Sergei Ababkin(セルゲイ アバブキン)1991年、ロシア生まれのテノール歌手
2017年までロシアのthe vocal faculty of the St. Petersburg State Conservatoryで学び、
2017年・18年ハンブルク歌劇場の研修所で研鑽を積み、その後2020年までスカラ座の研修所にいたというのですから、まだ大きな劇場での経験があるわけではないようですが、それでもその声には驚かされるものがあります。
ちなみに出演している劇場は、ジェノヴァ、ブルガリア、韓国のようです。
まだ30歳になったかどうかという年齢から考えると、非常に高い発声技術で強い声を出していて、勢いで高音を押す感じがないことは傑出していると言えると思います。
チャイコフスキー エフゲニーオネーギン Куда, куда вы удалились
まだ響きの豊かさには物足りなさを感じるものの、真っすぐに喋るように歌うことができているのが実に素晴らしいです。
こういう派手さがないアリアは、とりあえず高音が決まれば喝采が貰える訳ではないので、
チャイコフスキーの書いた美しい旋律が引き立つようなフレージングが大事になってきます。
このアリアを良い声だけに頼ってうたうと以下のような感じになります。
アトラントフというちょっと前にオテッロなんかを歌っていたドラマティックテノールですが、
アバブキンより凄い声であることは間違えないですが、このアリアを上手く歌えているのはどちらかを考えると意見が分かれるのではないかと思います。
勿論私はアバブキンの歌唱を支持します。
高い音圧の強い声で歌っても、このアリアが持つ荒涼とした空気管は出てきません。
ロシアの伝説的なテノール歌手、イヴァン・コズロフスキーという歌手の演奏がその答えを与えてくれていると私は考えています。
思えば1990年代は、ガルージンやこのアトラントフといったパワー系テノールが活躍していて、バリトンもホロストフスキーが大活躍していたので、ロシアの歌手=強い音圧で歌うというイメージでしたが、実際のところはそんなことはなく、戦前のロシアのテノール歌手はコズロフスキーみたいな感じだったというのを考えると、アバブキンみたいなタイプこそロシアの伝統的なテノールの歌唱法なのではとも思えてしまいます。
ちなみにコズロフスキーの演奏は以下です。
コズロフスキーは現在の発声に慣れた耳には多少違和感を感じるかもしれませんが、
アトラントフとは真逆で、全く力みのない、細く繊細な呼吸で響きをコントロールする技術には感嘆するしかありません。
この響きの方向性で、現代的な立体感を持たせた声で歌っているのがアバブキンではないかと思います。
グノー ファウスト alut, demeure chaste et pure
レンスキーがいつの録音かはわかりませんが、こちらは今年の演奏です。
高音の響きが格段に豊になっていることに驚きます。
低い音域では多少詰まった感じと言えば良いのか、上半身だけの響きになってしまっていると言えば良いのか、声が痩せてしまうことがあるのですが、
Gより上になると開放感が増していって、ハイCも実に見事なもので、
軽さと強さと輝かしさのある高音は実に魅力的です。
ここまで技術があるのであれば、もっとディナーミクがつけられても良さそうなものですが、
レンスキーのアリアでも高音のピアノの表現は聴かれないので、もしかしたらその辺りが課題なのかもしれません。
それでも、一本調子な歌唱に聴こえないのは、ただ良い声で歌っているのではなく、言葉で歌うことができているからでしょう。
プッチーニ トゥーランドット Nessun dorma
この曲の高いAの音やHの音で、ここまでレガートで力強く、それでいて声が重くならずに歌える歌手が今までどれだけいただろうか?
