【評論】第65回NHKニューイヤーオペラコンサート

毎年恒例となりました。NHKニューイヤー オペラコンサートの評論も今年も書いていきます。

 

第65回NHKニューイヤーオペラコンサート

2023年1月3日(火)
開場:午後6時
開演:午後7時
終演:午後9時

[ソプラノ]石橋栄実 大村博美 小林厚子 砂川涼子 高橋維 中村恵理 森野美咲 森麻季
[メゾ・ソプラノ]藤村実穂子 山下牧子
[テノール]笛田博昭 福井敬 村上敏明 宮里直樹
[バリトン]上江隼人 黒田博 髙田智宏
[バ  ス] 妻屋秀和
[合  唱] 新国立劇場合唱団 二期会合唱団 びわ湖ホール声楽アンサンブル
藤原歌劇団合唱部
[管 弦 楽]東京フィルハーモニー交響楽団
[指  揮]阪哲朗
[司  会]宮本亞門(演出家) 久保田祐佳(NHKアナウンサー)

 

今年のキャストで個人的に注目しているのは、宮廷歌手としてキールで活躍したという正真正銘、海外でも通用しているバリトンの髙田智宏氏と、ウィーンを拠点に活躍している、あのグルベローヴァに師事していた森野美咲氏。
この二人に、実績十分な藤村実穂子氏が戻ってきたことで、「体面的に日本を代表する歌手」を集めたと言える状況になったのではないかと個人的には思っています。

なお、この記事はリアルタイムで演奏を聴きながら書いておりますので、ここで書いている期待値と評論内容が一致するとは限らないことをご了承ください。
そして、間違えなく良い演奏をする大西氏が不在というのは痛過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

<評論>

 

◆森野美咲
Rシュトラウス<こうもり>:公爵さま、あなたのようなお方は

この曲だと故意にデフォルメ声を使っているのか、技術的に課題があるのかが分かり難いのですが、
声のチェンジがくっきりし過ぎているのが気になるところで、
誤解を恐れずに言えば、森野氏は歌声より喋り声の方が断然美しい。
どこか喉の上がったところで歌っているような気がして、不自然に聴こえてしまう。
もっと深い中音域を構築して高音を積み上げていって欲しい。

 

この演奏を聴くかぎり、中音域はやっぱり美しいですが、
28~29秒あたりで、頭声に抜けて行く時に鼻に入ってしまっている。
恐らくこの声で今回のアリアは歌われていたのだと思いますので、チェンジを上手く通って自然な声のまま上に抜けていったくれれば全然次元の違う歌唱になるのではないかと思います。

 

 

◆宮里直樹
Gドニゼッティ:<愛の妙薬>人しれぬ涙
スピントな作品を歌っていたかと思ったら、また軽い曲にレパートリーを戻しているのか、
NHKの都合でこの選曲になったのかはわかりませんが、曲に対してちょっと声が強過ぎると思ったのは私だけではないでしょう。
演奏を聴く限りでは、柔らかい表現、ピアノの表現に神経を使っているのはわかるのですが、高音の音色にバリエーションが欲しいところで、良いところにハマったマッチョな声(これはコレで良い声ではあるのですが)ネモリーノという役を考えると、もっと薄く軽く明るい音色が出せればと思ってしまいます。
宮里氏本人も色々試行錯誤されているのだと思う一方で、それが演奏に出てしまったように思えて、
それが最後のカデンツァ。昔はもっとスムーズに装飾音を処理できたし、高音のズリ上げていなかった。
まだ若い歌手なので、浮き沈みはあると思いますので、これからどういう演奏をするようになるか今後も注目していきたいと思います。

◆石橋栄実
Cグノー:<ファウスト>宝石の歌
高音は角が立たず、奥行きのあるフランス物を歌うのにピッタリな響き!
その一方で、中低音の”i”母音と”e”母音が特に響きを集め過ぎると言えば良いのか、
浅く硬い響きになってしまうので、高い音域の良さが低音域では消えてしまう。
本人的にはもっとスカスカに聴こえるような、柔らかい響きで中低音も歌ってくれたら、かなり良い演奏になりそうな気がします。

