リリックメゾのお手本のような歌唱 Francine Vis

Francine Vis(フランシーヌ ヴィス)は1983年オランダ生まれのメゾソプラノ歌手。

 

2017年オペラデビューをしてから、オランダ、デンマーク、スウェーデンと北欧を中心にバロック~現代作品まで幅広いレパートリーで活躍するメゾソプラノで、
声種もメゾソプラノとはなっていますが、間違えなくzwischenfach(メゾでもソプラノでもない声)です。

 

 

Wウォルトン I was a constant, faithful wife

 

ウィリアム ウォルトンは近代英国の作曲家で、この曲はジャズ的な性格を持った作品です。
一方同じコンクールの演奏では、デンマークの現代作曲家の作品も演奏していました。

 

 

 

 

Willem Jeths(ヴィレム イェツ) Quale Coniugium

 

 

重くない高音と、喋るように自然な低音、
何よりヴィスの素晴らしいところは唇の使い方でしょうか。
明瞭な発音でありながらも、響きの深さは失われず、必要最小限の動きと力によって子音が発音されているので、硬さや不自然さもない。
そして、ウォルトンのような曲はポップス的な歌い方になったりしそうなものですが、イェツの作品を歌う時と基本的にフォームは変わらず、表面的に大げさな表現、デフォルメしか声、あるいは無表情な声などで小手先の表現に走るのではなく、深い呼吸と感情の動きで声をコントロールしているのがわかります。

 

 

 

ヘンデル メサイア He was despised

 

メサイアのアルトアリアはかなり眠くなる演奏の比率が高い演奏が多く、
ちょっと上手い程度では、すぐ飽きてしまいます。
ですがヴィスの演奏は凄いの一言。
隅々まで計算されたフレージングと発音、これを聴くと過去の名歌手、ベイカーの歌唱がなんともつまらないものに聴こえてしまいます。

 

 

 

Janet Baker;

ベイカーの演奏はまずフレージングが感じられないので、過去のバロック音楽演奏に有り勝ちなノンレガート歌唱と言えるのではないかと思いますが、
どういうスタイルが正しいとか間違ってるかとかいう問題ではなく、実際に聴いてヴィスとベイカーのどっちの演奏の方が心地よいかという話だと思います。
声はベイカーも素晴らしいことは言うまでもないのですから。

 

 

 

 

 

 

モーツァルト フィガロの結婚 Voi che sapete

 

この演奏はあまり良くありません。
いつの演奏なのかわからないので、もしかしたら古い演奏なのかもしれませんが、
フォーム的にも横に開いてしまって発音も不明瞭な上に、歌っている間ほぼずっと眉間にシワが寄っています。
こういう映像を見ると、同じ歌手でもフォーム一つで全然歌唱が変わってしまうことがわかります。
それ程声は繊細なものなんですね。
年齢を重ねれば身体も変わりますから、同じように歌っていても、1年前と今は違う声になってしまうし、5年後、10年後はもっと変わっていくでしょう。
プロ野球選手なんかが、ちょうどこの時期になると投手も打者もフォーム改造をする人が沢山いいて、有名選手だとニュースになったりもしますが、声を出すことはスポーツなので、歌手も日々フォーム改造をしているのです。
勿論その結果失敗することもありますけど、長く歌い続けるには避けて通れない道なのではないかと思います。

 

 

 

ロッシーニ セビリャの理髪師 Una voce poco fa

 

 

非常に演奏される機会の多いアリアですが、これ程の演奏はそうそうお目に書かれません。
この演奏はお手本のようです。

まず響きが低音~高音まで全て同じように響き、しかも深さと明るさの双方が見事なバランスで融合されていて、にもかかわらずロッシーニの音楽に相応しい軽さがあります。
発音の面でも明瞭でありながら自然で硬さがなく、しっかりレガートで言葉が繋がっている。

超目すべきは、勿論口のフォームもそうなのですが、姿勢が本当に美しいですね。
直立不動で歌っているようで、肩や首に全く余計な力が入っておらず、ブレスの時にだけ脱力して吸気するので無駄がなく、当然吸気音なんてしません。