カラフを歌うには声の線は細いかもしれませんが、このアリアの演奏としては大変素晴らしいと思います。
誇張表現がなくて、力で押した声でもないのに輝かしい高音を響かせる。
「誰も寝てはならぬ」は高音を叫ぶように歌う人が多すぎて辟易することが多いのですが、
オケは静寂に満ちた実に美しい響きで、そのオーケストレーションと相反しない歌唱をしないといけないと私は考えているので、アバブキンの歌唱スタイルは理想的だと考えています。
この演奏でまだ30歳になったかどうかという年齢だということを考えると、数年後にどんな歌手になるのか本当に楽しみです。
まだYOUTUBE上にも音源が少ない歌手ではありますが、
その限られた音源からでも非常に高い可能性を感じさせてくれます。
2017年には韓国でボエームに出た経歴があるので、日本にも来る可能性は十分あると思いますので、今後の活動には注目していきたいと思います。
AtlantovとKozlovsky、両者ともにボリショイ劇場の看板テノールでレンスキー歌いですが、こんなに違うんですよね。
以前、デルモナコ来日が日本のテノール界に悪影響を及ぼしたのではないかと推測する記事を拝読しましたが、実は冷戦の雪解けによって、ソ連においても1959年にデルモナコが公演をしており、それがソ連のテノールの評価軸を変えたんではないかと疑っております。
デルモナコ以前のソ連で人気のあったテノールはKozlovskyのような非パワー系が多かったようです。
(基本的に人名は英語表記ですが英語での検索が困難な人物はキリル文字表記も併記します)
・Leonid Sobinov(ロシア)
https://www.youtube.com/watch?v=em48daAe6NU
・Sergei Lemeshev(ロシア)
https://www.youtube.com/watch?v=Q0q69JvLqag
・Mikhail Alexandrovich(ユダヤ系)
https://www.youtube.com/watch?v=TRQcuqssYxI
・Georgi Vinogradov(ロシア)
https://www.youtube.com/watch?v=MzMI3zUt9tE
・Georgi Nelepp(ウクライナ)
https://www.youtube.com/watch?v=vIoCxPZpNx4
Sobinovはロシア帝国末期~ソ連初期に活躍した伝説的テノールであり、他のテノールは30s~50sのソ連で人気を誇った一線級の歌手ですが、決して力押しではない繊細な歌唱をしているかと思います。
確かにロシアの正統な歌唱はAtlantovのようなパワー系ではなかったと考えられるでしょう。
ただしコズロフスキーやレメシェフと同世代でキエフ劇場でソリストを務めたVictor Borishchenko(Виктор Борищенко)は後のAnatoliy Solovyanenkoにつながる特異な歌唱をしており、ウクライナには独自のテノールの系譜があるのではないかと推測されます。
・Victor Borishchenko
https://www.youtube.com/watch?v=kV73-1-3FYo
ところでソ連時代は録音が積極的に行われておらず、トップクラスのソリストが主に録音され、二級ソリストはあまり録音がありません。
しかし二流のソリストも多く配置される赤軍合唱団は録音が多く、赤軍合唱団の録音を通じて当時の二流ソリストの様相を推察することができます。
その赤軍合唱団の録音ではパワー系テノールが確認できます。
・Ivan Kuznetsov
https://www.youtube.com/watch?v=fcdMRlVkG1E&t=112s
・Ivan Didenko
https://www.youtube.com/watch?v=HW2t5lGhmHU
・Vsevolod Puchkov(Всеволод Пучков)(テノール、のちにキーロフ劇場ソリスト)およびГеоргий Бабаев(バスバリトン)
https://www.youtube.com/watch?v=1cZvT0m1Yuw
