Anastasia Bartoli(アナスタシア バルトリ)はイタリアのソプラノ歌手
この人のキャリアは面白いことに、最初は空挺部隊を目指して4年間勉強した後、歌の勉強を始めたのは23歳になってからだったようです。
にも拘わらず、彼女は5年程の訓練でプロとしてのレベルに到達してしまったのですから、恐るべき才能の持ち主と言わざるを得ません。
2016年にヴェローナ音楽院オペラ声楽科を卒業後、ピエール・フランチェスコ・マエストリーニのワークショップを受けている時に、《セビリアの理髪師》ロジーナをヴェローナのリストーリ劇場でデビュー。
2021年、イスラエル国立オペラで《ナブッコ》アビガイッレ、
2022年、トレヴィーゾのテアトロ・コムナーレ・マリオ・デル・モナコで《喜びの国》ハンナ、
2024年、フィレンツェ五月音楽祭で《オテッロ》デズデーモナを歌っています。
来年にはローマでトスカが予定。
ドラマティックソプラノとしてのキャリアを積みながら、ロッシーニ音楽祭にも出演しているようなので、アジリタの技術を持っているドラマティックということになるでしょう。
なお彼女の母親は、ベルカント物を中心に、アジリタを得意とした名ソプラノ、チェチーリア・ガスディア(Cecilia Gasdia)なのだそうです。
アナスタシアが声楽の訓練を始めるのが遅かったにも関わらず、成功できているのはガスディアの力によるところが大きいでしょう。
実際、声楽の訓練を始める時に、
「才能がないと思ったらすぐに見切りをつける」
と母親に言われたそうなので、訓練が厳しいものであったことは想像がつきますね。
Cecilia Gasdia
以下がアナスタシアの演奏
モーツァルト ドン・ジョヴァンニ Ah chi mi dice mai
この演奏は、動画のアップされた時期と彼女のスケジュールから見ると2019年のものだと思います。
30歳前後、声楽を始めて10年足らずでこの声はヤヴァい。
こういう歌手を調べて知ってしまうと、やっぱサラブレットには、凡人が努力しても敵わないんかな?なんて気持ちにもなってしまうのですが、
まぁ、歴史的なドラマティックソプラノ、Bニルソンは音楽一家でもなければ、教育環境や経済力に恵まれた訳でもなく、ほぼ独学で教育を受けずして(自伝では指導を受けて声がおかしくなったとすら書いている)あの声を手にした正真正銘の怪物なので、そういう人もいるにはいるんですけど、それは例外中の例外。
改めてアナスタシアの例を見ると、最初に習う指導者は大事だなと思います。
それにしてもこの人、メタルが好きで、派手なメイクや長い爪でタトゥーを入れてることまで公言するようなクラシックとは無縁そうなタイプでありながら、オペラ歌手に必要な資質を問われると、
第一に音楽性やイントネーション
第二に健康
第三に声
とインタビューで回答しているのだから面白い。
特に「健康」については、意識の低い歌手が多い印象を受けるので、彼女のような考え方は結構共感できたりします。
確かに歌唱を聴いても、声はメタリックではあるものの、低音は丁寧で、高音は音圧こそ強いものの、力任せな発声ではなく、天井の高い響きで、深さがありながら、前に輝かしく鳴るところはドラマティックソプラノにとって重要な資質。
声、アジリタ、ルックス、これらを加味すると、個人的にはイドメネオのエレットラ辺りを歌うと最高にハマりそうな気がします。
ヴェルディ トロヴァトーレ Tace la notte(三重唱)
こちらは2020年の演奏で、
ルーナ伯爵を歌っているマリオ・カッシがまた素晴らしいので、
バリトンでも、良いテノールの高音のようなアクートがあって、
ヴェルディバリトンはこうでないと!という歌唱。
こういう歌手は絶対声が太くなくて、言うなれば鈍器でなく研ぎ澄まされた鋼鉄のよう声。
これが低声歌手であっても絶対必要なことだ。
そしてアナスタシアの歌唱は、メゾのように色気のある中低音で、ヴェルディの音楽に必要な密度の濃いレガートによって旋律をしっかり浮き立たせている。
この三重唱で一番マンリーコが目立たないというのも珍しいですが、決してテノールのSamuele Simonciniが良くないというのではなく、他の2人のレベルが高過ぎるのだと思います。こういう演奏は中々聴けない。
レオンカヴァッロ 道化師 Qual Fiamma avea nel guardo..Stridono lassù
こちらは2022年の演奏。
2019年と比較すると、高音で余計な力が抜けて楽になってきて、より解放感が出ているように感じます。
2:40辺りからの軽やかに歌う中にも、力強さのある演奏は、彼女の長所が凝縮されたものになっていて、レッジェーロな役まで歌えてしまいそうな程、柔軟に高音域でフレージングをコントールできていて、リズムがもたつくことなく、それでいて拍節感が見えない絶妙なポルタメントの使い方なんかも本当に上手い。
ただ声が良いだけの歌手の演奏ではなく、フレーズの聴かせ方が上手いのだとこういう曲ではよくわかりますね。
チレーア グローリア Vergine d’astri e di viole
ミサ曲かと思っていたら、チレーアに「Gloria」というオペラがあったんですね。
初めて知りました。
そして、この演奏が2023年のものなのですけど、もう高音も低音も座った状態で楽々出てしまう。
こりゃ来年に予定されたローマでのトスカで世界的に有名になりそうな気配すらします。
これだけの歌唱力と声ならば、ほぼ間違えなく世界の大劇場で主役を歌う日も遠くはないでしょう。
これは今後の活動に注目しない訳にはいきませんね!
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