【評論】 ヘンデル声楽コンクール2021ファイナル

この時期のクラシックのコンクールと言えば、
ショパンコンクール一色と言っても良いような状態で、

日本人も多く毎年出場していることもあってなのか、関連動画の再生回数もクラシック関連の動画としては信じられないような数字を出しているのですが、

勿論声楽関連のトピックスを紹介するこのサイトで、注目するのはその裏で行わていたヘンデル国際声楽コンクールであります。

2021年10月20日にファイナルが行われ、動画も配信されているので、
ここでは、ファイナリスト4人の歌唱を簡潔にですが解説していこうと思います。

まぁ、ショパンコンクールは世界的にも有名というだけでなく、やはり日本人を含めたアジア人の活躍が目覚ましいので、注目度も高いのでしょうが、ヘンデルは作曲家としてはそれなりに有名でも、ヘンデル声楽コンクールなんて存在すら知らない人が大多数ではないかと思います。

この辺りからも、ピアノに比べれば如何に声楽に対する関心が日本で低いのかということを思い知らせれます。

参考まで、ヘンデル国際声楽コンクールのHPはコチラ

 

London Handel Singing Competition 2021Final

 

 

 

1人目: Kieran Rayner(バリトン)

アングロサクソン系のバリトンに有り勝ちな、
奥でこねたような癖のある歌唱で、不自然に芯を作った声なので、高音では叫ぶようになり、
低音では作ったようになってしまっています。
これではレガートでは歌えません。

 

 

 

 

 

2人目:Bethany Horak Hallett(メゾソプラノ)

私はソプラノかと思ったのですが、メゾなんですね。
高音は繊細で柔らかい響きで歌えるのですが、
低音が太くなってしまい、ピアノで歌っても響きが乗りきっていない感じがします。
歌っている姿を見ても、ブレスの度に喉が上下に動くので、喉が上がった状態で歌っているように見受けられるのも気になるところですね。

 

 

 

 

 

 

3人目:Hilary Cronin(ソプラノ)

個人的にこういう声が苦手というのはあるんですが、
奥で声を作る感じと、喉を押して声を張って、引いてピアノの表現をするというスタイルがとても不自然に聴こえてしまう。

技術はあるのかもしれませんが、低音は押してて、特に”e”母音と”a”母音はかなり酷い。
何となく雰囲気を作り出すツボを押さえた歌い方ができているので、決して歌が下手な訳ではなく、むしろ歌は上手いと言えるのかもしれませんが・・・、基礎的な部分。

母音の響きの質が統一できてなかったり、レガートの質がよくなかったり・・・
その影響で、発音も聴こえるところと、全く何の母音かすら判別できないような部分が音域によって出てしまっています。

こういう歌唱は、同じ歌詞を繰り返すヘンデルの曲であれば、まだ美しく聴こえなくもないのですが、以下のシューベルトの演奏では、響きが乗る高音とそうでない低音。言葉が聞き取れる中低音と、聞き取れない高音という声の問題が露見しています。

 

 

 

 

4人目:Felix Kemp(バリトン)

ここの出演者で一番上手いなと思ったのがこの方。
柔らかく暖かい音色のバリトンで、声に芯がある訳ではないのですが、
他の歌手が押した声を出しているので、自然な声の歌手が出てくるとそれだけで安心します。

高めの音域では喉が上がり気味になって、平べったい響きになってしまうところがあるのは課題かもしれません。
なので、以下のようにイタリアオペラを歌うとかなり物足りなさを感じてしまう声ではあります。

 

 

声としては物足りなさはありますが、
特に発音的に変なクセがあったり、音域によって声の質が変わってしまったりということはなく、何より高音で叫ぶようなこともしないので、年齢を重ねればもっと声も成熟してくるかもしれません。

とは言っても、全体的にふわふわした感じなので、
上澄の表面的な響きではなく、もっと胸の響きと連動して身体が鳴ってくると本当に良い歌手になると思うんですけどね。

 

果たしてこの中から将来的にブレイクする歌手が出てくるのか、彼等の今後に注目したいところです。

ただ、総じて気になったのは、発音を前でさばけてる人がいないことでしょうか。
古楽はレガートで歌わない、カークビー的な古い美的感覚の歌手がまだ沢山いるのか、あるいはこのコンクールがそういう歌唱スタイルの人を高く評価しているのかはちょっとわかりませんが、
声の強弱だけで言葉を出そうとしている感じがどうしてもしてしまうので、息のスピード感の変化やブレスの取り方の工夫が全体的にあっても良かったんじゃないかと思いました。

因みにカークビーをご存じない方は以下参照

 

 

言葉の意味に関係なく、ずっとノンレガートの無表情な音色、所謂「白い声」で歌い通すのが古楽的に上手い歌唱と言われていたのですが、私は正直時代錯誤感がしてしまう。

それは現在最高のカウンターテノールの一人とも言える、デイヴィスのヘンデル演奏を聴けば明らかです。

 

 

Iestyn Davies

決して子音を強く発音したりしていないのですが、それでも前で言葉をさばいているので、発音がとても明瞭で、しっかりレガートで歌えています。
逆に言えば、母音をしっかり繋げて歌うことができないと言葉はちゃんと届かないということ。
だからレガートがとても大事なんです。
発音の明瞭さとレガートを相反するもののように考えている方が時々いらっしゃるのですが、それは違います。

こういう歌唱こそが古楽でも正しい歌唱だと私は思うのですが、
まだ、カークビーの亡霊がヘンデル声楽コンクールには憑依しているようです。

 

 

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