リリコ・スピントテノールの新鋭 Sergei Ababkinの潜在能が凄い件について

Sergei Ababkin(セルゲイ アバブキン)1991年、ロシア生まれのテノール歌手

2017年までロシアのthe vocal faculty of the St. Petersburg State Conservatoryで学び、
2017年・18年ハンブルク歌劇場の研修所で研鑽を積み、その後2020年までスカラ座の研修所にいたというのですから、まだ大きな劇場での経験があるわけではないようですが、それでもその声には驚かされるものがあります。

ちなみに出演している劇場は、ジェノヴァ、ブルガリア、韓国のようです。

まだ30歳になったかどうかという年齢から考えると、非常に高い発声技術で強い声を出していて、勢いで高音を押す感じがないことは傑出していると言えると思います。

 

 

 

チャイコフスキー エフゲニーオネーギン Куда, куда вы удалились

まだ響きの豊かさには物足りなさを感じるものの、真っすぐに喋るように歌うことができているのが実に素晴らしいです。

こういう派手さがないアリアは、とりあえず高音が決まれば喝采が貰える訳ではないので、
チャイコフスキーの書いた美しい旋律が引き立つようなフレージングが大事になってきます。

このアリアを良い声だけに頼ってうたうと以下のような感じになります。

 

 

 

アトラントフというちょっと前にオテッロなんかを歌っていたドラマティックテノールですが、
アバブキンより凄い声であることは間違えないですが、このアリアを上手く歌えているのはどちらかを考えると意見が分かれるのではないかと思います。

勿論私はアバブキンの歌唱を支持します。
高い音圧の強い声で歌っても、このアリアが持つ荒涼とした空気管は出てきません。
ロシアの伝説的なテノール歌手、イヴァン・コズロフスキーという歌手の演奏がその答えを与えてくれていると私は考えています。

思えば1990年代は、ガルージンやこのアトラントフといったパワー系テノールが活躍していて、バリトンもホロストフスキーが大活躍していたので、ロシアの歌手=強い音圧で歌うというイメージでしたが、実際のところはそんなことはなく、戦前のロシアのテノール歌手はコズロフスキーみたいな感じだったというのを考えると、アバブキンみたいなタイプこそロシアの伝統的なテノールの歌唱法なのではとも思えてしまいます。
ちなみにコズロフスキーの演奏は以下です。

 

 

コズロフスキーは現在の発声に慣れた耳には多少違和感を感じるかもしれませんが、
アトラントフとは真逆で、全く力みのない、細く繊細な呼吸で響きをコントロールする技術には感嘆するしかありません。
この響きの方向性で、現代的な立体感を持たせた声で歌っているのがアバブキンではないかと思います。

 

 

 

グノー ファウスト alut, demeure chaste et pure

レンスキーがいつの録音かはわかりませんが、こちらは今年の演奏です。
高音の響きが格段に豊になっていることに驚きます。

低い音域では多少詰まった感じと言えば良いのか、上半身だけの響きになってしまっていると言えば良いのか、声が痩せてしまうことがあるのですが、
Gより上になると開放感が増していって、ハイCも実に見事なもので、
軽さと強さと輝かしさのある高音は実に魅力的です。

ここまで技術があるのであれば、もっとディナーミクがつけられても良さそうなものですが、
レンスキーのアリアでも高音のピアノの表現は聴かれないので、もしかしたらその辺りが課題なのかもしれません。
それでも、一本調子な歌唱に聴こえないのは、ただ良い声で歌っているのではなく、言葉で歌うことができているからでしょう。

 

 

 

プッチーニ トゥーランドット Nessun dorma

この曲の高いAの音やHの音で、ここまでレガートで力強く、それでいて声が重くならずに歌える歌手が今までどれだけいただろうか?

カラフを歌うには声の線は細いかもしれませんが、このアリアの演奏としては大変素晴らしいと思います。
誇張表現がなくて、力で押した声でもないのに輝かしい高音を響かせる。
「誰も寝てはならぬ」は高音を叫ぶように歌う人が多すぎて辟易することが多いのですが、
オケは静寂に満ちた実に美しい響きで、そのオーケストレーションと相反しない歌唱をしないといけないと私は考えているので、アバブキンの歌唱スタイルは理想的だと考えています。

この演奏でまだ30歳になったかどうかという年齢だということを考えると、数年後にどんな歌手になるのか本当に楽しみです。

まだYOUTUBE上にも音源が少ない歌手ではありますが、
その限られた音源からでも非常に高い可能性を感じさせてくれます。

2017年には韓国でボエームに出た経歴があるので、日本にも来る可能性は十分あると思いますので、今後の活動には注目していきたいと思います。

 

 

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