絶叫系というべきパワー系テノールが揃っています。一応赤軍合唱団は先述のVinogradovもソリストとして配置していましたし、主力テノールソリストでカリンカ歌いのVictor Nikitinはパワー系ではないことから、合唱団の方針として勇壮なパワー系テノールのみを揃えたという訳ではないと思います。
ソ連の二流テノール歌手には絶叫系も多かったことが示唆されます。
まとめると、デルモナコ以前にもスラブ系の強靭な喉を使ったパワー系テノールは存在したが、高く評価されたのは非パワー系テノールだったことが分かります。
一方デルモナコ以後の話となると、デルモナコ公演がソ連の観客に衝撃を与えたことから、ソ連当局はデルモナコの代わりになるテノールとしてAtlantovと同様のパワー系テノールZurab Anjaparidzeを登用するようになります。
・Zurab Anjaparidze(ジョージア)
https://www.youtube.com/watch?v=iCtLuSMy4cE
このデルモナコの公演とAnjaparidzeの登用との関係について語った記事があります。
http://facecollection.ru/people/zurab-andzhaparidze
DeepLの露日翻訳を使い読んでみると、一度Anjaparidzeはモスクワに行ったが採用されず、デルモナコ公演以降に改めて発掘されデルモナコの代わりとして活躍するようになったとあり、この記事から
①デルモナコに類似するテノールとしてAnjaparidzeがボリショイ劇場に採用されたこと、
②初めはAnjaparidzeが採用されることはなく、デルモナコ以降に改めて採用されたことからデルモナコ公演によってソ連のテノールの評価軸が変容したこと、またデルモナコ以前にはパワー系テノールは二流とされていたこと
の二点が推察されます。
その後デルモナコに衝撃を受けた当局は有望な若手声楽家をスカラ座にインターンシップとして送るようになりました。Atlantovもそうですが、他にも
Nikolay Timchenko(Николай Тимченко)(ウクライナ)
・https://www.youtube.com/watch?v=INbwyZiObMY
Anatoly Solovyanenko(ウクライナ)
・https://www.youtube.com/watch?v=AKEyJg_nUFo
がスカラ座に送られたようです。
一方でAtlantovと同世代でも、スカラ座に留学せずモスクワ音楽院を出て、コズロフスキーやレメシェフの系譜を継く歌唱をしていると推測される歌手も存在します。
・Konstantin Ognevoi(Константин Огневой)(ウクライナ)
https://www.youtube.com/watch?v=C559BjNfefM
・Denis Korolev(ДЕНИС КОРОЛЁВ)(ロシア)
https://www.youtube.com/watch?v=awQPOnNwyqY
このようにコズロフスキーやレメシェフの系譜を引き継ぐ歌手はAtlantov世代でも存在し、ボリショイ劇場やキエフ劇場でソリストとして活躍していたようです。
しかし知名度は圧倒的にAtlantovやSolovyanenko、Vladislav Piavko(https://www.youtube.com/watch?v=x9D-kvEGLvY)といったパワー系あるいはスカラ座で研修を受けたテノールの方が高く、また名誉称号の格で比較すると、AtlantovやSolovyanenko、Piavkoは最上級の称号であるソ連人民芸術家を授与されたのに対し、コズロフスキー・レメシェフ系のKonstantin OgnevoiやDenis Korolevは格下の称号しか授与されなかったことから、パワー系あるいはイタリアオペラの影響を受けたテノール歌手が優れているとする価値観が成立していたことが伺えます。
結論を言えば、デルモナコ公演によりソ連におけるテノールの価値基準が変わり、パワー系テノールがソ連テノール界の中心となり、以前のコズロフスキー・レメシェフの系譜は格下となったことが推測されるかと思います。
音楽の専門教育を受けたことがなく、歌唱を鑑賞する耳が鍛えられている訳でもないにも関わらず、このようなコメントを書いたことはかなりの勇み足であるかもしれませんが、KozlovskyとAtlamtovとの間に生じたソ連テノールの変化がデルモナコ来訪によるものだとする一つの説として、もし役に立つことがあれば幸いです。
