ポーランドから現れたドラマティックソプラノの逸材 Ewa Płonka

Ewa Płonka(エワ プロンカ)はポーランドのソプラノ歌手。

ポーランドと米国で最初はピアノを学び、その後声楽に転向して2016年にジュリアード音楽院を卒業しているとのことなので、生年月日はわかりませんが現在30歳前後でしょうか。

レパートリーの中心はマクベス夫人やトゥーランドット姫、ナブッコのアピガイッレなどイタリアオペラのドラマティックな役が中心のようですが、彼女の歌唱は、声量圧倒する一般的なドラマティックソプラノとは違い、「密度の濃い低音域、奥行きのある中音域、輝かしい高音を持った歌手」と評されたことからもわかる通り、太さではなく、密度の濃い中低音をだせることがまず他の多くのソプラノ歌手とは違っている点でしょう。

 

 

 

ヴェルディ アイーダ Ritorna Vincitor

柔らかく豊かな響きの中低音の素晴らしさが際立つ演奏。
細く繊細でありながら包み込むような広がりのある中低音の表現ができる歌手は滅多に出会えません。

現在トップソプラノの一人と言っても過言ではない、ヨンシェヴァの演奏と比較すると、
プロンカの響きの奥行きの深さがよくわかります。

 

 

 

Sonya Yoncheva

このレベルになれば、どっちの演奏が優れているかと言うよりも好みの問題になってくるのかもしれませんが、トスカやアイーダを歌っていようとも、私の中でヨンシェヴァはやや軽めのリリックソプラノなので、イタリアオペラのリリコスピントの役だと響きのポイントとしてちょっと違うかなと思ってしまう。

具体的に書くと、
プロンカ   3:20~
ヨンシェヴァ 4:00~

 

【歌詞】

I sacri nomi di padre, d’amante
Né profferir poss’io, né ricordar;
Per l’un… per l’altro… confusa, tremante,
Io piangere vorrei, vorrei pregar.
Ma la mia prece in bestemmia si muta…
Delitto è il pianto a me, colpa il sospir…
In notte cupa la mente è perduta,
E nell’ansia crudel vorrei morir.

 

 

【日本語訳】

父や 愛する人の神聖な名前も
私は言うことも思うこともできません
ひとりに もうひとりに 混乱し、震え、
私は泣きたいのです 祈りたいのです
しかし 私の祈りは呪いに変わります
涙は私にとっては罪で、ため息も罪なのです
暗黒の夜の中で 精神が失われ
そして この残酷な苦しみの中で 私は死んでしまうでしょう

 

 

 

 

 

このフレーズは感情に任せて歌うと声が破綻し、声を気にすると言葉が全く何言ってるかわからなくなる難しいところです。
その証拠に、現在最も有名な某ソプラノ歌手はフレージングなんてあったものではなく、録音にも関わらず言葉も埋もれてしまっている有様です。

 

 

 

Anna Netrebko(3:40~)

 

という訳でヨンシェヴァとプロンカが如何に高いレベルの歌唱をしているかがわかったところで、改めてプロンカの歌唱がヨンシェヴァよりこの曲に合っていると考える部分を書きます。

ヨンシェヴァはまず響きのポイントが全て前にあって、硬口蓋~鼻にかけてで、
母音や音域にもよりますが、響きの中心は主に上の歯です。

一方のプロンカは、胸~鼻に掛けての広い範囲で、
胸というのは、息切れした時にぜぇぜぇ言うところがあると思うのですが、あそこと、一般的に高い響きと形容される、鼻腔の下辺りが繋がっているのですね。
コレが低音の充実には欠かせないポイントで、低音で胸声と言われる、太い地声のような声を使ったとしても、音質の変化が殆どなく高音まで滑らかに繋げることができる訳です。

これは女声歌手に限らず、男声歌手でも言えることなので、声の太さではなく、胸の響きと繋がっているかどうかが、中低音を深い響きで歌う為には重要となることを知って頂ければと思います。

 

次に母音の質ですが、
ヨンシェヴァとプロンカを比較した場合、”e”母音もですが、”a”母音で特に大きな違いがあります。

上記の歌詞の少し後に「Amor fatal」という歌詞があるのですが、
ここのヨンシェヴァの響きは、言い方は正しくありませんが可愛い過ぎる。
浅いという言い方も正確ではないのですが、微妙に上唇が横に開いてしまう分だけ、この音楽が求める緊張感とは微妙に違った音質になっている気がします。