 

 

ドイツ語の作品は特に”i”母音の響きの質が重要なので、”i”母音が平べったくなってしまう問題点が良くわかると思います。
母音の音質がバラバラなので、まずそこを統一できるように頑張って欲しいです。

 

◆村上敏明
オッフェンバック<ホフマン物語>クラインザックのバラード
酔っ払いの歌という意味では良いのかもしれませんが、とりあえず一色に塗りつぶした声と、
全く柔らかさの無い高音、こういう声が好きな人には好まれるのかもしれませんが、
全部の音を押したようなフレージング皆無の彼の演奏を歌と呼ぶのか正直疑問。

 

◆高橋維
オッフェンバック<ホフマン物語>森の小鳥は憧れを歌う
高音と超絶技巧という部分では、日本屈指の実力者と言っても良いのではないかと思います。
母音の幅にもブレがなく、難しい作品を安定して歌えるところは流石!
母音の幅が一定なので、低音になっても声が籠ったように聴こえず、技巧的な曲を歌わないと歌にならないといったこともないでしょう。
ただ、どうしても音色が硬いのが気になる。

 

個人的に高橋維氏の歌唱に注目しだしたのは3年位前だったと思うのですが、
その頃はもっと柔らかくリートを歌えていたんですが、今は白い声と言えば良いのでしょうか?
前のような表情がなくなってしまっている気がして、そこがとても気になるところです。

 

 

 

 

 

◆森麻季
ドヴォルザーク<ルサルカ>月に寄する歌
”i”母音が致命的に平べったく喉声。
フレージングも何もあったものではなく、1音づつ切って歌うのを何とかできないものか?

◆笛田博昭
Uジョルダーニ<アンドレア・シェニエ>ある日、青空を眺めて
フォームが崩れてきているという噂は聞いていたのですが、鼻声っぽくなっている。
体調の問題なのか、フォームの問題なのかわかりませんが、中音域で強い声を出さないといけないこのアリアは、テノールにとって大変な曲で、多少声がザラつく程度なら仕方ないとは思うのですが、
得意の高音でも音が上がりきらないとなると、かなり心配になってしまう。
後半は多少持ち直して、高音も決まったものの、どこか声に疲れが見えるというか、ノビがないのが気になってしまった。

 

◆大村博美
Gプッチーニ<トスカ>歌に生き、愛に生き
肝心な音の入りが不安定になり揺れてしまっていたことはかなりマイナス。
声の深みという面では、出演したソプラノの中ではトップクラスと言えたかもしれませんし、
表現的な部分も含めれば完成度は高かったと言えるかもしれませんが、ピアノの響きがどうしてもただ声が小さいだけに聴こえて気になってしまう。
曲の出だしと、最後のフォルテでBを出した後のピアノ。どちらも響きが乗ってない

途中で、東 敦子氏の演奏が流れましたが、
やはり次元が違う。
ちゃんと低音で喉が下がった深い響きで歌えて、そこから高音を構築しているので、
浅く平べったい、所謂(日本人声)にならない。
この人の演奏を流してくれたことで、大村氏の声に芯が無いことをわからせてしまったような気がします。

 

◆妻屋秀和
Gヴェルディ<ナブッコ>
妻屋氏は日本だからバスをやっていますが、実際はバスバリトンの声なので、
本当に低い音はちょっとキツそうに聴こえてしまう。
強いなのでヴェルディを歌うと恰好が付くし、声は本当に良いのですが、
何を歌っても同じなんですよね。
声は良いけど歌が上手いとはちょっと違うと思うのは私だけでしょうか。

◆中村恵理
Gヴェルディ<仮面舞踏会>私の最後の願い
中村氏が日本人離れした声の持ち主であることは間違えない。
これ程力強い高音を出せるソプラノは中々いないでしょうし、”U”母音に深さと芯があるのは立派。
その分、母音の幅の統一性という面でちょっとでもブレると気になってしまう。
すごく一音一音を丁寧に歌っているのが伝わるのが逆にフレージングを不自然にさせているのか、
確かに劇的なアリアなので常に集中力が必要なのはわかるのですが、ずっと力が入りっぱなしで緩めるところがないというのは、聴いてる方も身体が固まってしまう。

