戦後オペラ黄金時代に埋もれた天才的英国人テノールCharles Craig

Charles Craig(チャールズ・クレイグ 1920-1997)は英国のテノール歌手。

この人、調べてみると歴代でも希に見る天才歌手のようです。
と言うのも、彼は労働者階級の家庭で15人兄弟の中に生まれ、音楽の英才教育を受けることもなく、1940年に入隊。

そこで音楽的才能が買われて南部陸軍娯楽部隊へ配属された後、インドやビルマでオペラアリアなどを歌っていたと言う・・・。
ってインドとビルマで歌ってたと言うことはですね

日本がインパール作戦やろうとしてたまさにその場所で、クレイグは娯楽部隊としてオペラアリア歌ってたってことですよ。英国側が如何に果報は寝て待て状態だったかが分かると言うものです。

こういう話をすると大変複雑な心境になるので、音楽の方へ話を戻しますと、
そんな状態で彼は音楽院などで教育を受けることなく独学に近い形で声楽を学び、
終戦後、1947年にコヴェントガーデンでオーディションを受けて合唱団員と脇役を歌うソリストとして採用されて生計を立てていたようです。

転機が訪れたのは名指揮者で富豪でもあったトーマス・ビーチャムとの出会いでした。
ビーチャムはクレイグの才能に気付くと同時に、粗削りな歌唱で適切な指導が必要であることを見抜き、イタリア人テノールDino Borgioli(ディーノ・ボルジョーリ)の下で 徹底的に歌唱テクニックを磨くよ指示し2年間の資金援助を行いました。

 

Dino Borgioli

 

ボルジョーリとの訓練が終わり、晴れて1954年にボエームのロドルフォを歌って主役デビューを果たし、以後はモーツァルト~プッチーニまでの幅広いレパートリーを歌い、1959年にはルサルカの英国初演も務めています。

1963年には、彼を代表する役とも言えるオテッロを初めて歌い、以後はドラマティックテノールとして活躍。
録音が残っているのも60年代以降なので、ヴェルディを得意とするテノールとして世界的には認知されているようです。

 

さて、そんなクレイグの演奏ですが、映像もYOUTUBEにちゃんとありました。
このアイーダすげぇ。ハッキリ言ってドミンゴより全然上手いです。

 

ヴェルディ アイーダ(全曲)

1:44:56~のギネス・ジョーンズとの重唱なんかは聴きだしたら作業止まること必至の名演奏。
2人とも全く喉にひっかりがなくて、近年の英語圏の押し押しな声でドラマティックな役を歌う歌手達とは別次元。

どんなフレーズ歌っても二人とも硬口蓋から響きが離れず、
それが息の圧力で無理やり響かせているのではないために共鳴空間も狭くならないので、
強い声でも決して硬さがない。
そしてどの音域、母音でも音質がブレない。
だからユニゾンになっても音が全く濁らない。
ただただ凄い演奏としか言えません。

勿論アムネリスを歌っているバンブリーも歴代でもトップクラスと言って良い程この役を得意にした歌手ですから、イタリア人を使わないアイーダとしてはこれ以上期待できない程豪華ですね。

この公演について詳しく書くとそれだけで一本の記事になってしまうので、
クレイグの他の演奏にも触れましょう。

 

 

 

 

 

 

ワーグナー ヴァルキューレ Wintersturme

クレイグはワーグナー作品もかなり歌っていたようですが、あまり起こされた録音はありませんでした。
しかし、この演奏からも、ただパワーで押すだけではないことがよくわかると思います。
持っている声だけでなく、感性も素晴らしい。
この曲は音域も低いですし、力んで歌う曲ではないのですが、ワーグナーというだけで
1に声量・2に声量・3・4が無くて5に声量
みたいな歌唱が横行していることを考えると、クレイグがボルジョーリから受けた指導が素晴らしいものだったことが容易に想像がつきます。

 

 

 

ヴェルディ レクイエム Ingemisco(31:24~)

60歳手前での演奏なのですが全然フォームが崩れない

この曲はとにかく完璧なレガートとフレージングが求められる曲で、
曲のフレージングと身体の使い方が同期して曲が書かれている上に、決して張り上げずにフォルテも表現しないといけないので、テノール歌手なら絶対上手く歌えないといけない曲の一つだと個人的に思っていることもあって、この映像はとても参考になります。
横から彼の歌唱を映した映像が続くので口のフォームが良く見えるのもポイント高いです。
とにかく上唇が全然動かないし、必要以上に口を動かさず、母音の変化でも口内や咽頭の空間が変化しない歌唱をしていながら、発音が明瞭。

発音をする時に、上下の唇の裏側少し触れる程度の動きだけで殆どの発音をしていることがこの映像からわかります。
そして”u”母音。日本語の”う”は浅いから外国語の”u”を歌う時は深さが必要だ!
と指導を受けるので、多くの歌手が唇をすぼめて”u”母音を発音してしまうのですが、そんなことをしなくてもきっちり発音ができるということがこの映像からわかります。

こういう技術が本物の発声技術なのですが、多くの声楽を学んでいる人でも、こういったポイントに注意を払うことはあまりないと思います。
残念ながらそれが日本の声楽レベルなので・・・。

 

 

 

ヴェルディ オテッロ Dio mi potervi

デル・モナコのオテッロは確かに歴史に残る演奏だと思いますが、
近い世代で、モナコ以上にフォームを崩すことなく60歳を過ぎても声を殆ど損なうことなく歌い続けていられたクレイグはもっと評価されるべきだと思うので、
今後、動画の「もっと評価されるべき歌手」シリーズで彼は取り上げようと思います。

彼のオテッロ全曲が聴きたい方は以下も併せてどうぞ

 

 

 

 

最後に彼のキャリアも見ていて思うことは、
勿論クレイグ自身のずば抜けた才能は大きいと思うのですが、専門的な声楽のレッスンを受けたのが、彼の場合30歳近くになってからでした。
それでもあれだけの技術を身に着けることができたことを考えると、習い始める時期や、習う期間よりも、どのような指導を受けたかという、指導内容の質の方が遥かに大事だということでしょう。
逆を言えば、変な指導を受けなかったことが良かったとも言えるかもしれません。

そしてもう一点見逃してはいけないことが、彼の才能を見抜いて援助したビーチャム。
こういう歌を理解して支援できる人が日本にどれだけいるのか・・・

それこそ、オペラ好きで知られる横須賀を縄張りにしてる大物議員さんなんかは、若手声楽家を支援する活動してくれても良いんじゃないかしら?なんて思ってしまう訳です。

 

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