Marcello Giordani の歌唱を振り返る

Marcello Giordani(マルチェッロ ジョルダーニ)1963~2019はイタリアのテノール歌手。

 

今年亡くなった歌手としては、世界的にはジェシー・ノーマン、日本人では佐藤しのぶの名前が挙がると思うのですが、

ヴェルディ~ヴェリズモオペラとフランスオペラの重めの役を歌うテノールの第一人者として、現代を代表するイタリア人テノールと言っても過言ではなかったマルチェロ ジョルダーニも、今年の10月5日に56歳という若さで亡くなりました。

 

記事を書くタイミングを逸している間に今年が終わってしまいそうなので、
2019年の内に、今回はジョルダーニの歌唱について振り返っておこうと思います。

 

歌を始めた当初はバリトンだったようですが、直ぐにテノールとして活躍しはじめ、
歌った役もバリトンから転向したとは思えないような、ハイC以上の高音を要求されるような役や、テッシトゥーラの高い役を歌いこなしていました。

 

 

1989年(26歳)

グノー ファウスト Salut, demeure chaste et pure

 

こちらの演奏は1989年のもの。
つまり、この演奏が26歳だと言うのですから驚きます。
この演奏だけ聴いたら、コレッリの後継者なんじゃないか?と思ってしまうような声をしていますね。

太くて明るく粘着質な声で楽々と抜けていく高音は、これぞイタリアのテノール!といった感じがします。
グノーのアリアを歌うことを考えればどこか大時代的ではあれ、その一方で黄金時代のような圧倒的な声の魅力を伝える歌唱の系譜とも言えるかもしれません。

この演奏を聴くだけでも、ジョルダーニが持っていた楽器がどれほど優れていたかがわかります。

 

 

 

1992年(29歳)

 

ドニゼッティ ランメルモールのルチア 二重唱 Sulla tomba che rinserra… Verranno a te sull’aure

ソプラノ Giusy Devinu

 

26歳の時の演奏ではバリトン上がりと聞けば、確かにそうかな?
と思わなくもない厚みがありましたが、この演奏では声が軽く薄い響きで、
比較的テッシトゥーラの高いエドガルド役を歌うには、ジョルダーニの持ち声は重いにも関わらず楽々歌いこなしています。
この人が何と言っても凄いのは絶対に喉が上がらないことだと思います。

どの音域も同じ深さの響きで歌うことができるので、23歳の時と比較して響きが薄くなったからと言って喉が上がっている訳ではなく、響きのポジションの焦点がより絞れていて、強い声でも決してズリ上げたり、テンポ感が間延びしたりせず、ディナーミクも自在に同質の響きの中でコントロールできている。
発声技術的にはもう言うことないレベルの演奏を26歳でしているのだと思います。

 

 

 

 

1995年(32歳)

ヴェルディ リゴレット(全曲)

 

驚くことに歳を重ねるごとに声が軽くなっています。
はっきり言って相手役のデヴィーアより声が柔らかい。
デヴィーアは技術は超一流なんですが、中低音の声は決して美しくなく、
音色という面でも色彩感に貧しいので個人的には歌を聴いていても面白くないのですが、
ジョルダーニはマントヴァ公爵をなんともセクシーに歌っています。
こういうのを聴けば、20代30代で軽い声にも関わらずヴェリズモ作品のアリアなんかをガンガン歌ってるテノールが如何に間違っているかが分かると思います。

もしジョルダーニが20代からヴェルディのアイーダやトロヴァトーレなんかを歌いまくっていたらこうはなっていなかったのではないでしょうか?
そういう役を歌える声と高音を持っていても、理性的に持っている声より軽い役を歌って声をより研磨していたことに、私はジョルダーニの賢さを感じます。

若くして成功していながらも自分の声に関して客観的に、長期的な視点で分析してレパートリーを選ぶ理性は中々持てるものではありません。

 

 

 

 

2003年(40歳)

イタリア歌曲によるリサイタル

 

0:00:00 Marcello Giordani – Scarlatti. L’honesta negli amori. Gia il sole dal gange
0:01:58 Marcello Giordani – d’Astorga. Morir vogl’io
0:06:23 Marcello Giordani – Bellini. Vaga luna che inargenti
0:10:06 Marcello Giordani – Bellini. Fenesta che lucive
0:13:57 Marcello Giordani – Donaudy. Vaghissima sembianza
0:17:02 Marcello Giordani – Donaudy. Amorosi miei giorni
0:21:46 Marcello Giordani – Donaudy. O bei nidi d’amore
0:24:50 Marcello Giordani – Muttetti di lu paliu
0:28:00 Marcello Giordani – Cantu a timuni
0:30:43 Marcello Giordani – d’Asdia. Ultima rosa
0:33:32 Marcello Giordani – Betta. Amuri mancatu
0:37:36 Marcello Giordani – Cali. E vui durmiti ancora
0:42:57 Marcello Giordani – Vancheri. Sicilia bedda
0:47:50 Marcello Giordani – Bellini. Malincolia, ninfa gentile
0:49:20 Marcello Giordani – Bellini. La Ricordanza
0:54:59 Marcello Giordani – Donaudy. O del mio amato be
0:58:51 Marcello Giordani – Mascagni. Serenata

