強くて清潔感のあるソプラノNadine Koutcherはもっと評価されるべきではないのか!?

Nadine Koutcher(ナディーネ クチャー(クッチャー))は1983年、ベラルーシ生まれのソプラノ歌手。

2003年にミンスク州立音楽大学を卒業し、いくつかの声楽コンクールで1位を獲得した後、2007年にオペラデビュー、2009年にロシアの Mikhailovsky Theatre で椿姫のヴィオレッタを歌っています。
現在はルーマニアのブカレストで歌っているのですが、そこまで大きな役は歌っていないようです。
カルメンのフラスキータ役や、フィガロの結婚のバルバリーナ役など、まだ主役を歌わせてもらえないようなのですが、私にはそこらの主役歌ってる歌手よりよっぽど上手く聴こえるので、今回紹介させて頂きます。

 

 

 

リスト Oh! quand je dors

 

 

 

【歌詞】

Oh! quand je dors,viens auprès de ma couche,
comme à Pétrarque apparaissait Laura,
Et qu’en passant ton haleine me touche…
Soudain ma bouche
S’entrouvrira!

Sur mon front morne où peutêtre s’achève
Un songe noir qui trop longtemps dura,
Que ton regard comme un astre se lève…
Soudain mon rêve
Rayonnera!

Puis sur ma lèvre où voltige une flamme,
Éclair d’amour que Dieu même épura,
Pose un baiser,et d’ange deviens femme…
Soudain mon âme
S’éveillera!

 

 

【日本語訳】

おお!私が眠りにつくときには、来ておくれ 私のベッドに
ちょうどペトラルカのもとに現れたラウラのように
そして通りすぎるときには その吐息で私にそっと触れておくれ
すぐにわたしの口に
それは入っていくのだ!

私の憂鬱そうな顔の上、それはたぶん
ずっと続いている暗い夢のせいなのだけれど
そこに星が昇るようなあなたの眼差しが射すならば
すぐに私の夢は
輝きだすのだ!

それから炎と燃え立つ私のくちびるに
神様が清めて下さっている愛のきらめきに
くちづけを与えてくれて、天使よりひとりの女性へと変わるならば
すぐに私の魂は
目覚めるのだ!

 

あまり演奏される機会はありませんが、リストもロマンティックなフランス語の歌曲を書いていて、
このクッチャーの演奏は曲の魅力をよく伝えてくれる優れた演奏ではないかと思います。
これが2012年の演奏なので29歳でしょうか。
細いながらも透明感があって、歌い回しに清潔感がある。
フランス物を歌うと声が重めになってしまう歌手もいる中で、低音でもそこまで響きが乱れず上手く処理していて、得意な高音では真っすぐで明るく、それでいて通りの良いピアニッシモを聴かせています。
個人的には、技術的にも表現的にもとても好感の持てる素晴らしい演奏だと思います。

 

 

 

 

ラフマニノフ Vocalise

 

ヴォカリーズですから全部”a”です。
この曲ほど純粋に発声的な癖が如実に現れる曲もそうはないのではないかと思います。

例えば、3:10~3:30では、弱い表現でも、多少声量を出しても低音へ下行する音型ではどうしても響きの質が変わってしまって、持っている美しさが半減してしまいます。
とは言え、全体的に安定感のある歌唱をされていると思います。

 

 

 

Dame Kiri Te Kanawa

名ソプラノのテ・カナワと比較しても、声の真っすぐさ、純粋さではクッチャーの方が上かもしれません。
面白いのは母音の質で、本来はどんな音域でも”a”母音の質が変わらないことが好ましいのですが、
ヴォカリーズのような場合、”o”母音に近い暗めの”a”や、明るい”a”といった色合いを出したり、
強弱とは違って薄い響きにしたり、太くしたりすることで表情がつけられる。
テ・カナワの声は鼻気味になったり、揺れたりすることがありますが、音色の使い分けが実に豊です。
こういう部分がクッチャーにはまだまだ足りないと言えるでしょう。

 

 

 

 

 

モーツァルト コンサートアリア Mia speranza adorata…Ah, non sai qual pena

 

こちらは2019年12月の演奏です。

軽い声のままで強さが加わって、実にドラマティックな歌唱ができるようになっています。
真っすぐで強靭な声には好き嫌いが分かれるかもしれませんし、モーツァルト歌唱としてはフレージングやテンポ感が独特だったり、コロラトゥーラがドラマティック過ぎる部分はあると思います。
これなら、イドメネオのエレットラのアリアなんて似合いそうですね。

 

 

 

 

ドニゼッティ ランメルモールのルチア Spargi d’amaro pianto

こちらも2019年の12月の演奏なのですが、
モーツァルトの時の演奏に比べて響きに高さがなく、奥まった発音でピントがぼけて聴こえます。
演奏はモーツァルトの方が2019年12月9日
ドニゼッティが2019年12月18日
わずか9日しか違わないにも関わらず声が全然違う気がしてなりません。

勿論録音状況が違うと声の乗りかたは全然異なると思いますが、
それにしても、単純に音ではなく響きのポジションが違い過ぎます。

この違いの原因として考えられるのは、
当然歌手の体調面は一番大きなところかもしれませんが、曲のテッシトゥーラも大きいと考えられます。

ルチアは超絶技巧が目立つ一方、技巧を駆使しない部分は中低音が多く、
クッチャーの場合はその辺りの音色のまま高音まで出せてしまっているのが、逆に本来持っている高音の良い響きに到達できていない要因のような気がします。

後は単純に口が横に開き過ぎてしまっている。
2012年のリストを歌っている時と比較すると、明らかに口のフォームがブレているので、劇的な表現をしようとするとこうなってしまうのか、良い歌手でもちょっとしたことでフォームが崩れてしまうことがわかる良い例ではありますね。

 

年齢的には、コロラトゥーラを得意とする歌手と考えれば全盛期に当たると思いますが、
意外とドラマティックな高音が出せる歌手として、そのうちトゥーランドットのようなテッシトゥーラが高くてドラマティックな声が求められる役を歌うことになる可能性はゼロではないかなと思っております。

とは言え、リストの歌曲なんかを聴く限り、コンサート歌手としての活動の方がむしろオペラより合っているようにも聞こえますので、オペラと宗教曲や歌曲のどちらを中心のレパートリーに据えるかで今後の声も大きく変わってくるかもしれませんね。

 

 

 

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