この姿勢を見ていれば、ヴィスの発声の根幹には安定した重心、つまりはお尻から頭のてっぺんまでの脊柱起立筋がしっかり使えていることがわかります。

 

 

脊柱起立筋

 

ここが安定していて、その上に頭が乗っかているイメージ。
と私は教わってきましたが、本当にその例え通りの姿勢でヴィスは歌えています。
下半身がしっかり安定しているので、首にも顔の表情にも力みがなく、無理やり口を開けなくても、舌や顎の重さで自然に空間が作れるために柔らかく深い響きにもなる。
更に発音の際の唇や舌の使い方も上手い。
本当に教科書のような歌唱じゃないかと私なんかは思うのですがいかがでしょうか。

 

 

 

ラヴェル スペインの時 Oh! La pitoyable aventure!

 

 

このアリアを歌う役はソプラノが歌うことになっているようですが、
実際にはメゾが歌っていることのようが多いように見えます。
面白い作品ですが、演奏機会はそこまで多くない作品なので、
参考までにスペインの時のあらすじはコチラになります。

 

 

【歌詞】

Oh! la pitoyable aventure!
Et faut-il que, de deux amants,
L’un manque de tempérament,
Et l’autre à ce point de nature!
Oh! la pitoyable aventure!
Et ces gens-là se disent Espagnols! …
Dans le pays de Doña Sol,
A deux pas de l’Estramadure! …
Le temps me dure, dure, dure …
Oh! la pitoyable aventure!
L’un ne veut mettre ses efforts
Qu’à composer, pour mes beaux yeux, des vers baroques,
Et l’autre, plus grotesque encor,
De l’horloge n’a pu sortir rien qu’à mi-corps,
Avec son ventre empêtré de breloques! …
(mélancolique)
Maintenant le jour va finir,
Et mon époux va revenir;
Et je reste fidèle et pure …
A deux pas de l’Estramadure,
Au pays du Guadalquivir! …
Le temps me dure, dure, dure!
Ah! pour ma colère passer,
Avoir quelque chose à casser,
A mettre en bouillie, en salade!

 

 

【日本語訳】

ああ!みじめなアバンチュール!
せっかく二人の恋人がいても
ひとりは情熱が足りないし
もうひとりは体が言うことを聞かないのよ!
ああ!みじめなアバンチュール!
なのにあいつら自分のことをスペイン男と呼ぶの! …
ドニャ・ソルの国で
エストゥラマドゥーラから数歩のところで! …
時間は過ぎて行く どんどん どんどん…
ああ!みじめなアバンチュール!
ひとりは一所懸命
ただあたしの美しい目のことを讃えるヘンテコな詩を作ってばかり
もうひとりの方はもっと醜悪よ
時計から体が半分しか出られない
自分の腹が引っ掛かって! …
(憂鬱そうに)
もう一日が終わろうとしている
そして 夫が帰ってくるわ
そして あたしは貞節で 清らかなまま…
エストゥラマドゥーラから数歩の
グアダルキビルの国で! …
時間は過ぎて行く どんどん どんどん!
ああ!あたしの怒りをぶつけるのに
何かぶっ壊せるものはないかしら
めちゃくちゃに 粉々にできるものは!

 

 

オペラの中であれば視覚的にも苛立ちを表現することは簡単なのでしょうが、
ヴィスは歌唱だけで見事に表現しています。

 

 

Natalia Kawalek

演技が付けばもっと演劇的な言葉の扱い方をして、多少声楽的な声から逸脱しても問題はないのですが、演奏会では中々そうはいきません。

 

 

 

 

Rシュトラウス バラの騎士 Wie du warst

 

そしてドイツ語を歌っても響きがしっかり前にあって、必要な子音も飛んでいる。
音の頭の入り方、語尾の処理の仕方といった部分でも集中力が常に維持されていて、中途半端な声を出す部分が全然ありません。
私もこの方の歌唱から、改めて良い姿勢で歌うことの大事さを学ばせて頂きました。

 

これほど完成度の高い歌手がいったいどれだけいるでしょうか?
今は限られた地域でしか歌っていないようですが、これだけの実力があるならば、いつブレイクしてもおかしくないのではないかと思います。
今後の活動から目が離せません!

 

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