圧巻! 素直に感動したHenriette GöddeのLiederabend

Henriette Gödde(ヘンリエッテ ゲッデ)はドイツのメゾソプラノ歌手。

2013年に大学を出ているようなので、現在30代半ばといったところでしょうか。
リート歌手として有名なオラフ ベーアに習ったようで、
その他にも、クリスタ ルートヴィヒ、ヘルムート ドイッチュといった著名人のマスタークラスを受けているということで、オペラよりコンサート歌手として研鑽を積んできたようです。

オペラではヘンデルやヴィヴァルディ、モーツァルト作品を歌っているようですが、
2018-19シーズンにはライプツィヒでラインの黄金のエルダも歌っているようなので、今後はワーグナー作品でも活躍が期待されるところです。

そんなゲッデですが、
以下に紹介するリーダーアーベントは最近YOUTUBEにアップされた演奏会で個人的に最も感動したものでした。

 

 

Lieder von Franz Schubert und Ludwig van Beethoven

<曲目>

Franz Schubert

Wehmut D 772
Sehnsucht D 879, op. 105/4
An den Mond D 259
Der Wegweiser D 911, op. 89/20
Trost im Liede D 546, op. 101/3
Du bist die Ruh D 776
Suleika D 720, op. 14/1
Hoffnung D 673, op. 87/2
Sehnsucht D 636, op. 39

 

Ludwig van Beethoven

An die Hoffnung op. 32
Bitten op. 48/1
Vom Tode op. 48/3
Gottes Macht und Vorsehung op.48/5
Der Wachtelschlag WoO 129
An die Hoffnung op. 94

 

体格だけ見ればパワー系なのかと思ったら全くそんなことはなく、
むしろ、無駄な力を極力使わない歌い方をしていました。

声だけ聴けばソプラノにも聴こえるかもしれませんが、
軽さの中にしっかりした根を張り、低音から高音までブレることのない芯の通った一直線の響きで歌うことができる。

そして何より素晴らしいのは語り口の自然さ!
ここまで美しく言葉を出せる歌手はそうそういないのではないかと思います。

伴奏と共に計算されつくした演奏といった感じで、
最後にベートーヴェンの「希望に寄せて」を歌っているあたりもメッセージ性を感じます。

そんな訳で、最後に歌っている曲。
ベートーヴェンのAn die Hoffnung op. 94でゲッデの歌唱を細かく見ていきましょう。

 

 

【歌詞】

Ob ein Gott sei? Ob er einst erfülle,
Was die Sehnsucht weinend sich verspricht?
Ob,vor irgendeinem Weltgericht,
Sich dies rätselhafte Sein enthülle?
Hoffen soll der Mensch! Er frage nicht!

Die du so gern in heil’gen Nächten feierst
Und sanft und weich den Gram verschleierst,
Der eine zarte Seele quält,
O Hoffnung! Laß,durch dich empor gehoben,
Den Dulder ahnen,daß dort oben
Ein Engel seine Tränen zählt!

Wenn,längst verhallt,geliebte Stimmen schweigen;
Wenn unter ausgestorb’nen Zweigen
Verödet die Erinn’rung sitzt:
Dann nahe dich,wo dein Verlaßner trauert
Und,von der Mitternacht umschauert,
Sich auf versunk’ne Urnen stützt.

Und blickt er auf,das Schicksal anzuklagen,
Wenn scheidend über seinen Tagen
Die letzten Strahlen untergehn:
Dann laß’ ihn um den Rand des Erdentraumes
Das Leuchten eines Wolkensaumes
Von einer nahen Sonne seh’n!

 

 

【日本語訳】

神はおられるのだろうか?そしていつの日か実現して下さるのだろうか
この憧れが涙を流しながら求めてきたものを?
そしてこの世の審判の中で
それは奇跡として明かされるのだろうか?
人はただ希望を持てばいい!訊いたりはしてはならぬ!

お前は聖なる毎夜を喜んで祝い
穏やかに優しく悲しみを癒すのだ
繊細な魂を痛めつける悲しみを
おお希望よ!お前によって高みへと導き
この苦しむ者にも感じさせてくれ、その場所で
ひとりの天使がその涙を流しているのを!

