Ying Fang(イェン ファン)は中国生まれで、現在米国を中心に注目を浴びているソプラノ歌手。
まだ30歳手前で、今後世界的に注目されるスター歌手になる可能性を秘めている。
中国国内、及び米国でも色々とコンクールを取っているようで、ジュリアードやメトでも勉強しているようなので、
まさにエリートコースを歩んできた歌手と言えるかもしれない。
だが、そんなキャリアとは裏腹に、歌唱は至ってシンプルで、
超絶技巧を聴かせることを売りにするでも、規格外の声を持っている訳でもない。
そこが彼女の注目すべき部分でもある。
イェン ファンの素晴らしさはこの映像を見れば一発で分かると思う。
伯爵夫人を歌っているLayla Claireとの違いこそ、昨日の記事などで度々書いている、
響きの高さやレガートが出来ているか否かの差である。
伯爵夫人の歌唱が 音の跳躍で喉を押したり、セリフが全く滑らかではなかったり、
響きが音程や発音によって変わってしまっているのに対して、
イェンは全てが一本の線で繋がっているかのように滑らかで響きが一段も二段も上にある。
そのため、この伯爵夫人とでは声がハモらないという現象が起こってしまう。
“Ying Fang sings with exquisite simplicity and directness”
と書かれているが、これを日本人歌手目指さなければならない。
メトに夜の女王で出演した!ということだけで現在やたらもてはやされている歌手と比較してみると
森谷 真理
2017年 二期会の蝶々夫人 フィナーレ
一応もっと古い映像も聴いてみると
2012年頃の演奏 Nicola Porpora Salve Regina
マーラー 交響曲4番(ソプラノソロ部分の一部)
高いポジションで軽く歌う。
ということの重要さが、森谷とイェンを比べるとよくわかるのではなかろうか?
森谷の方が明らかに太く重く、奥のポジションで歌っているが、
これが良い意味で深い響きだとは感じないだろう。
逆に、イェンは軽く歌っていて、低音まあまり響かせていないが、
スカスカで下が出ない。という印象は持たないはずだ。
重要なのは、響きの質やポジションが音域によって変わらないことである。
とは言っても、イェンもまだまだ、鼻に入りそうなところで、完全に響きが安定したところにハマっているとは言えない。
それでもまだ30歳手前ということを考えれば、今後が楽しみである。
今後の課題として、先ほど鼻に掛かることがあり、まだ完全に正しいポジションで歌えている訳ではない。
と書いたが、どう完全じゃないのかを聴き比べて頂きたい。
チェリル スチューダー
この響きの質の違いは、イェンがまだ鼻の裏辺りに響きが当たっており、
その影響で発音によって響きの質が変化してしまっている。
顕著なのは「dona eis」なので、
二人の演奏でどう響きが違うかに注目して欲しいのだが、
普段から響きが鼻に掛かってしまっていると”dona”は真っすぐに歌えずに、
”na”で響きが落ちるのである。
これを回避するために、響きを鼻腔やその周辺の点で当てるのではなく、
上顎を面として響かせる必要がある。
スチューダーはワーグナー作品まで歌った人なので、
人によってはドラマティックソプラノなどと書いている記事まで見たことがあるのだが、
夜の女王を歌ってた頃~現在までリリックで真っすぐな響きは何も変わっていない。
いずれ別途記事を書こうとは思っているが、興味のある方はCheryl Studerの歌唱を色々聴いてみると参考になるだろう。
軽い役~かなりドラマティックな役を伊独双方のオペラでこなし、
歌曲も伊仏独の作品を器用に歌うことができる稀有な歌手である。
イェンに話を戻すが、
今回紹介したのは全て2018年の演奏である。
こちらを聴いてみると、2017年はもっと喉を押し気味で硬い響きだったのが、
2018年マーラーやフォーレでは喉を押すような硬い響きはなくなっている。
この進歩を考えて、今後スター歌手になれる可能性があるのではないか?
と考えている。
懸念材料は
今年シカゴ リリックオペラのドン・ジョヴァンニにツェルリーナ役で出演するようだが、
周りが
Rachel Willis-Sørensen(ドンナ・アンナ役)
Amanda Majeski(ドンナ・エルヴィーラ役)
この通り、周りの先輩方はパワーで押すタイプばかりとあって、
過酷な環境で自分の歌唱を見失わずに進化し続けることは容易ではない。
これからも「 exquisite simplicity 」な歌唱を続けていけるのか、
色々な意味で、イェン ファンには注目したい。
[…] この人は、アジア人歌手の中でも特に私が注目していた歌手で、 三年前に注目歌手としても記事にしていました。 […]