夜の女王歌いのスペシャリスト Kathryn Bowdenという逸材を発見!!

Kathryn Bowden(キャサリン ボーデン)は(恐らく)米国生まれのソプラノ歌手。

2015年にサンフランシコ、2017年にメトで夜の女王を歌っているというキャリアにも関わらず情報が非常に少なく、動画も今年3月にアップされた4本しか存在しないので、メトに出演している歌手にも関わらず私も今まで全くアンテナに引っかからなかったのだと思うのですが、その演奏は実に堅実で非の打ちどころのないテクニックに裏打ちされたものです。

本当の偶然先ほど彼女の演奏動画を見つけて、思わず画面の前で興奮してしまいました(笑)
夜女のアリアを、レガートでしっかりした発音のままハイFまで歌える歌手がいたなんて驚きです。

 

 

 

モーツァルト 魔笛 O zittre nicht, mein lieber Sohn

 

多くのソプラノは、深さよりは前に響きを当てる感じで高音を出し、低音は地声に近いポジションで歌う。あるいは低音を捨てて、低音が多少スカスカになっても全体をメタリックな声で歌ういます。
この曲を下~上まで、ちゃんと響きの乗った声で、更に統一した音質で歌える歌手は正直聴いたことがないです。

 

例えば、ドラマティックな声で夜女を謳えたモーザーという歌手がいますが,
高音は上手く抜けるのですが、中音域でどうしても音圧が強すぎて、とても楽に歌えているようには聴こえません。

 

 

 

Edda Moser

ボーデンの歌唱の凄さは、優れたプッチーニ歌いのようなゆったりしたフレージング、そして無駄のない唇の動きでしょう。
唇の動作に余計なところがなくて発音が飛ぶということは、舌先や下顎が脱力できているということですから、どこの音域をとっても過度な音圧で鋭い音色になることがないですね。

 

 

 

 

ベッリーニ 夢遊病の女 Come per me sereno

ドイツ語であれだけのレガートと深さのある響きで歌えるのであれば、
ベルカント物のベッリーニが素晴らしいのは当然と言えるでしょう。

カバレッタが聴けないのは残念ですが、この技術的な完成度は半端ないです。
この曲では、現在の売れっ子の一人、イェンデと比較してみましょう。

 

 

 

Pretty Yende

イェンデは細く繊細な息遣いで、一定の音よる高い音域は本当に見事なのですが、
音程が下がってくると響きも落ちてくることがあって、特に”a”母音みたいな開口母音はその傾向が強いように思います。
その原因として考えられるのか、ボーデンについて書いた口の動きだと考えていて、
イェンデの場合、発音する時に口全体が大きく動いているのに比べて、ボーデンはもっと小さな動きで発音しています。

いうなれば、ボーデンは唇の先だけで確実に発音することができているので、口の中の形が殆ど変化することがないので、響きの質もその分統一できるという訳です。

時々歌う時に口を開けるべきなのか?
あるいは、あまり開けるべきではないのか?
という議論を見かけることがあるのですが、口を開けるという行為で余計な所に力が入るようであれば、必要以上に開けない方が良いでしょう。
私も歌を習い始めの頃は、意味もわからず『奥を開ける』ということばかり意識してきたので酷い癖がついて、それを直すの苦労したという実体験から考えて、兎に角舌や唇に余計な力みがない状態で発音できるようにならないと、口を大きく開けるのは危険だと思います。

そんな訳で最後は夜女の有名な方のアリアです。

 

 

 

 

der hölle rache kocht in meinem herzen

ここまで鋭さがない声で歌われると、逆に、実はお母さんあまり怒ってないのではないか?
とパミーナは思えてしまいそうです。

歌唱技術としては素晴らしくても、演奏効果としては曲と会ってない感があるという・・・。
まぁ、でも夜女を純粋な悪役として捉えるか、1幕のアリアにあるような母親としての深い愛情も持っていると解釈するのかで、もし後者であれば、このアリアも言葉では厳しいことを言っていても、心の中では躊躇いがあったりとか、複雑な感情があるのだろう。
などと聴く側でフィルタを掛ければ全然問題ないのかもしれません。

 

あと一つボーデンの演奏動画はあるのですが、
ホフマン物語のオランピアなので、上手い下手ではなく流石にミスマッチ感があってここでは紹介いたしません。
もし興味のある方は探して聴いてみてください。

 

超高音や超絶技巧を得意とするソプラノは華奢な方が多いので、
残念ながら、幾ら素晴らしい演奏ができてもボーデンのような歌手が世間的に注目を集めることはあまりないと思います。
世の中差別に対して煩くなったのに、演出家という差別することが仕事みたいな人が舞台では権力持ってることが多いので、本当にこういう実力ある歌手がそこまで日の目を見ないのは憤りを覚えます。

勿論、演出家でも、ジャン=ピエール・ポネルのように歌手から尊敬される方もいますが、
フランコ・ゼッフィレッリのような差別主義者(若き日のヴァルトラウト・マイヤーがドイツ人ということでカルメンを歌った時に酷い仕打ちを受けたことを語っている)のようなタイプの方が多いと思いますし、
ドイツにいる方から、演出が歌を理解していなくて、演奏は良くても演出で台無しにする。というパターンによく遭遇するとも聞いていますから、私個人の感覚としては、オペラに於いて演出家より歌手の方が力を持った方が良い演奏が生まれると考えています。

 

きっと現在にカバリエが生まれていたら、あそこまで有名になっていなかったのではないかと思うと、先ずは歌の実力で舞台に立つのがオペラ歌手の有り方なのではないかなと考えざるを得ません。

心からボーデンのこれからの活躍に期待したいです。

 

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