一方プロンカは、”a”母音をほぼ”o”母音に寄せていて、平べったくならないように上手くコントロールしています。
ただ、その分若干置くで作った感じの”i”母音が時々聞かれたり、”a”母音でも鼻に入り気味になってしまうところがあるので、開放した声で横に開かないポイントがまだあるようにも思います。

とは言っても、この当たりは本当に微妙な音質の調性で、歌っている空間の響きや録音環境でも変わってくるでしょうし、普通に聴く分には殆どの人は気にならない部分でしょう。

 

しかし、評論するならこういう部分を突き詰めて比較しないと、
「どっちも上手いけど、好みは個人差あるよね!」という在り来たりのことしか書けないのです。

高いレベルの歌唱を比較するのは、専門的な耳を持っていないとできないことなので、私も本当に何度も何度も同じ部分を聞き返して、
最初は曖昧で感覚的なところから、歌詞を見ながら明確な違いの理由を見つけて言葉にする。という作業をしています。
知名度専攻で実力が伴わない歌手と比較すると簡単その作業も比較的楽なんですけお/(^o^)\
それはともかく・・・

なので、良い歌手のどこが凄いのかを言葉にするという作業は本来とても大変なことです。

しかし殆どの評論はキャリアありきで、そこにポエム(無駄に詩的で具体性のない内容)を載せることが殆どなので、そういう評論を書いてる人はきっと技術的な部分を読者に伝える気がないのか。
あるいは素人にそんな専門的なこと書いても分からないと思っているのか。
歌の技術を聴き分ける耳がそもそもないのか・・・どれかだと思わずにはいられない。

でも、私はこのような記事を書いていると、歌を勉強された事が殆どない方からもコメントを頂けるので、動画投稿とは別に、今後もこのような専門的なことは引き続き書いていきます。

 

 

 

プッチーニ トゥーランドット In Questa Reggia

この曲は、勿論私は歌うことが一生ない曲ですが、歌ったことのある方曰く、
「中音域の動きが全然なくて、高音だけハマれば栄えるので、案外聴いた感じより歌い易い曲」のようです。

ドラマティックソプラノという言い方は曖昧で、
トゥーランドット姫は、強靭な高音が要求される曲ですが、メゾソプラノのような太い中低音は必要とされないので、
イゾルデやブリュンヒルデのような、メゾ上がりのドラマティックソプラノが群雄割拠する領域とは求められるものが違っています。

プロンカの演奏は、圧巻という他ありません。
歌っている姿勢を見ても、まるで力みがなく、口のフォームも理想的。
頬筋や下唇、舌が脱力した状態で、必要な顎の下~耳の後ろに欠けての筋肉を引っ張れていて、喉も上がっていない。

これでまだ30歳前後だとするならば、ニルソンのような歴史的なドラマティックソプラノとして後世に名前を残す逸材かもしれません。

 

余談ですが、2015年のトマス・ハンプソンのマスタークラスを受けている映像があるのですが、
その時はメゾソプラノでしたので、彼女も正確にはメゾ上がりのソプラノ歌手と言えます。
ですが、メゾとして舞台で様々な役を歌った後でソプラノへ転換した訳ではないので、私はメゾ上がりのソプラノとは違う認識でいます。

 

 

参考までに2015年のジュリアードでのマスタークラス

学生の時から技術だけでなく、持っている声を制御して歌う知性も備えていたことがよくわかります。
この歌手は間違えなくこれから世界中の大劇場に引っ張りだこになるでしょう!

 

今回紹介した歌手は、実は読者の方から紹介して欲しいという依頼があって取り上げました。
このような大変素晴らしい歌手を紹介してくださったT様には心よりお礼を申し上げます。

 

 

 

 

 

1件のコメント

  • トレビアンコ より:

    今回は取り上げて頂きありがとうございました。
    プロンカの評論とても勉強になりました。
    どの音域も響きが豊かで吠えまくる事をしない細く焦点を定めた高音が近年の歌手に見られない稀有な存在だと非常に好感が持てて往年の名歌手の様な香りを感じました。彼女の発声ならばワーグナーのヒロインもいけるんじゃないかと思ったりします。

コメントする