長文失礼いたしました。
声楽鑑賞初心者様
非常に興味深いコメントありがとうございます。
デル・モナコの影響力はやはり計り知れないですね。
ただ、私としては、もしかしたら考え方は逆かもしれないなと思います。
逆と言うのは、ソ連は兎に角西側と距離を置いているように見えて、芸術の分野では西側より優れていることを求めたはずです。
だからこそ、宿敵米国のピアニスト、クライバーンがチャイコフスキーコンクールでトップになった時、死に物狂いで若手の育成に力を入れましたしね。
そう考えると、西側で影響力のあるモナコに負けない歌手をソ連が排出することに躍起になっても不思議ではありません。
ソ連国内での評価ではなく、西側で評価される歌手を生み出し、そしてアトラントフやガルージンのように一流歌劇場で歌った歌手を評価する。
これは自然な流れなのかもしれません。
それでも現在は、
dmitry korchakやMaxim Mironovみたいな、ロッシーニなんかも得意とする世界的な歌手を輩出してますし、ロシア系のテノールは、パワー系より、非パワー系にこそ優れた歌手がいるのは私も同じ意見ですね。
Maxim Mironovは素晴らしいですね!ソビーニンのアリアを聴いて軽やかに伸びる高音に惚れました。後にYuya様も肯定的に取り扱っていることを知ってむべなるかなと思いました。
Dmitry Korchakも素晴らしい歌手ですが、彼のレンスキーに関してはLemeshevやKozlovsky、Vinogradovの退廃的でメランコリックな妖艶さもあればなぁ…と思ったりします。
しかしそういう湿っぽい歌い方は現代では望まれないのかもしれませんね…
確かに非パワー系の方が魅力的な歌手が多いですね。特にソ連時代だと今の歌手と異なり個性的な歌手も多く面白いです。
確かにソ連は社会主義の優越性を示すために芸術面でも西側諸国を追い越すべく力をいれていましたね。
ただ、本当に優越性を示すならばソ連独自の声楽の価値観を西側諸国に普及させるべく尽力すべきでしょう。
しかしそうせず西側で評価されるテノール育成に邁進したのは、一つにはイタリアは声楽の本場でやはりソ連もイタリアに尊敬の念を抱いていており、ソ連独自の価値観を打ち出すのはさすがに恐れ多く感じていたのもあるでしょうが、他方にはロシアにはヨーロッパの後進国としてのコンプレックスがあり、優れた西洋の文物を渇望する伝統が昔からあることも一因でしょう。
ただしコンプレックスの性質上、表面的にはヨーロッパよりロシアの方が優れているという強気な態度を取ることもありますが。
この点は江戸時代までは中国を、明治時代以降は欧米を優れた先進国として憧憬する日本と似ているでしょうね。
歴史的に日本は「日本スゴイ」と「やっぱり日本はだめ。欧米(中国)を真似しなくては」の間を揺れ動いているのですが、ロシアも似たような事情でしょう。
デルモナコの圧倒的な公演でそういった西欧コンプレックスが見事に刺激されてソ連にもデルモナコを大量に生み出して西欧に追いつこうとパワー系テノールを量産したのでしょうね。
ちなみにソ連の有名声楽家には「世界一偉大な歌手だ、ロシアの誇りだ」というようなコメントが散見されますが、それに対して冷静に「イタリアの歌手を聴いたことある?」といったコメントが返信されていたりして微笑ましいです(笑)
あるいは、30s~50sのスターリン時代は西側諸国の文物が厳しく制限されイタリア人歌手の歌唱がほぼ全く聴けなかったのですが、フルシチョフの雪解けに伴い無菌室の状態に全く急にイタリア人の歌唱が流入してきて余計に衝撃的だったのかもしれません。
日本で言えば敗戦後にアメリカの文物が大量に流入してきて、戦前戦中には日本精神を叫んでいた国民がコロっとアメリカかぶれになったのと似ているでしょうね。
しかしいずれにせよソ連時代のテノールはコズロフスキー・レメシェフの伝統的系譜とAtlantovのスカラ座・パワー系の系譜の二つに大まかに分けられるように思われます。
