Juliane Banse(ユリアーネ バンゼ)
この人については過去記事にしたことがありますので詳細はそちらを参照頂くとして、
最近の歌手は何でも器用に歌える人が多く、その分十八番と言えるレパートリーを持っている人は、それこそワーグナー歌手やバロック音楽を得意としている人、あるいはヴェルディバリトン、ロッシーニテノールのような需要と供給のバランスから考えて供給が少ないごく一部のタイプで第一人者となっている人だけなのではないかと思います。
そういう意味で、ドイツリートのスペシャリストは現在あまりいないように思います。
勿論プレガルディエンやゲルハーヘルといった歌手はいますが、ソプラノでは正直ぱっとは思い浮かぶのはchristiane kargくらいかな・・・。
勿論オペラもリートでも高い水準で歌えるadrianne pieczonkaや、anne schwanewilms(後若い頃のダムラウ)のような歌手はいますが、リートのプロの歌唱はただ上手いだけでなくて、その人独自の世界をもって歌の世界が構築されている感じがあります。
今回紹介する演奏会は、バンゼのそんな超一流のリート歌手としての凄さを伝えるものとしてとても貴重な音源だと思います。
◆関連記事
高貴で深みのある響きを持つ稀有なソプラノ Juliane Banse
Juliane Banse | Ben Kim – GUSTAV MAHLER MUSIKWOCHEN 2014
<プログラム>
– Robert Schumann – Lieder op. 90 —
00:00 Lied eines Schmieds
01:20 Meine Rose
04:27 Kommen und Scheiden
05:48 Die Sennin
07:41 Einsamkeit
10:59 Der schwere Abend
13:41 Requiem
— Gustav Mahler —
18:25 Des Antonius von Padua Fischpredigt
22:17 Rheinlegendchen
25:19 Wo die schönen Trompeten blasen
31:52 Erinnerung
34:30 Lob des hohen Verstandes
37:24 Frühlingsmorgen
39:27 Wer hat dies Liedlein erdacht
— Henri Duparc —
41:50 Chanson triste
45:13 Le Manoir de Rosemonde
47:43 Extase
50:38 L’ invitation au voyage
— Arnold Schönberg – 4 Lieder op. 2 —
55:11 Erwartung: “Aus dem meergrünen Teiche”
58:22 “Schenk mir Deinen goldenen Kamm”
01:01:27 Erhebung: “Gib mir deine Hand”
01:02:33 Waldsonne: “In die braunen, rauschenden Nächte”
— Gustav Mahler: Rückert-Lieder —
01:05:44 Ich atmet’ einen linden Duft
01:08:30 Liebst du um Schönheit
01:10:42 Blicke mir nicht in die Lieder!
01:12:05 Ich bin der Welt abhanden gekommen
01:18:28 Um Mitternacht
01:24:20 Hast gesagt, du willst mich nehmen
01:25:51 Ringel, Ringel Reih’n
全部の曲を細かく見ていく訳にはいかないので、
オススメを挙げるなら、やはりリュッケルトの詩による歌曲でしょう。
1:05:44~1:24:00
その中から1曲「Ich bin der Welt abhanden gekommen」を使って凄さを詳しく診ていきたいと思います。
【歌詞】
Ich bin der Welt abhanden gekommen,
Mit der ich sonst viele Zeit verdorben,
Sie hat so lange nichts von mir vernommen,
Sie mag wohl glauben,ich sei gestorben!
Es ist mir auch gar nichts daran gelegen,
Ob sie mich für gestorben hält,
Ich kann auch gar nichts sagen dagegen,
Denn wirklich bin ich gestorben der Welt.
Ich bin gestorben dem Weltgetümmel,
Und ruh’ in einem stillen Gebiet!
Ich leb’ allein in meinem Himmel,
In meinem Lieben,in meinem Lied!
【日本語訳】
私はこの世に忘れられた。
私はこの世とともに多くの時間を費やしてきたが、
今やこの世では私の事を聞かなくなって久しい。
私は死んでしまったとこの世では思っているだろう。
この世が私が死んでしまったと思っても、
私には関係ないことだ。
またそれに対して否定もできない。
それは私がこの世から本当に死んでしまったからだ。
私はこの世の喧燥から死んでしまい、
静かなる地で安らいでいる。
私はひとりで己の平安のなかに、そして
己の愛と歌のなかに生きている。
まず何と言っても素晴らしいのが母音の持続力。
歌いだして直ぐの「Mit der ich sonst viele Zeit verdorben」という歌詞の部分はかなり難易度が高くて、この一節を聴き比べるだけでもバンゼの実力がわかります。
手始めに、リート歌手として恐らく最も日本では名実共に最高と考えられているシュヴァルツコップの演奏
バンゼ(1:13:25~)
シュヴァルツコップ(1:13~)
Schwarzkopf
それっぽくごまかしていますが、「viele Zeit verdorben」の「Zeit」や「dor」で響きの質が乱れ、特に「verdorben」という単語ではなく、「ver」と「dorben」で別れているかのように聴こえてしまいます。
一方のバンゼは、音程の変化なんて存在せずに真っすぐ喋っているかの如き滑らか、且つ均一な響きで、「sonst」という言葉も、語尾の「st」がシュヴァルツコップは減衰してしまっているのに対して、バンゼは勢いを失わずに、子音をむしろレガートを引き立たせる推進力として処理しています。
続いてソプラノではありませんがオッターの演奏
Anne Sofie von Otter
13:44~
オッターも大変素晴らしい演奏なのですが、
これはメゾということを考慮せずに言えば、
途中までは理想的な響きで歌えていながらも「Zeit verdorben」の「Zeit」で微妙に響きが落ちるんですね。
ついでに次ぎのフレーズ「Sie mag wohl glauben,ich sei gestorben!」も比べてみましょう。
オッター(14:38~)
バンゼ(1:14:10~)
オッターは「gestorben」という単語の「ge」で響きが鼻寄りに入って、その後の声が広がりのないピアノになってしまい、下行音型でも響きがどんどん鼻に入っていってしまうのですが、バンゼはしっかり響きが抜ける上に下行音型でも太くなったり籠ったりせず、絶妙なコントロールを聴かせています。
オッターの歌唱でも十分上手いのですが、はっきり言ってバンゼが上手過ぎる!
もしこの曲でバンゼが失敗している部分があるとすれば、
一番最後の「In meinem Lieben」(1:17:05~)の入りの「In」
ここは掠れているのがわかるので、誰の耳にも失敗したことは明らかではありますが、
原因を考えるならば”i”母音に対して太く息をだしすぎて”e”に近くなっていて、珍しく喉が上がり気味になってしまったため、続く「meinem Lieben」でも持ち直すことができなかった。
とは言え、一通りリュッケルトリーダーを聴いてミスらしいミスはここだけしかわかりませんでした。
この歌曲の最後の「Um Mitternacht」では、低音でも全く太く重く発音が籠ることなく、まるで高音を響かせているかのように透明感のある声と明確発音を聴かせており、圧巻という言葉しか出ない演奏を聴かせているので、軽い声でありながらも強いソプラノの中音域の響きがどうあるべきかの参考としても非常に有用な演奏ではないかと思います。
コメントする