ドイツバロック作品を歌うのに理想的な声を持ったブラジル人テノール Aldo Baldin

Aldo Baldin(アルド バルディン)1945~1994はブラジルのテノール歌手。
名指揮者カール リヒターのサポートを受けてフランクフルトやベルリンで研鑽を積んだ経歴からも、ドイツバロック作品を得意としていることがよくわかります。

バルディンの声は理想的なドイツリリックテノールの声を持っていて、
軽やかでありながら力強さがあり、硬質で気品のある響きは、
スウェーデンの伝説的テノール、ニコライ ゲッダにそっくりです。

 

 

 

バッハ カンタータ Pan ist Meister, laßt ihn gehn!..(BWV 201 )

メリスマのキレはありながらも、声の力強さも兼ね備えているのがわかります。
明るい響きでありながらも、全く薄っぺらさ、平べったさがなく、
ドラマティックなのに言葉もリズム感も重たくならない。
シュライアーと比較すると、バルディンの声が如何に当時のバロック歌いのテノールとしては異例な強靭さを持っているかがよくわかります。

 

 

Eberhard Büchner

上半身だけの響きで歌っているようなシュライアーに対して、
常に前進の軸がしっかりした声でうたっているバルディン。
これは持ち声の問題ではなく発声技術の違いであると言えるでしょう。
高音にいくに従ってファルセットのような細い響きになるのと、
低音~高音まで同じ質の響きで歌えることは、声でなく歌い方の違いと言えるからです。
バラディンの歌っている映像はあまりYOUTUBEにありませんが、
この映像を見るだけでも、姿勢や口のフォームが素晴らしいですね。
姿勢がブレず、顎は無駄な力は入っていないながらも常に引けた状態で、
上唇はやや突き出し目に狭く、決して横に広がって前歯が見えることはありません。
あまり映像的に口のフォームが見える訳ではないので、
細かい発音に関しての動きは分析できませんが、聴いた限り無駄のない言葉さばきをしています。

 

 

 

 

バッハ カンタータ Handle nicht nach deinen Rechten(BWV 101 )

この演奏を聴いても、
声の力強さと、フレージングの柔軟性を兼ね備えた稀有なバッハ歌いだったことがわかります。
最後の歌詞
「wie Jerusalem vergehen!」みたいな場合、
最初の”vi”がしっかり前で強い響きをもっている状態で、
どの発音でも”i”母音の緊張感と響きのポジションのままで歌えることが重要なのですが、
低い音になると、最後の「vergehen」のが籠った響きになったりしてしまうのが一般的です。

 

 

 

Kurt Equiluz

 

アーノンクールが指揮をしている音源のようなので、それなりに著名なテノールが歌っていると思うのですが、それでもバルディンと比較すると、まず”i”母音の響きが根本的に違います。
過去の記事にも何度か書いたことがあるのですが、ドイツ語の作品は”i”母音が明るく強く軽く響かせられなければ中々上手く歌えません。
これはリートだろうが、ワーグナーの楽劇だろうが同じで、勿論古楽でも当てはまります。
逆を言えば、バルディンには理想的な”i”母音の響きがあると言えるのかもしれません。
この曲はそんな彼の良さが如実に現れていると思います。

 

 

 

 

ヴィラ=ロボス Brachianas brasileiras No. 5

こういう曲を歌うと南米人らしさが流石に少しはでるのですが、
それでも熱傷というよりはむしろ冷静な歌唱で、
普通にイタリアオペラを歌っても良さそうな声なのですが、
彼の音楽性がこういう歌い方をさせるのでしょうか?
私は民族の血と音楽性の影響は絶対あると考えているタチですが、
この人ばっかりは全くブラジル人らしさを感じない歌手です。

声はオペラの主役を歌うに相応しい強さと明るさがあって、
その上転がす技術もあるのですから、スター歌手になれる素質をもっていたと思うのですが、
レパートリーや音楽性が硬すぎて一般的に殆ど知られていないテノールになってしまった印象です。
せめて有名な連作歌曲でも録音を残してくれればもう少し知られた存在になっていたかもしれないのに・・・
と思わずにはいられません。
この声で水車小屋とか歌ってほしかったなぁ~。

 

 

 

 

CD

 

 

2件のコメント

  • Naoya Uemura より:

    はじめまして。Uemura と申します。
    Aldo Baldin 氏についてこのように取り上げてくださったこと、誠に嬉しく感じます。というのも、私自身J.S.バッハを歌うBaldin 氏の歌声に聴き惚れ、彼のファンになったためです。確かに、最後に記述なさっている通り、私も彼の歌声でシューベルトの水車小屋等のリートを聴いてみたかったと心から思います。きっと純朴で伸びやかな素晴らしい演奏になったと思われます。また、彼の口の開け方や i 母音の響かせ方についての分析や説明など、詳細で分かりやすくとても参考になります。

    初見の身で図々しいとは思われますが…、二点ほど気になったことがございます。
    ①Pan ist Meister, lass ihn geh’n の音源で、シュライアーの歌唱として出しているものの方ですが、恐らくこのテノール歌手はシュライアーではなくて、同じく旧東ドイツ出身のEberhard Büchner だと思われます(ただ、彼の発声や声質はシュライアーと非常によく似ていると感じます…)。

    ②アーノンクール盤の歌唱者不明のところなのですが、恐らく聴いた感じですとウィーン出身のテノール歌手 Kurt Equiluz 氏による歌唱だと思われます。アーノンクールのバッハのカンタータ演奏で非常に多く共演している事実もあります。

    他にも、(私自身バリトンなのもあって)ジークフリート・ローレンツ氏の記事も拝読いたしました。彼についての考察や分析も、どれも納得のいくものばかりで、読むのが楽しかったです。加えて、彼が遺した貴重な音源やドキュメンタリー映像も視聴できたことも何より嬉しいことでした。今後も楽しみに拝読させていただきます。

    • Yuya より:

      Uemura Naoya様

      貴重な提言を頂きありがとうございます。
      音源がシュライアーとビュヒナーが起用されていたものだったようで、ちゃんと確認せずにシュライアーと記載しておりました。
      ご指摘頂きありがとうございます。

      もう一曲も、確実な証拠は見つけられませんでしたが、
      声を聴き比べた感じでは仰る通りKurt Equiluzに間違えなさそうです!

      ジークフリート・ローレンツ氏、お好きな方から意見を頂けて嬉しいです。
      私は彼の歌唱こそドイツ物を歌うバリトンの理想だと思っていますし、
      楽器的に馬力では勝負できない日本人歌手が参考にすべき最高のお手本だという意見は今もかわりません。

      こちらこそ今後ともご愛読頂ければ幸いです。

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