改めて露語ウィキのボリショイ劇場ソリストの記事を参考にして、スカラ座で研修を受けたテノールで録音がYOUTUBEにある歌手を聴いてみたのですが、やはりソ連の伝統的テノールとは素人耳にも異なると思います。上のコメであげたパワー系テノールのPiavkoも改めて調べたらスカラ座で研修を受けていますし、他には
・Zurab Sotkilava(グルジア)
https://www.youtube.com/watch?v=JbYBczVZLRw
・Pavel Kudryavchenko(ウクライナ)
https://www.youtube.com/watch?v=FnSZvon3O8g
・Evgeny Raykov(ロシア)
https://www.youtube.com/watch?v=srXbq4ZiAJ4
がいましたがいずれもAtlantov的パワーテノールであるかと思います。
しかしスカラ座で研修した人がみなAtlantov的になるかと言うとそうでもないらしく、上コメであげたNikolay TimchenkoとAnatoly Solovyanenkoは例外であるように思われます。
Nikolay Timchenkoはロシア民謡の「黒いカラス」を情感豊かに気品あふれる歌い方で歌っており、Atlantov的歌手とは確実に異なると思います。
https://www.youtube.com/watch?v=SCX7M4piBXo&list=OLAK5uy_nGD5g7jFaqtmjTQaFuIGRZQIFt5tbvtkg&index=44
しかし非力押し系歌手であるせいかボリショイ劇場では短期間でしか活躍できず、チェルノブイリ原発事故での被曝の影響と呼ばれる体調不良で若くして亡くなったこともあり、Wikiも露語しかない忘れ去られた歌手となってしまいましたが、スカラ座のイタリア的歌唱とソ連の伝統的歌唱を上手く調和した歌手ではないかと個人的に注目しています。
ウクライナの英雄的歌手であるSolovyanenkoもAtlantov的パワーテノールとは一線を画す歌手である気がします。
Solovyanenkoはウクライナ民謡の名手でウクライナの歌唱文化の継承者とされることから、スカラ座とウクライナの歌唱文化を調和した歌手と言えるのではないでしょうか。
・Solovyanenkoによるウクライナ民謡Чорнії брови карії очі”
https://www.youtube.com/watch?v=pByCcfq1KW8
このようにスカラ座で研修を受けた歌手はAtlantovやPiavkoのようにパワーテノールになりがちですが、中には伝統的歌唱との調和を図った歌手も存在したと思います。
最後に、今までスカラ座=イタリア、伝統的系譜=ソ連(ロシア)という二分法で論を進めてきましたが、しかし仔細に考えてみますと、革命前のロシア帝国時代にはいわばお雇い外国人として、イタリアを始めとする多くの西欧人声楽教師が指導していはずです。
例えばSolovyanenkoの師匠はAlexander Korobeichenko(Александр Коробейченко)ですが、実はKorobeichenkoはベルギー人声楽教師の孫弟子でありイタリア式歌唱の系譜にあると言われています。
・Alexander Korobeichenko
https://www.youtube.com/watch?v=kmf-CZ9EKJM
バス歌手のMark Reizenはイタリア人声楽教師の Federico Bugamelli(Бугамелли, Федерико、イタリア人なのに露語wikiしか記事がありません)を師匠としました。
さらに言えば、テノールのソ連(「ロシア」)伝統的系譜の祖であるLeonid SobinovはСантагано-Горчакова, Александра Александровнаと Александр Михайлович Додоновに学びましたが、両名はいずれもイタリア人を中心とする西欧人声楽教師に学んでおり、Sobinovはいわばイタリア人歌手の孫弟子であると言えるでしょう。
結論を言えば、ソ連(ロシア)の伝統的歌唱もまたイタリアの影響を大きく受けているかと思います。
このようにロシアやロシア周辺地域の歌唱文化とイタリアの歌唱は複雑な関係があるようで、非常に興味深い論点かもしれません。
