山口安紀子は世界的に通用する日本人ソプラノと言えるのか!?

山口安紀子(やまぐち あきこ)のプロフィールは中々立派である。

以下、本人プロフィール転載

1976年(昭和51年)7月3日 兵庫県出身神戸女学院大学人間科学部卒業。
イタリア国立G.ヴェルディ音楽院(ミラノ)声楽科卒業、また同大学院を首席で修了。

イタリアにおいて第9回A.コルツァーニ国際声楽コンクール第2位及び聴衆賞、第16回エルコラーノ国際声楽コンクール第2位、第14回G.シミオナート国際声楽コンクール第3位など、国際コンクールに立て続けに入賞、スペインにおいても第9回J.アラガル国際声楽コンクール第3位に入賞。第49回日伊声楽コンコルソ2013で第1位及び歌曲賞を受賞した。スイス・ロカルノ劇場にて、モーツァルト「フィガロの結婚」伯爵夫人役でオペラ・デビューしたのを皮切りに、イタリア・フォルリ市立歌劇場にて「蝶々夫人」タイトルロール、スペイン・アマイア劇場にて「イル・トロヴァトーレ」レオノーラ、その他「トスカ」タイトルロール、「カヴァレリア ルスティカーナ」サントゥッツァ、「トゥーランドット」リューなどのオペラの主要な役で出演。またスペイン・カタルーニャ音楽堂やイタリア・マントバ市立歌劇場、チェゼーナ市立歌劇場、ドイツ・ズール市コングレスセンターにおけるコンサートなどにも出演するなど、ヨーロッパ各地にその活躍の場を広げている。

日本におけるオペラ・デビューを藤原歌劇団80周年記念公演「蝶々夫人」のタイトルロールで飾り、好評を博した。現在ドイツ在住。藤原歌劇団団員。

 

藤原ということは、
今後、砂川涼子氏と入れ替わって藤原関連のオペラで主役を歌いまくるのではないか?
と思ったりしている訳ですが、
ヴェルディ音楽院の大学院を主席卒業で、ヨーロッパ各地で歌ってるんだから十分世界で通用してますよね。

と考えるのは自然なことなのですが、
歌ってる役を見ると、蝶々さんにトスカにサントゥッツァに・・・って、
世界でそんな役を歌って渡り合える歌手がいるのかよ!と驚く訳です。

そして実際の歌唱を聴いてみると以下のような感じでした。

 

 

 

プッチーニ トスカ  Vissi d’arte, vissi d’amore

いかがでしょうか?

申し訳ないのですが、私は最初歌唱を聴いた時に海外で活躍している実績があるとは思えませんでした。
と言うのも、声が良いかどうかとか、曲が合ってるかどうかではなく、典型的な日本人声だったためです。

まず、絶対条件として、

声を聴いた時に
「日本人が歌ってるな」
とわかる声はダメです。

山口氏の声は、最初の一声の「vi」から既に鼻に入った典型的な日本人声なんですね。

鼻に入ってしまうと言うことは、喉声にもなってしまう訳でして、
特に”e”母音と”i”母音は顕著です。

こうなってしまうと当然ディナーミクもつけられないので、
最初から最後までメゾフォルテ~フォルテの音量みたいな歌唱をされていて、
最初に歌を聴いてからプロフィールを見たので逆に驚いてしまいました。ごめんなさい。
という感じでした。

これが2020年の演奏だったので、
もしや、イタリアにいた時はもっと上手かった?
と思い少し古い演奏を聴いてみると・・・

 

 

 

ヴェルディ トロヴァトーレ Tacea la notte placida

あっ!
やはり声が違う。

2020年の演奏では、前では響いているものの完全に喉を押した声になってしまっていたのですが、
この2013年の演奏では、響きが奥めで鼻に入り気味ではあるものの、
硬さと言えば良いのか、尖ったような明らかに喉に負荷のかかっている感じはなく、
五線の上の方~A辺りまでの声なんかは、それこそフレミングなんかより全然良いです。

 

 

 