ゆっくりと消え去って、愛しい声もずっと押し黙ったとき
枯れてしまった枝の下に
打ち捨てられた思い出が残っているとき
お前の近くに、お前の大切な人が悲しんでいるところに
そして真夜中にあたりを見回しているところに
沈み行くつぼの上に自らを支えている

それから見つめるのだ、運命を嘆きつつ
その日々に別れを告げようと
最後の光が沈んでゆくときに
この地上の夢の果ての
雲をふちどる光が
近くにある太陽より発せられるのを見せるのだ

 

 

 

因みに、この「希望に寄す」という曲、この演奏会でもベートーヴェンの最初と最後に同じタイトルの曲があるのでお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
ベートーヴェンは同じ詩に2回作曲しています。

もう片方は最初のレチタティーヴォになっている部分の詩は使っておらず、途中からの引用です。
Op32はこの演奏会の38:08~になりますので、Op94と聴き比べると曲の違いがよくわかります。

 

 

最初に作曲された、Op32の方は、所謂傑作の森と呼ばれる年代に作曲された歌曲で、
交響曲3番(英雄)や、ソナタ21番(ヴァルトシュタイン)を作曲したのと同じ1804年。

一方今回取り上げる、Op94は、停滞期と呼ばれる1813~15年に掛けて作曲された曲で、
有節歌曲の形式で作られたOp32とは全く違って、

「O Hoffnung! Laß,durch dich empor gehoben,
Den Dulder ahnen,daß dort oben
Ein Engel seine Tränen zählt!」

「お希望よ!お前によって高みへと導き
この苦しむ者にも感じさせてくれ、その場所で
ひとりの天使がその涙を流しているのを!」

の歌詞を何度も繰り繰り返し使っていて、ベートーヴェンにとって1815年は弟のカールを亡くしたことも重なって苦しい時期だったことを考えると、Den Dulder (苦しむ者)はまさに自分のことを指して書かれた曲だと思わずにはいられない訳なのですが、勿論今この世界的な不安の中に置かれた自分達を重ねても良いと思います。
そういう意図でゲッデはこの曲を最後にもってきたのでしょからね。

そんなことを考えながら、彼女の演奏を聴いてみて頂けると、最後につぶやくように「O Hoffnung」と歌われた後の静寂に何とも表現し難い虚しさなのか、あるいは感動なのか・・・歌曲の作品は交響曲やピアノ曲に比べて影が薄いベートーヴェン大先生ですが、
声楽作品でもいかに凄い作品を作っていたかを思い知らされるのではないかと思います。
私はこの演奏聴いて泣きました。

 

ゲッデの演奏については、もう解説するのが馬鹿らしくなる位技術のことを持ち出すのは無意味だなと思ってしまう。
兎に角、55:25~、歌詞を見ながら彼女の演奏を聴いて頂ければ、リートという分野が詩の世界を表現する芸術であり、はじめに声ありきではなく
はじめに言葉があることがよくわかります。

 

とは言え、声楽評論を謳うからには一応どこが凄いのか、分析してみます。

まず、全ての発音が自然で明確、低音は決して太くなることなく、
それでいて十分な深さがありながら発音が籠ることもないこと。
母音の質がどの音域でも変わらないし、伸ばしている音が揺れたりすることもありません。

発音について詳しく書くと、
ゲッデの演奏を聴いてはっきりわかったのは、
ドイツ語というと、「t」、「s」、「k」、「z」といった子音を立てるイメージがありますが、それは必ずしも正しくなかったのだということです。

勿論適当で良い訳ではありますが、必要以上に強く出したり、有声子音を長く鳴らしたりする必要はない。
それより重要なのは、「n」と「l」でいかに息が止まったり、鼻や喉に力がはいらずにしっかり発音できるかです。

これは本当に難しい。
「n」をちゃんと出そうとすると鼻に息が流れて喉が上がってしまったり、
「l」は舌に力が入ってしまうと声の硬さにつながってしまう。
はっきりと、それでいて柔らかくレガートを維持してこの子音を明瞭に歌い分けることは非常に難しいです。
それを完璧にこなしているのがゲッデの歌唱なのだと私はみています。

 

正直、口の開け方については、あまり開けずにあれだけ響きの深さが保てるのは楽器や体格が恵まれているからであって、一般的な歌手があのフォームで歌っても上半身だけの響きになってしまうような気がしますので、
平均的な体格の日本人歌手が彼女の歌唱を参考にするのはどうかな?というのはあります。
とは言え、リートを歌っていらっしゃる方にとってはお手本のような歌唱をしているのは確かで、個人的にはヴァルトラウト マイアーの歌唱よりしっくりきています。

 

 

 

CD

 

 

<注意>

以下は愚痴なので、ゲッデの演奏とはあまり関係がございません。

 

 

最後に、一つだけ不服なことがありまして
なんとこの動画、一ヵ月以上アップしてから経過しているのに、
2021/2/18 0:41の地点で14回しか再生されていないのです。

有名人が雑談してるだけで、数時間あれば何万、何十万のアクセス数を稼ぐ今の時代に、これだけ優れた演奏が一月で10回くらいしか再生されないっておかしいでしょ!

YOUTUBEというのは便利ではありますが、
再生数と価値は全く比例しないどころか、本当に価値のある動画が評価されずに埋もれてしまうことは日常茶飯です。

だからこそ、知名度に流されずに自分で良い演奏を判断できる耳をアマチュアの方も持つ必要がある。
多くの人が良い演奏を評価できれば、知名度だけで売れてる以下のような人がプロ歌手のように振舞うような世の中にはならないでしょう。

 

 

 

 

 

コメントする