ハンガリー国立歌劇場のアンドレア・シェニエ ハンガリー人歌手のレベルの高さに驚く!

2021/7/2にアップされたばかりのハンガリー国立歌劇場で行われた
ジョルダーノ作曲、アンドレア・シェニエを紹介します。

 

このオペラ、個人的には好きなのですが、演奏頻度がプッチーニの有名作品より全然少ないというのもありますが、シェニエもマッダレーナも上手く歌える歌手があまりいません。
要因としては音楽に身を任せて歌うとフォームが崩れ、最後の重唱が雄たけび合戦になってしまう。
逆に端正に歌い過ぎてもドラマが伝わらずに面白くないという演奏になってしまうので、間違えなく難役と言えるでしょう。

 

 

 

ANDREA CHÉNIER Giordano – Hungarian State Opera

 

<キャスト>

Andrea Chénier, a poet: Boldizsár László
Maddalena de Coigny: Eszter Sümegi
Carlo Gérard: Michele Kalmandy
The Countess of Coigny / Old Madelon: Bernadett Wiedemann
Bersi, her maid: Ildikó Megyimórecz
Pierre Fléville / Roucher / Fouquier-Tinville: Lajos Geiger
Mathieu, a sans-culotte: Máté Fülep
The Abbé / The Incredible, a spy: János Szerekován
Master of the Household / Dumas / Schmidt: András Hábetler
Chorus: Hungarian State Opera Chorus
Orchestra: Hungarian State Opera Orchestra

 

シェニエを歌っているテノール、Boldizsár László(ボルディサール ラースロー)と読むのでしょうか?
1969年ハンガリー生まれのテノールのようで、
この役を歌うのに十分な重量感がありながら、あまり不自然さのない声なのは素晴らしいですね。
繊細なフレージングとか、ディナーミクのような技術で魅了するような上手さはあまり感じませんが、無骨でとにかく強靭、高音も苦にしない声は有名所で言えばアントネンコみたいですね。

 

 

Aleksandrs Antonenko

 

とは言っても、ラースローの声は正直ドミンゴより凄いのではないかと思えてしまう。

 

 

 

Placido Domingo.

 

ハンガリーの歌手はそこまで知りませんが、やはり国内にはこういうレベルの歌手が普通にいるんですね。
とは言え、10年前(2011年)の演奏では、フォルテは力任せ、ピアノはただ抜いた声で、響きもこのシェニエと比較すると全くと言って良いほど乗っていないことに驚きました。
以下が10年前の演奏のカルメンのアリア

 

 

 

 

40代~50代でもこれほど進化できるものなのか!?
と思うと、日本国内で売れてる30代、40代の歌手達も、磨き方次第ではまだまだ上達できるってことですから、やはり何歳になっても声の探求は続けていかなければいけませんね。

 

 

マッダレーナを歌ったEszter Sümegi(エステル シュメギ)は、プッチーニやヴェルディのドラマティックな役を頻繁に歌っているようですがワーグナー作品も歌っていて、
私の感覚としては、押す感じのある声ながらもクリアな響きで、旋律を丁寧に歌い上げる姿勢はドイツ物の方が合っているように感じます。

 

 

 

ワーグナー ローエングリン Einsam in trüben Tagen

ただ、エルザを歌っていたのは14年以上も前ということもあってか、今回のマッダレーナの方が明らかに高音がノビています。
この方、インタビューなどの映像が沢山あって地声も聞いてみたのですが、予想通りと言うべきか、ドラマティックな役を歌うソプラノとしてはかなり軽いくて、少々上半身だけ、いわゆる喉が上がり気味な感じに聞こえました。

ドラマティックソプラノという言い方は結構曖昧な区分けで、
例えばメゾソプラノも歌えるような太くて暗めの響きのソプラノもいれば、
テッシトゥーラはかなり高くても、鋭く強靭な高音を得意とするタイプもあり、
役としてはトゥーランドットなんかが典型だと思います。
あまり中低音をガンガン鳴らす必要はなく、逆に高い音域が楽に出せる上に強靭な声が求められる。
一方でブリュンヒルデなんかは充実した中低音が求められる上に、突き抜けるような高音も随所で必要とされるので、声種と声質は全く別物と考えた方が良いとさへ言えるかもしれません。

 

シュメギの場合、声は決して太くはありませんし、中低音でもあまり胸の響きがないのですが、
高音は本当に立派ですね。
パッサッジョ付近で、特に”a”母音になると、鼻に入り気味になってキツそうな声になることもありますが、更に上にいくと大変立派で、声だけならフィナーレの重唱はテバルディより凄いかも。

 

 

 

 

コレッリとテバルディの演奏はこのオペラの最高潮と言う人もいるのですが、
個人的にテバルディってそこまで好きになれなくて、この演奏を聴いても、明らかにユニゾンで歌ってる時にコレッリとテバルディで完全音程になってないんですよね。

そういう意味でもテバルディよりシュメギの方が無駄なヴィブラートはあったとしても高音の質は良いんじゃないか?なんて思ったりする訳ですが、
すごく残念なのは、指揮者のせいなのか、彼等の音楽性なのか、とにかく味気ない。

休符の感じ方と言えば良いのか、もっと「間」の使い方をなんとかして欲しかった。
やっぱりヴェリズモオペラは楽譜通りに声を出すだけでは面白くない。
だからといって、モナコみたく感情に任せて歌い崩して良いという訳でもないとは思いますが、理性を残しつつもネジが1、2本ぶっ飛んだ演奏が聴きたいというのは我がままでしょうか?

 

ジェラールを歌ったMichele Kalmandyは好きなバリトンだったんですが、この演奏ではやや作った感じが先行した声になってしまったなぁ。という印象を受けました。

2007年のカルマンディの声が以下になります。

 

 

 

とは言え、1959年生まれということを考えると、60歳を過ぎてこれだけ歌えていると考えれば全然立派と言えるかもしれません。
このトロヴァトーレの演奏に比べれば声が重くなってしまって、響きより音圧の強さに頼った感じになってしまってはいますが、声の立派さは相変わらずで、
軽めのバリトンも比較的このオペラのアリアは好んで歌われまする中、やはりバスに近い重量感のある声でこそ、この役柄は歌われるべきなんだなと再認識させてくれる演奏でした。

 

 

ハンガリーは現在かなり保守的な国になっていると言われますが、
これだけ実力ある歌手が国内で育って活躍できる土壌があるのだから立派と言わざるを得ません。

東欧の劇場は、大して上手くなくてもお金払って(あるいは激安のギャラで)出演させて貰えるようなところもあって、そこまでレベルが高い印象はなかったのですが、流石に国立の劇場ともなれば違いますね!
私も中途半端な知識で多少偏見のようなものがあったことは否めないので、今後は東欧の劇場ももう少し注目していこうと思います。

 

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