地方の方言は昔の都会の言葉という現象があるようですが、これと同様に以外と大昔のイタリアの歌唱を残しているのが周辺国ロシアの昔のテノールであり、それがSobinovなのかもと妄想したりしています。
長文失礼いたしました。つい考えたことを書いてしまう癖があり、悪癖だと自覚してはいるのですが…
声楽鑑賞初心者様
毎回貴重なコメントありがとうございます。
デル・モナコ的な、所謂メロッキメソードと声楽界隈で言われる歌唱法も、辿るとロシア人教師に行き着くという話を聞いたことがあって、
ベルカントを壊したのはモナコ的、つまりロシアのメソードがイタリアに入ったせいだ。
のような言い方をする人を時々見かけるのを文章読みながら思い出してしまいました。
ロシアとイタリアの歌唱様式には確かに関連性がありそうですね。
ただし、 Павел Кудрявченкоはパワー系ではないです。
この人は技術でこの声を出してます。
強い声だからパワーで押しているという訳ではないので、その辺りは聴き分けるのが難しいかもしれませんが、
響きのポジションが他に挙げて頂いた方とは明らかに違います。
演奏している映像が見つかったので、見てみましたが、本当に無駄な力の入っていない、リラックスした表情で歌っています
https://www.youtube.com/watch?v=GQExgYq3gB8
ウクライナ人歌手は調べれば調べる程レベルの高い歌手が多いことがわかってきましたので、
今、バス編特集の動画を作成していますので、お待ちくださいませ!
ロシア系の歌手の系譜については詳しい方が周りにいなかったので、本当に毎回貴重な情報を頂き感謝です。
もう一点、力押しか否かの問題で一つ質問があるのですが、Pavel Lisitsianは強い声ですが力押しでしょうか?
Pavel Lisitsian(映像)
https://www.youtube.com/watch?v=_66VeWHtlEI
個人的にはHvorostovskyよりも軽やかになめらかに歌っていますし、声もより圧を感じないマイルドな感じがしますので決して力押しではないと思っていますが。
Hvorostovskyは昔は好きだったのですが、最近は強い圧が耳に障り、また確かに美声かもしれませんが抑揚を付けず一本調子で歌うことも多々あり、すぐ食傷気味になりがちなので最近は好みではありません。彼は祖国に対する思いが強くてロシア歌曲を積極的に録音していたことは本当にありがたいのですが、、、
・Hvorostovsky
https://www.youtube.com/watch?v=S2sdnuPmThg
ちなみにHvorostovskyはインタビュー記事でLisitsianが最も尊敬するバリトンであり、しかも友人であると答えています。いわばHvorostovsky系パワーバリトンの祖の一つですが、Lisitsianは力押しじゃない端正な印象を個人的に感じます。
最初に書いたコメントが反映されていないようですが、もしかして送信ミスでしょうか?
(何度も申し訳ありません)
ソ連のエレツキー歌いでLisitsianやHvorostovskyと対極的な歌い方をしたと思われる人にエストニアのGeorg Otsがいます。ソ連時代に一世を風靡した歌手だそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=8MpmavKUsfA
美しく柔らかい声のように感じます。上の動画の3:20~3:35の声はまろやかすぎて、もはや官能的でエロティックだと感じます。この人はさすがに力押しじゃないですよね。
Otsはフィンランドでも人気でアキ・カウリスマキ監督の映画に結構サウンドとして使われていますし、コロナ禍初頭の2020年春にフィンランド警察が市民に呼びかける動画で警察所属の歌手がGeorg Otsの持ち歌を歌ったりしてました
・フィンランド警察による”Я ЛЮБЛЮ ТЕБЯ, ЖИЗНЬ”(「人生よ、お前を愛す」)
https://www.youtube.com/watch?v=wAvr7fcVJBE&t=0s
Georg Otsによる”Я ЛЮБЛЮ ТЕБЯ, ЖИЗНЬ”(ライブ映像)
https://www.youtube.com/watch?v=5G0kyPe7TZ8&t=54s
デルモナコもロシア的要素がある可能性があるんですね!
