スウェーデンのテノールJoachim Bäckströmが素晴らしいヘルデンに進化している件

フィンランドやノルウェーといった北欧を中心に活躍しているスウェーデンのテノール歌手Joachim Bäckström(ヨアヒム ベクシュトレーム)。

YOUTUBE上の音源には、全音下げてボエームのロドルフォのアリアを歌っている映像や、愛の妙薬のアリアを歌っている映像があるのですが、今年の9月にフィンランド国立歌劇場のヴァルキューレでジークムントを歌っている音源が最近アップされ、その塩蔵が大変素晴らしい!

軽い役を歌っていて、重い役を歌うようになって声を変にする歌手は沢山見てきましたが、レパートリーを重くして良くなる歌手は珍しいかもしれません。

 

 

2014年ボエーム

原調より全音下げて歌っている時点で個人的にはロドルフォ歌うなよ。と思ってしまうのですが、これはテノールとして歌を勉強されている方なら同じことを感じるのではないかと・・・

 

 

録音年は不明ですが、2016年頃と思われる

イタリア語よりドイツ語を歌った方が声には合っているように思います。
確かにこの頃からモーツアルトを歌う軽い声と言うよりは、良く言えば芯の強さがある、悪く言えば押した感がある声で、重めの役を歌った方が合いそうな感じはありました。

 

そして以下が、今年のヴァルキューレ全曲でジークムントを歌った演奏

 

<聴き所>
◆0:37:20~ “Ein Schwert verhiess mir der Vater”
◆0:49:35~””winterstürm”
◆1:01:28~”Siegmund heiß’ ich”
◆2:41:39~ 二幕フィナーレ

 

録音状況が良いのかもしれませんが、兎に角発音が美しくて、
”n”に響きがしっかり乗ってるのが凄い。
この役はとてもテッシトゥーラが低いので、高音より中低音の強さがカギを握っていると言って良いと思うのですが、Bäckströmは低い音域でも太くなったり、籠ったりせず、響きの芯がずっと前にあって、更に過去の演奏のような押したような硬さもなくなっている。

 

全盛期のTorsten Kerl のよう

 

ケールより母音に癖もないので、今後更にワーグナー作品のレパートリーが広がればBäckströmはバイロイトに出る可能性が高いのではないかとも感じます。
少なくともバイロイト常連の

 

フォークトや

 

 

ブールト

より全然優れたジークムントであることは間違えありません。

 

 

Bäckströmの歌唱は2015年頃からどう成長したのかを考えてみますと、
一般的に喉が開いた声になってきていることが挙げられるでしょう。

魔笛の演奏とジークムントを比較すると、声はそこまで変化はないと思うのですが、
魔笛の演奏は例えるならペーター・ホフマンのように押して芯を作った声だった

 

 

Peter HOffman

この歌い方だと結局上半身の響きだけになってしまい、
喉が鳴っているようになってしまうので、どうしても硬い響きになる。

人工的に作ったテノールらしい芯のある響き(ティンブロ)は倍音が乏しくなってしまい、ホールの後ろまで広がっていかないのですが、
喉が開いて胸の響きと連動した深い響きで歌えていると、倍音が豊富で、低音の響きでも、声量が例え小さくても衰弱しないで舞台の後ろまで飛ぶ。
派手な一幕フィナーレではこの良さはあまりわかりませんが、2幕のブリュンヒルデとの対話では、彼の中音域の響きの豊かさが際立ちます。

こういった声の変化を聴いてもBäckströmは良質なヘルデンテノールへと進化していると言えるのではないかと思います。

 

最後に彼の声の課題についてですが、
これはボエームのアリアでも分る通り高音でしょう。
1幕フィナーレの最高音”A”もかなり危うい感じでしたので、テッシトゥーラの高いローエングリンは正直厳しいのではないかと思います。
この辺りが安定しないと、マイスタージンガーの有名なアリア”優勝の歌”も安定して歌えないので、もっと細い息で薄い響きを操れるようになると良いのかなと思います。

弱音の表現ができないと、トリスタンも表現的に難しいでしょうし、柔らかく柔軟な高音を今後どのように身に着けていくかが課題と言えるでしょう。

 

 

今回は、 Joachim Bäckströmに焦点を当てて取り上げましたが、
このヴァルキューレは全体的にとてもレベルが高く、
例えばヴォータンを歌っているTommi Hakalaも深い響に柔らかい表現ができる一方で、突き抜けるような強い高音も出せる優れた歌手だと思いました。

 

 

その他、 フンティングを歌ったMatti Turunenは、声が暖かく優しそうな感じで、役としては大人しい声に聴こえましたが、声はとても好きなタイプでした。
ジークリンデを歌った Miina-Liisa Värelä、ブリュンヒルデを歌ったJohanna Rusanenも低音の響きはとても素晴らしく、高音のフォルテでは鋭くなってしまうのが個人的には課題かなと思いましたが、それでも全曲を通して主要キャストは大変素晴らしい演奏をしていると思いました。

 

正直メトやスカラの来年のキャストを見る限り、このレベルの演奏ができる歌手が揃っていたかと聞かれると、そうは思えない。
フィンランド国立歌劇場のレベルの高さに驚かされましたので、来年は早速この劇場の所属歌手を調べてみたいと思います。

 

 

今年はスパムメールや荒らしに悩まされた一年で、記事を更新する気になれない時期もあったのですが、年末に一通り対策が完了し心穏やかに新年を迎えることができそうです。
なので、来年はまた余計な雑音処理対策に時間と労力を取られることもなく、記事を書いていけるかなと思います。

新年一発目は恒例のアレになると思いますが、来年のニューイヤーは海外で実績を残している方も出演が予定されていますので、近年では一番レベルが高い演奏になるのではないかと期待しております。

そんな訳で、今年も一年、記事をご覧頂きましてありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。

 

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