて、弱音でも響きが貧しくならず、発音はしっかり前でさばかえているので明瞭、それでいて奥行もフォルテと同じままなので母音の音質もブレることなく。とにかく演奏に品がある。

フォルテからピアノへのdimも自然で、バリトンのトスティ歌唱の教科書になりそうな演奏と言えるかもしれません!

 

 

 

 

 

改めて彼の音源が残っている中で一番若い時のものを聴いてみましょう。

2013年
ヴェルディ 仮面舞踏会 Eri tu che macchiavi quell’anima

ほぼオペラデビューしたばかりの年である2013年でこれだけの声を持っていれば、
それは有名になるでしょう。
彼は本当に声に恵まれていたようで、声楽を学び始めてわずか半年でオケと共演して歌手デビューしているようなのでその才能は突出していたのでしょう。

ロシアから活動拠点をヨーロッパに映したのが2018年ころだったようなので、
2013年と2016年の演奏にはあまり違いは感じませんが、2018年に変化が見られるのはそういった部分があるのかもしれません。

その後かれの知名度を高めたのがカウフマンと共演したオテッロなのだそうで、
カウフマン=リリックテノールだと思っている私としては、もう彼の演奏に全く興味がないので、そういった意味でアンテナに全然引っかからなかったのでうすが、これが2020年のことです。

 

ヴェルディ ドン・カルロス(フランス語版)

2020年の演奏は、2021年と比較するとまだ上半身だけで歌っているような感じで、
ここから2021年に掛けて飛躍的に上手くなったなと感じるのは私だけでしょうか?

 

 

 

 

2021年
ロッシーニ セビリャの理髪師 フィガロのアリア抜粋

やっぱ声の開放感が2021年は他の年の演奏と比較すると格段に良い。
現在の声がどうなっているかがわからないのが残念ですが、この調子なら、ただ美声と高音に頼って劇的な役を歌う歌手とは一線を画した、気品のあるフレージングと、決めるべき所でのパワーを兼ね備えた理想的なヴェルディバリトンになる可能性がありますので、今後の活躍に注目したいところです。

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