デルモナコがソ連のテノールに影響を与えたと仮定すると、ロシアがイタリアのベルカント的歌唱を破壊して、そしてデルモナコが大元のソ連のテノールを変容させる。本当に奇妙な相互作用です。イタリアとロシアの歌唱文化の関係は全く複雑怪奇ですね。
ひょっとするとパワーとデシベルで見せる歌唱は声楽を趣味としない普通の人(秋川雅史で感動する人)にとって分かりやすく、従って集客も用意でしょうから興行主やスポンサーに好まれやすいのかもしれません。
拝金主義と商業主義の総本山アメリカの顔であるMETが大声大会になっているのもそういうことなのかもしれません。
一般人のオペラ歌手のイメージは大声ですからね…
あとヴィシネフスカヤの『ガリーナ自伝』で書かれていたことですが、ソ連のボリショイ劇場には地方のお偉いさんの団体旅行で見に来る人が多く、芸術的センスがない彼らにもわかりやすい大袈裟で田舎臭い歌唱に変化していった旨が書かれていました。
そう考えるとボリショイ劇場が一般人にも分かりやすいパワー主義になっていたのも当然なのかもしれません。
ちなみに、歌唱も演技も大袈裟すぎて田舎臭い、ボリショイ劇場で撮影されたAtlantovのゲルマンのアリアがあまり好きではなかったのですが、なるほどそういうなのかだと納得しています。
1992年の映像だとマシになっていますし。
https://www.youtube.com/watch?v=IH8uX5AtzFk
Павел Кудрявченко、改めて聞き直したら確かに声の響きが全く違いますね。彼に比べるとSotkilavaやRaykovの声は単調でしかも何か尖った圧力を感じます。やはり耳の訓練がないと思い込み(スカラ座訓練組=パワー)と勘違いで判断してしまうようです…
リンクを貼っていただいた”Ночи безумные”の歌唱は素晴らしい!
声種は違いますが、強い声ながら端正に歌っている点でアルメニア人バリトンのPavel Lisitsianの歌唱を思い出しました。
https://www.youtube.com/watch?v=Kt3RMQXhpRk
自分の耳の至らなさを恥じるとともに、勉強になりました!
ウクライナは本当に未発掘の鉱山だと思います。ロシアもそうですが、今までは冷戦、言語、CDやレコードが無い、といった障壁で日本国内でなかなかウクライナの歌手を知ることは難しかったです。
手元の『栄光のオペラ歌手を聴く!』という名歌手ハンドブックにもロシア圏の歌手の扱いは貧弱で、ウクライナにいたってはロシアの項目にコズロフスキーやコチェルガ程度しかありません。
しかし今はYOUTUBEで調べたり、ロシア語版・ウクライナ語版Wiki記事をグーグル翻訳やDeepL翻訳で読んでいけばウクライナやロシアの歌手を簡単に詳しく知ることができますから、良い時代になったものです。
ボリショイ劇場のソリストについての露語Wiki記事を利用すればすぐにソ連の有名声楽家をある程度網羅できます。
何か役に立つかもしれませんから、ロシアやウクライナの素晴らしい歌手の動画をアップしているサイトを紹介しておきます。
・Суховей Сахарський
https://www.youtube.com/c/%D0%A1%D1%83%D1%85%D0%BE%D0%B2%D0%B5%D0%B9%D0%A1%D0%B0%D1%85%D0%B0%D1%80%D1%81%D1%8C%D0%BA%D0%B8%D0%B9/featured
ソ連の有名声楽家が歌ったオペラアリアやロマンス歌曲、西側の歌曲をアップしています。Atlantov世代というよりもSobinovやKozlovsky世代の録音が中心です。
・Viktor Ostafeychuk
https://www.youtube.com/c/ViktorOstafeychuk/featured
前にも紹介しましたがウクライナの知られざる有名歌手をアップしています。Kozlovsky世代からSolovyanenko世代まで網羅しています。
・MArhivist
https://www.youtube.com/user/MArhivist
