ハンガリーの正統派リリックソプラノRéka Kristóf

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Réka Kristóf(レカ クリストフ)はハンバリーのソプラノ歌手。

スロバキア生まれのようですが、ハンガリー人で、声楽を学んだのはブレーメンという経歴で、現在活動の中心もドイツのようです。
特にトリーア歌劇場で頻繁に歌っているようなのですが・・・トリーアってどこ?

ということで調べたところ、フランスと接していて、モーゼルワインの産地、住民は日常的にフランス語も話すのだとか・・・知らなくてごめんなさい。

この人、タイトルにも書いた通り、正統派という言葉がこれ程相応しいドイツ物を歌うリリックソプラノの声を持った歌手は現代にもそうはいないと思います。

真っすぐで清らかな響きといい、表現の繊細さといい、
声の面でも芯がしっかりしていて強さがありながらも、どの音域を歌っても全く太くならない安定した技術があります。
トリーアを悪く言うわけではありませんが、確実にもっと有名な劇場でもプリマを張れる実力者です。

 

 

Rシュトラウス Frühlingsfeier

 

演奏が始まるのは1:38~です。

これぞドイツ物を歌うに相応しいリリックソプラノの声!

といった透明感と力強さを兼ね備えた真っすぐな声ですね。
具体的に何が凄いかと言えば、どの音域でも響きの質が変わらないところ。

真っすぐ歌うというのが、単純にヴィブラートが掛かってないという意味だけでなく、
音程の面でも、全く段差ができず、大きな跳躍でも同じ音程を歌っているかのように滑らかなので、ディナーミクも取って付けたようにはならずに自然なフレージングの中でこなせています。

 

 

 

 

モーツァルト ドン・ジョヴァンニ Mi tradì quell’alma ingrata

 

シュトラウスの演奏では気になりませんでしたが、イタリア語では好き嫌いが分かれる声かもしれません。

と言うのは、イタリア語の作品を歌うと真っすぐな声が硬さと認識されてしまうところがあって、その要因は、やはり横に口が開いてしまって、前歯を見せて歌っている時に奥の空間が狭くなる訳です。
ちょっと古い歌手ですが、ラシェル・ヤカールというフランス人歌手の演奏と比較すると、
口の開け方と響きのポイントの関係がよくわかるのではないかと思います。

 

 

 

Rachel Yakar

ヤカールは1970年代にバイロイトにも出ていたような歌手。
声質がクリストフと似ている上に、口のフォームには大きな違いがあるため比較の対象としてはうってつけだと思ったので、古い歌手ですがこの人を選びました。

ヤカールよりクリストフの方が高音の抜け方、声の輝きは上だと思いますし、ヤカールの声にはチリメンヴィブラート気味な癖がありますので、個人的にはクリストフの声の方が好きですが、このアリアの歌唱全体で見ると、技巧的なフレーズの柔軟性や、レチタティーヴォでの緩急はヤカールの方が上手いと思います。

特にクリストフのレチタティーヴォは、前に響きを集め過ぎていると言えば良いのか、
やや喉が上がり気味で、アリアならまだしも、レチタティーヴォを歌い過ぎる傾向にあることが、頬や喉が上下する動きを見て頂ければわかると思います。

一方でヤカールは、演技にあった息のスピード感、呼吸のタイミングと響きの深さが連動しているので、怒りとも動揺ともつかない微妙なエルヴィーラの心の動きを上手く表現できていて、それは下顎が上手く脱力できていればこそだと私は考えています。

 

 

 

 

Rシュトラウス Cäcilie

本当にこの人のRシュトラウスの演奏は素晴らしい。
まずシュトラウスの華やかな伴奏に負けない声の強さと、透明感のある声が合っていて、
上が2017年の演奏で、こちらが2018年なのですが、1年でまた響きに奥行も出てきた感じがします。

こういう曲は、どうしても勢いであっても高音を聴かせた者が有利みたいな演奏が多いですが、
クリストフは終始丁寧に乱れの無いフォームで歌い通して、最後に出てくる最高音(H)も綺麗な”i”母音のままで到達している上に、まったく喉に引っかかることがない。
これは本当に素晴らしいことです。

この曲を歌うと、殆どの歌手は最高音のHのために、空間を広く開けるので、”i”母音が崩れてしまいます。

 

 

 

Anna Netrebko

1:55~2:05を聴いて頂ければわかるとおり、
途中から完全に奥めに入って”e”母音になってます。
これがドイツ語を綺麗に歌う上では減点となる要素で、”i”母音が引っ込むというのはそれだけでドイツ語らしく聴こえなくなってしまう要因になります。

最後以外にも、ネトレプコの演奏は全体をとして、クリストフと比較するとドイツリートの歌唱としては違和感を感じる方がいるかもしれませんが、それは発音のポイントが大きな要因の一つであることは間違えありません。

 

 

 

 

Liederabend

Programm:
Antonín Dvořák: Biblické písně (Biblische Lieder) Op. 99
No. 3 Slýš, ó Bože! modlitbu mou (Gott, o höre, hör´ auf mein Gebet)

Antonín Dvořák: Biblické písně (Biblische Lieder) Op. 99
No. 4 Hospodin jest můj pastýř (Gott der Herr ist Hirte mir)

Antonín Dvořák: Biblické písně (Biblische Lieder) Op. 99
No. 6 Slyš, ó Bože, volání mé (Gott, erhör´ mit Langmut mein Flehn)

Antonín Dvořák: Biblické písně (Biblische Lieder) Op. 99
No. 2 Skrýše má a pavéza má Ty jsi (Zuflucht Du, Du bist mir ein Schirm und Schild)

Richard Strauß: Fünf kleine Lieder
Schlechtes Wetter Op. 69 No. 5
Text: H. Heine

Mikuláš Schneider-Trnavský: Zo srdca (Vom Herzen)
V našom dvore na javore… (In unserem Hof auf dem Ahorn…)
Text: Ferko Urbánek

Zoltán Kodály: A csitári hegyek alatt (Unter den Bergen von Csitár)
Ungarisches Volkslied

Richard Strauß: Die Brentano-Lieder
Als mir dein Lied erklang Op. 68 No. 4
Text: Clemens Brentano

Richard Strauß: Die Brentano-Lieder
Ich wollt´ ein Sträußlein binden Op. 68 No. 2
Text: Clemens Brentano

Béla Bartók: Liebeslieder
Piros rózsát szedtem én (Diese Rose pflück ich hier)
Text: Nikolaus Lenau

 

チェコ語やマジャール語(ハンガリー語)はやったことがないので、
ドヴォルザークやバルトークのコダーイの作品は全然わからないのですが、
クリストフの演奏が素晴らしいことは確かです。
こんな素晴らしい歌手が大劇場に全然出ていないというのが不思議です。
それこそワーグナーやシュトラウスオペラで引っ張りだこになっても不思議ではない声と技術を

持っている歌手だと思うのですが・・・、新国でも東京の春音楽祭でも良いから、全盛期を過ぎた大御所を呼ぶくらいならこういう歌手を探してきてほしいものである。

 

 

 

CD

 

 

 

 

 

 

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