 

 

◆髙田智宏
Gヴェルディ<ドン・カルロ>最後の日は来た
日本人バリトンとしてはレベルの高い演奏だったと思いますが、
期待していただけにちょっと残念な出来でした。
と言うのも、この映像のイメージがあったので、この演奏と比較すると、響きが横に平べったい印象を受けてしまったためです。

 

とは言っても、声の深さと芯の強さ、高音の強さは流石だなと思いました。
ただ曲が曲なだけに、強い高音より、深く豊な響きのピアノの表現と極限までに研ぎ澄まされたレガートで歌われて欲しい曲なので、セビリャのフィガロのアリアを歌ってくれればもっと手放しで良い演奏だったと言えたのかもしれませんが、ロドリーゴとなると、勢い任せな歌に聴こえて残念だった部分が強くなってしまう。

 

◆福井敬
Gプッチーニ<トゥーランドット>誰も寝てはならぬ
わざわざ「日本を代表するテノール、福井さんの十八番」とか言ってしまう辺りにNHKの悪意を感じるのは私だけだろうか。
オペラに興味がない人はこのアナウンサーの言葉を聞いて、
「コレが日本最高のテノールか!」と思ってしまったらどう責任を取るのだろう。
福井氏の出演は、NHKによる声楽芸術への冒涜である。
選ばれた福井氏がある意味可哀想になってくる。

 

◆藤村実穂子
Jマスネ<ウェルテル>
まともなピアノの表現ができるだけでやっぱり上手く聴こえるもので、
響きに言葉を乗せて歌うという歌唱ができているのは藤村氏だけなように思えた。
こういう歌唱をしないと言葉とフレージングが連動しない。
以前藤村氏が出演した時、サムソンとダリラのアリアを歌っていた記憶があるのですが、その時は”e”母音だけ浅くなってしまっていたのですが、今回は母音の質にブレがなく、他の出演者との次元の違いを示した格好になったと思う。

 

<重唱で出演した歌手>
●砂川氏:私は彼女の歌唱苦手だったのですが、昨年より声が丸くなったような気がします。重唱として上手く声を制御できていて、今まで聴いた砂川氏の演奏の中で一番良かったようにすら思いました。
●黒田氏:スカルピアだからといって叫べば良いものではない。
●上江氏:響きの深さは高田氏より良質かもしれませんが、如何せん声が太い。
だから高音も響きではなく声で出している感じで、音圧で歌う感じがどうしても個人的には好きになれない。声は本当に良いのですが・・・。
●山下氏:ホフマンの舟歌で、あんなドスの効いた声で歌うメゾを初めて聴きました。正直怖い。

小林氏は申し訳ないのですが、気になることはなかったのですが、一方であまり印象に残らなかったので、ここでは言及を控えさせてください。

 

<全体を通し>
このコンサートを聞いてて思うのですが、どうしても必要以上に大きな声で歌おうとする歌手が多いことが気になってしまう。
NHKホールは確かに広いし、オペラ劇場のように生声で良い響きが客席の後ろまで届く訳ではないので、歌手としても大変なのはわかるのですが、藤村氏の演奏を聴くと、やっぱりフォルテでも6割~8割程度の余裕のある声で歌われる方が聴いてて心地よい。

大西氏は期待していただけに、本日出演できなかったことは、会場で聴いていた人にとっては一番ショックだったのではないかと思います。
なんせ昨年の同コンサートの出演者の中で一番良い演奏をしていた歌手がキャンセルですからね。

 

 

今年は予想通り、昨年よりはキャストが充実していましたが、
本当に福井氏は今年を最後にしてあげて欲しい。
ボロボロになりながらもあの舞台で歌わせるとかむしろ罰ゲームか?とさへ思えて批判以上に同情してしまう。

 

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