Renee Fleming

流石に中低音の響きや、ディナーミクなどの部分では分が悪いとは言え、
声だけなら全然山口氏の方が魅力的に感じます。
この演奏だったら確かにイタリアでも通用しているのは理解できます。

 

 

 

 

 

Rシュトラウス Zueignung

ドイツ物を歌うと山口氏の歌唱に足りないものがよく見えてきます。
一つ一つの声だけ取り出せば立派なんですけど、なぜこうなった?
と思う位レガートで歌えていません。
レガートで歌えていないということは、つまり言葉が繋がってこないということで、
根本的には声で歌ってしまっていて、フレージングが全然ない。

それはトロヴァトーレのアリアのカバレッタのように、快活に技巧的なパッセージをこなしている分には目立ちませんが、Rシュトラウスの歌曲では厳しい。

 

 

 

Edith Mathis

1991年の演奏なので、マティスが53歳位の時の演奏です。
山口氏の声はマティスと比べても劣っているとは言えないくらい素晴らしいものだと思います。
しかし演奏の質は決定的に違う。

短い曲なので全体を比較するのも大変ではないのですが、
あえて一つのフレーズを取り上げるならば

山口氏 0:55~1:05
マティス 0:42~0:51

「und du segnetest den Trank,habe Dank.」

という歌詞の部分ですが、
山口氏の歌唱は
「segnetest」の”test”で完全に響きが落ちて、その後は更に落ちていく訳ですね。
要するに、高音では良いポジションで鳴っている響きも、中低音では落ちてしまう。

一方のマティスは「Trank」とか「Dank」という言葉で少し鼻に入ってしまう以外は響きの質がかわりません。

さて、この違いはどこから来るのかと言えば、
確実に言えることは、山口氏の息が太過ぎること!

スピードを落とさないといけないようなカーブもアクセル全開で走っているような歌い方をするので、
そりゃ正しい声の通り道をはみ出してしまいます。

対照的に、マティスの歌唱は低音にいくに従って物凄く軽く歌っているのがわかると思うのですが、
そうすると逆に中低音がちゃんと鳴るんですね。
中低音は絶対太くしてはダメです。

勿論表現としてドスの効いた声を使うということはあるかもしれませんが、
そういう歌い方がデフォルトになってはいけません。

 

 

 

 

ミニコンサート

1.アヴェ・マリアマッツォーニ 作詞/マスカーニ 作曲
2.歌劇「ジャンニ・スキッキ」より私のお父さんプッチーニ 作曲
3.霧と話した 鎌田忠良 作詞/中田喜直 作曲
4.朝の歌(マッティナータ)レオンカヴァッロ 作詞・作曲
5.歌劇「セルセ」より なつかしい木陰(オンブラ・マイ・フ)ヘンデル 作曲

 

 

5:40~「霧と話した」なのですが、これはちょっといただけないですね。

山口氏・・・日本語なんだけど歌詞の意味がわかって歌ってるとは思えないほど表情がない。
良い声の受験生が歌ってるような感情の無さはなんと表現すれば良いのでしょうか。
こういう演奏は表現者としてやってはいけないと思う訳で、これならアマチュアで歌をやってる人の方がよっぽど魅力的に歌える方が沢山いる。
この演奏を聴いてしまうと、演奏の中にディナーミクが全くないのも頷けてしまうのでした。

 

 

黒澤 明子

CD録音とライヴ録音という違いがあるので、
言葉の入り方を単純に比較することはできませんが、
黒澤氏は日本歌曲を得意としてるだけあって、やっぱり歌は声の良さだけじゃないでしょ!
ということが、この演奏の比較でよくわかるのではないかと思います。

 

 

 

 

 

どんな風に言葉を出すか、子音の処理をどうするか。
どこでブレスするのか、あるいはブレスはせずに言葉を切る、あるいは間を取るか。
そういったことを熟考して演奏してこそ、その演奏家の解釈に共感したり、あるいはその逆もありますが、何も感じない演奏は最悪です。

山口安紀子氏
時々聴かれる豊な声には特筆すべきものがあるのは確かなので、ホントがんばれ!

 

 

 

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