 

40歳になると、個人的にはなじみ深いジョルダーニの声になったな~という感じがします。

若い頃と比較すると声がややハスキーになった感じはあるのですが、ドラマティックな役を歌うに相応しい、良い意味で血の気が多い暑苦しい声と言葉の扱い方は、なるほどシチリアの空気感をそっくり伝えてくれるようです。
それでいて、吠え散らかさずにコントロールできる声で歌えていることが良いですね。
こういうのは若い頃に無理に太く声を作ってもできない。歳を重ねると共に声が成熟してきてできるようになることだと思います。

この中で特に感銘を受けた演奏は、ドナウディのAmorosi miei giorniでしょうか。
ものによってはもう少しシンプルに歌って欲しいものもあるのですが、
この曲は終始穏やかな表現の中にイタリア語の持つ美しさと、テノールとして理想的なパッサージョからアクートに入っていく感じがよくわかります。

 

 

 

 

2008年(45歳)

ロッシーニ ウィリアム・テル  Asil hereditaire

 

徐々に声そのものは瑞々しさが失われだして、時々掠れ気味な声になることがあるのですが、
高音のノビはまだまだ健在です。

こういう状況を見ていると、テノールの声にとって最も負担が掛かるのは高音ではなく、
真ん中のD辺りの音である。と書いてあった著書の情報もまんざらでもない気がします。
中音域で声がざらついてしまうことは上手い歌手でも時々起こることで、特に重めの声の歌手でそのような傾向が強いように思います。

後、気になるのは口の開け方でしょうか。

 

ちょっと年代が戻りますが、2001年のカルメンのアリアを歌っている時と比較すると、
明らかに2008年は横に口が開いているんですよね。

 

 

ビゼー カルメン Le fleur que tu m’avais jetée

横に開いてしまうと、どうしても喉声っぽくなってしまうし、ディナーミクのコントロールも効かなくなります。
ドラマティックな表現を追求すると、どうしてもこのようにフォームが崩れてしまう歌手が多い。
リゴレットの時くらいの歌唱がジョルダーニにとってベストだったんですが、メトを中心とした大劇場で歌うことが常になると、どうしても劇的な表現、大きな声を求めてしまうものなのかもしれません。

 

 

 

 

2011年(48歳)

ヴェルディ アイーダ Celeste Aida

 

2008年の時から状態がかなり良くなっているように感じます。
やはり口のフォームも、高音で極端に横に開くことがなくなり、
響きが再び揃ってきました。
こういう修正ができるのは本当に素晴らしいことだと思います。
一度崩れたら立て直すことは容易ではないのですが、よくここまで立て直したなと思います。

少なくとも2009年はこうだったのです。

 

 

 

2009年(トゥーランドットでのハイC)

 

 

 

 

 

2016年(53歳)

プッチーニ マノン・レスコー(全曲)

 

2008年頃にフォームを崩したのが嘘のように復活していますね。
新国のウェルテルをキャンセルしたのがこの年だったと思うので、
このあたりを期に、怪我もあったようで舞台にはあまり立たなくなったように思うのですが、声には衰えがみられません。

 

 

 

 

2018年(55歳)

リサイタル映像の抜粋

 

無くなる前年、つまり昨年の演奏ですが、まだまだ55歳、当然バリバリ主役を張れる声を維持されています。
それどころか、2000~2009年頃の声よりも雑味がなくて美しい響きにすらなっているように聴こえます。

マスタークラスの映像が少し残されているのですが、
そこでは徹底して、支えと息の流れを注意していました。

 

 

 

Marcello Giordani Master Class

強く太い声を出しているように聴こえるかもしれませんが、
実際はとても細く薄く声帯を使って、息の流れを縦に通していることがこの映像からもわかります。
本当に素晴らしい発声技術を持って、これから後進の指導にも積極的にとりかかろうという時の不幸でした。
日本では全然話題になりませんでしたが、56歳という若さで亡くなるには本当に惜しいテノールでした。

マスタークラスで指導されている姿を見ていると、
温度の高い歌声とは違い、喋り声は大変穏やかで人柄の良さそうなところが出ています。
こういうのを今見ると、余計に切ない気持ちになりますね。
心よりご冥福をお祈り申し上げます

 

 

 

CD

 

 

 

 

 

 

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