ボリショイ劇場の歴代ソリストを中心に過去のロシアの有名歌手をアップしています。なかなか録音が残っていないボリショイ劇場ソリストの録音もアップしていて興味深いです。
・Советская Музыка
https://www.youtube.com/c/%D0%A1%D0%BE%D0%B2%D0%B5%D1%82%D1%81%D0%BA%D0%B0%D1%8F%D0%9C%D1%83%D0%B7%D1%8B%D0%BA%D0%B0
コメで書いたようにソ連の二線級ソリストは録音が残っていないことが多いのですが、赤軍合唱団には二線級ソリストも数多く在籍していて録音も多く残っているので、二線級ソリストの特徴という観点からソ連圏の歌唱を考察する際に役に立つと思います。
ちなみにソ連時代の赤軍合唱団はソ連を象徴する軍隊の顔ということで、結構金銭的・人材的リソースを入れられたことから優れたソリストも在籍しており、また、優れた人材がボリショイ劇場に移籍したり、あるいはボリショイ劇場から格下げで赤軍合唱団に移籍するなどボリショイ劇場とのつながりが結構強かったりします。
優れたソリストの代表例としてはボリショイ劇場に移籍後、Varlaamが当たり役になったArtur Eizenやテノール歌手のコンスタンティン・リソフスキー、Georgi Vinogradovなどでしょうか。
Artur Eizen
https://www.youtube.com/watch?v=FwNGBjYOxN4
コンスタンティン・リソフスキー
https://www.youtube.com/watch?v=ZJuqXRy8Ijk
Ivan Bukreev(個人的に、個性的なかわいい声と、ひふみんのような愛くるしい見た目で好きだったりします)
https://www.youtube.com/watch?v=BvuKZwm5hN0
民謡等も積極的に歌い、西欧ではコンサートも結構人気(バチカンで演奏してパウロ二世に称賛されたことも)だそうですから間違いなく赤軍合唱団はソ連の声楽文化の一つと言えるでしょう。
・赤軍合唱団ソリスト、バスバリトン歌手レオニード・ハリトノフ氏のサイト
https://www.youtube.com/c/LHaritonov/videos
こちらも赤軍合唱団の動画をアップしてますが、公演等の動画が中心です
何分ロシア歌曲好きが周りにあまりいないのでつい熱く長く書いてしまいました。申し訳ありません。しかしこれらの情報が何か訳に立つことがあれば幸いです。
余談ですが 中国絵画の世界では、職業画家が描く技巧的な北宗画と、素人である文人が描く南宗画(文人画)との二種類に大まかに分けられるのですが、以外にも中国で伝統的に高く評価されていたのは南宗画なんです。
すなわち北宗画は技巧に過ぎず卑俗であるが南宗画は描いた人物の人格・高潔さが反映されて高雅であるから優れているとする考え方です。
伝統的に中国ではものをありのままに描く写実主義は低く見られ、目の前の山水ではなく胸中の山水を描くとの言葉に表現されているように、そのものの持つ気(本質)を活き活きと描く気韻生動が重視される写意主義が絵画の規範であった歴史もあります。
ただ、技巧がないとつくね芋山水画のような意味不明な絵になる訳です。しかし技巧だけの絵は卑俗という中国絵画の視点は色々と考えさせられます。技巧的に優れていても全体として良くないように見える歌唱というのは存在するそうですし、あるいは技巧的には普通でも何か人を惹きつける何かがある歌唱も存在すると聞いたこともあります。
もしそうならば結局、中国絵画における気韻のような何か全体的な要素が関わっているのかもしれないし、技巧というのも、それだけでは人を嫌にさせる要素が技巧内に多少内在するのかもしれない。
芸術一般において技巧と技巧以外の+αとの関係を考えるにあたって中国絵画の思想は役に立つのではないかなぁと素人ながら妄想しております。
長文失礼しました。
やっぱりスラブ系はまずバスですね。ウクライナは私の好きなバス歌手Boris Gmyriaが活躍した国ですので動画楽しみにしています‼