米国にもいた!正統派リリックテノールMatthew Newlin

Matthew Newlin(マシュー ニューリン)は米国のテノール歌手。

2013年からベルリンドイツオペラのメンバーとなり、現在まで同歌劇場でモーツァルト作品を中心に、イタリア、フランス、ドイツ、ロシア物を端正に歌える、正統派リリックテノールと形容するに相応しい歌唱技術と音楽性を備えた希少な歌手ではないかと思います。

 

 

 

ドニゼッティ 連隊の娘 Ah mes amis

こちらが2013年の演奏
ベルリンではなく、Marcello Giordani Foundation Vocal Competitionでの演奏ということ。

確かに声そのものに圧倒的な魅了がある訳ではありませんが、とにかく悪い癖がないのが素晴らしいですね。
悪く言えば個性がない演奏とも言えなくもないですが、具体的にどこが悪いということを指摘する材料がない歌唱と言えば良いのでしょうか。
レパートリー的に合っているかは別として、後は歳を重ねて身体ができてくれば、
自然に声にも深みが出てくるのではないかと思います。

フランス物を歌うと、鼻声になり易かったり、奥に籠ったようになったり、
あるいは連隊みたいなアリアを歌うと、高音だけに命を掛ける通称テノールバカが勢いだけで歌ったりということが多い訳ですが、ニューリンは決してそんなこともありません。

 

 

 

 

ベルリオーズ トロイアの人々  O blonde Cérès

米国人テノールでこれ程癖のない歌手は聴いたことがないかもしれません。

勿論現在でもMichael Spyresのような超人的なテノールはいますが、
超絶技巧や超高音で勝負しなくても、
どんな音域、フレーズでも聴かせられる歌唱ができて、
歌を勉強している人にとっては模範的に映るのがニューリンの歌唱なのではないか?というのが私の意見です。

この演奏は、冒頭で紹介した演奏からほぼ1年しか経過していないのですが、
よりブレスコントロールが安定し、全く無理に強い声を出そうとしなくても、自然な響きで歌えているのがわかります。

 

 

 

 

モーツァルト 後宮からの誘拐 Ich baue ganz auf deine Stärke

同じ演奏会からドイツ物ですが、こちらになると少し気になることがあります。
ドイツのテノールで、特にモーツァルト物で優れた演奏をする似たような声のタイプであるトローストの演奏と比較してみましょう。

 

 

 

Rainer Trost

この二人を比較してどんな印象を持つでしょうか。
ニューリンの方が声が柔らかいけど発音が不明瞭。
トローストは発音がしっかり飛んでいるけど声が固めに聴こえる。

そんな感じではないでしょうか。
では、なぜニューリンの発音がトローストに比べて飛ばないのか?
そこを見ていくと、上唇の使い方の問題である可能性が高いことに気付きます。

ニューリンはほぼ常に脱力していて、”v”や”W”でもあまり唇を使わないのですが、
トローストはこれらの子音を上手く使って、よりドイツ語が栄えるポイントで歌うことが出来ています。
その一方で、技巧を聴かせるアジリタの部分でを、子音で使う息の量、スピード感歌うとトローストのように硬さがでてしまって、勢いで歌っているように聴こえてしまいます。
逆にニューリンはとても柔らかく、最後まで余裕がある。

モーツァルトのアリアなどで、最後のコーダ(同じ歌詞で技巧的なパッセージがついて華やかに終わる)ようなところを、最初と同じような感覚で言葉を飛ばすと、くどく聴こえてしまうことがあって、常に明瞭が発音が必ずしも良い訳ではないというのが難しいところですね。

 

 

 

 

グノー ロミオとジュリエット Ah! lève-toi, soleil

兎に角最高音の”B”が素晴らしいですね。
明るさも強さもあって、それでいて柔軟性もある。
これだけ自然にこのアリアの最高音を決められる歌手は中々いません。

ただ、”u”母音がちょっと詰り気味なのと、言葉に対して音色が伴っていないと言えば良いのか、どこを切っても同じ声やフレージング、子音のスピード感なので、上手いけど面白くない歌唱になってしまっている感は否めません。

 

 

 

 

モーツァルト 魔笛 Dies Bildnis ist bezaubernd schön

上で紹介した後宮からの誘拐のアリアと比較すると、発音の明瞭さが格段に改善されています。
声に力がありながらも重々しくならず、モーツァルトの音楽の中でドラマを表現できる声ができてきている印象を受けます。
ただ発音が明瞭になった分、もう一歩頑張って欲しいのが語尾の”n”の扱い方。
ここを丁寧に扱えるかどうかで歌唱全体のイメージもかわってくるので、”n”に限らず、語尾の扱い方に神経が行き届くと本当に良い歌手になるのではないかと思います。

とは言え、これだけ高音の響きが癖もなく安定している米国人のテノールは中々いません。
最近でパッと思い浮かぶのは、全盛期のRobert Dean Smithくらいでしょうか・・・。

 

 

 

2006年のRobert Dean Smith

 

そう考える、ニューリンもいずれヘルデンテノールの歌う役柄を歌うようになる可能性は十分に考えられますが、まだしばらくは堅実にモーツァルトを歌えるテノールとして活躍して欲しいというのが個人的な希望です。

 

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