コンサート歌手として理想的なリリックバリトンの声 Tyler Duncan

Tyler Duncan(テイラー(タイラー) ダンカン)はカナダ生まれのバリトン(またはバス)歌手。

ニューヨークを中心に活躍しているようですが、生まれはカナダで音楽の学習はドイツのようで、Edith Wiens やHelmut Deutsch といった著名なリート歌手、リート伴奏者に師事しています。
オペラは歌っているものの、積極的には歌っておらず主役を大きな劇場で歌った形跡は見られませんので、ほぼ完全にコンサート歌手と言って良さそうです。
今まで鈴木 雅明との共演はあるようですが、今後も日本で注目されることはほぼなさそうなタイプということで、とても美しいリリックな声を持っており、宗教音楽のソリストやドイツリートをやるには理想的と言って良い声のため、何かと第九やメサイアの演奏機会が増えるこの時期に紹介しようかと思います。

 

 

 

 

バッハ マタイ受難曲(バスソロの抜粋)

 

2014年の演奏です。
声そのものが突出して凄い鳴り方をしている訳ではないのですが、
軽く明るく暖かい、リリックバリトンと聞いて思い浮かべる声がまさにこんな感じです。

 

 

 

 

 

シューベルト 冬の旅(全曲)

 

こちらも同じ2014年の演奏なのですが、マタイの演奏と比較すると声がやや重い気がしますが、会場の音響や録音状況の関係もあるので、一概に別人のような演奏とまでは言えないとは思いますが、それでも私にはマタイの演奏の方が遥かに素晴らしく聴こえてしまいます。

冬の旅の演奏で問題と感じる部分は

ピアノの表現がただ小さい音なだけで、緊張感まで抜けてしまっていること。

開口母音、特に”a”母音で極端に口を開けることによって掘ったような声になってしまうことがあること。
分かり易いのは、例えばDer Wegweiser(道しるべ)の
57:30~

「Einen Weiser seh’ ich stehen
Unverrückt vor meinem Blick,
Eine Straße muß ich gehen,
Die noch keiner ging zurück. 」

(目の前の目印を見据えて佇む
私はまだ誰も通ったことのない道を進まねばならない)

この「Die noch keiner」の”ka”で伸ばすおとが重く揺れています。
一方、ダンカンほど洗練された声は持っていないもののAndreas Koubaというバリトンが歌った演奏

 

 

Andreas Kouba

3:03~
声そのものはダンカンより平べったく、優れた歌手とは言えないかもしれませんが、
母音ごの響きの均等さという意味ではこちらの方が安定しています。
こうして比べると、ダンカンの”a”母音がいかに掘っているかが分かると思います。
他には「Straße」という単語も響きの質がかなりバラけるので、そういう意味で発音がいくら明瞭でも、レガートに繋がって聴こえないので、曲の緊張感を維持することがまだでききれていません。

 

 

 

2017年のリサイタル

 

 

リスト

Im Rhein,im schönen Strome(ライン、美しい流れの中に)

Vergiftet sind meine Lieder(私の歌は毒されている)

 

マイアベーア

Hör ich das Liedchen klingen(かすかな唄が聴こえる)

 

メンデルスゾーン

Morgengruß(朝の挨拶)

 

シューマン

Du bist wie eine Blume(君は花のように)
Mit Mythen und Rosen(ミルテとバラで)

 

 

「Hör ich das Liedchen klingen」という曲は、シューマンの詩人の恋の中の一曲として有名なのですが、まさか同じ歌詞でマイアベーアが曲を作っているとは知りませんでした。
マイアベーアはグランドオペラ作曲家として一世を風靡しましたが、今では二流作曲家と見られており、ワーグナーが嫌ったことでも有名な人ですが、こうして続けて歌曲作曲の大家経ちの作品と並べて演奏されても違和感がありませんね。

それにしても、この選曲は何繋がりか考えていたらのですが、全部ハイネの詩を使った作品だったんですね。
流れが自然でとても違う作曲家を4人入れたとは思えないセンスの良い選曲だな~。というのが正直な感想です。

 

ダンカンの演奏も、2014年と比較すると遥かにレベルが上がり、穴を見つけるのが難しいレベルに完成された歌唱をしています。
特にピアノの表現が自然になり、開口母音も揃っているため全ての曲で緊張感が緩むことがなくなりました。

 

 

 

 

マーラー 子供の不思議な角笛 Der Tamboursg’sell

 

こいらが2018年の演奏
すでに凄みすら出ているような、大変深く、そして力強い演奏です。
2014年の冬の旅からたった4年でこれ程のレベルに到達するとは大したものです。
元からもっているリリックな美しい響きに力強さと安定感が加わり、
それでいて、ただ楽譜通り教科書のような演奏をしている訳ではない。
個人的には、現在リート界に君臨するマティアス ゲルネより良いのではないかとすら思ってしまうほどです。

これ程の演奏をする歌手が、まだCDを出していないことが驚きでもあり、レコード会社は何をしてるんだ?と言いたくなる部分でもありますが、
今後は是非とも様々なリートの録音を残して欲しいと願わずにはいられません。

 

 

脱毛ラボ ホームエディション 

2件のコメント

  • 千田 忠 より:

    Tyler Duncanのご紹介 ありがとうございます。

     音楽愛好者です。たまたまベートーベンのliedを聴いていたところにダンカンの歌に出会い、その自然で研究された発声と表現に胸を撃たれました。
     このブログで、他の曲も聞くことができました。感謝申し上げます。

    「穴を見つけるのが難しいレベルに完成された歌唱をしています」と絶賛されていますが、ほんとうに優れた歌唱力、表現力だと思います。
     
     ご紹介いただいて、あらたしいバリトンの世界と出会ったような気がしています。ありがとうございます。

     今後とも、よろしくお願いします。

     

    • Yuya より:

      千田 忠様

      コメントありがとうございます。
      こういう歌手を偶然YOUTUBEで見つけるとテンション上がりますよね!

      今は大きなレーベルからCDを出したり、有名コンクールで優勝したり、一流歌劇場で主役を歌っていなくても、
      アンテナを張っていればこういった歌手と出会える可能性があるので、知名度に惑わされずに聴衆が良い歌手の演奏にふれられる良い時代になったと思います。

コメントする