Maria Agresta(マリア アグレスタ)は1978年イタリア生まれのソプラノ歌手。
30代にして有名劇場でイタリアオペラのリリコ~かなりドラマティックな役までを歌っており、
現状イタリアの若手~中堅ソプラノ歌手では一番売れてる歌手の一人と言えるのではないだろうか?
具体的には2011年にトリノ王立歌劇場で歌ってから、ヨーロッパ各地の有名劇場、2016年にメトと、
スター街道まっしぐらと言っても良いだろう。
一方で私は記事の中でイタリア人のソプラノについて、現状あまり上手い歌手がいないことを度々書いてきたが、
この人への言及は保留してきた。
理由は声には魅力があるのだが、楽器の性能に頼った歌い方で、良いイタリア人ソプラノらしさは感じられなかったためだ、
要するに、40歳を過ぎて全盛期を迎えるのか落ち目に入るのか、この辺を個人的に見極めたかった。
しかし今年の演奏を聴いて今後への期待感が高まったので記事にしようと思う。
2011年(33歳)
ベッリーニ ノルマ Casta diva che inargenti
30代前半で歌って良い曲ではないのだが、
持っている声が素晴らしいので歌えてしまっているのだが、
とは言え、響きが全体的に低く、中低音が特に暗く重い音色になってしまっている。
レガートもまだまだ不完全で、”a”母音がやや鼻に入り気味なのも気になる。
それでも、持っている声や技術は30代前半とは思えないレベルなのは間違えない。
2013年(35歳)
ヴェルディ トロヴァトーレ
高音のピアノの表現の美しさは見事ながら、やはり中低音で声が揺れてしまったり、響きが落ちてしまう。
それでも、若いながらも全体をピアノで表現するような曲は非常に丁寧に歌うところは素晴らしい。
2014年(36歳)
ヴェルディ 椿姫 Sempre libera
この通り、本来はそんなに重い声ではない。
本当に持ってる声が素晴らしく、上の抜け方も見事なだけに、
余計に高音とそれ以外の音で響きが分離してしまうのが勿体ない。
この曲では高音やアジリタが決まれば、そこまで中低音を捨てても問題はないのかもしれないが、
レッジェーロ~リリコレッジェーロの役柄ではなく、リリコ~スピントな役柄をメインに歌う歌手としては軽視できない問題だ。
こちらが同じ2014年のプッチーニの演奏。
全ての音にアクセントがついているかのように一つ一つの音を強く歌い過ぎてしまう。
高音は素晴らしいのだが、それでも若干硬さがあり、音単体での素晴らしさは絶品だが、
フレーズとしての処理ができているとは言えない。
言い方が適切かはわからないがもっと声を捨てなければならない。
ガウチの歌唱と比較して頂ければ言いたいことが少しは伝わるだろうか。
Miriam Gauci
アグレスタは音単体は常に素晴らしいのだが、全体のバランスから考えれば、
どれも同じような音質、フレージングで、ひたすらメインディッシュが出される感じの歌唱
一方のガウチは常に流れの中で音楽を処理しているので、音単体ではなく、フレーズの中でディナーミクも自然とついている。
2017年(39歳)
ヴェルディ オテッロ Salce, Salce・・・Ave Maria
上のアンジェリカでは発声の硬さが分かり難かった方も、
この曲ではよくわかるのではないだろうか?
響きの高さはあるのだが、柔らかさや深さがなく、同じ音で喋る時に喉を押している。
それ所か、以前まで綺麗に抜けていた高音でも押したような硬い響きになってしまっていて、
聴いているのが辛いレベルの演奏になってしまっている。
今まではこんなに子音も雑に発音していなかったし、何か新しいスタイルを模索しているのか、
それともフォームを崩したのか・・・。
正直この演奏を聴いた時は、近々喉ダメにするんではないか?という懸念すら抱いたが、
とりあえず言えることは、健康的な声ではあるので、ステロイド常用による変化ではないのは確かだ。
2019年(40歳)
ドニゼッティ アンナ・ボレーナ Piangete voi… Al dolce guidami… Coppia iniqua
2017年のデズデーモナのアリアとは別人のようである。
アリアに入ってからのレガートは今までには聴けなかったものであり、
高音のピアニッシモの質も、フレーズの中で自然と処理できるようになり、
技術だけを見せつけるようなものではなく、アグレスタの歌唱の中に技術が昇華されている。
40歳手前で落ちたかに見えたが、ここにきて一気に伸びた。
一体彼女に何が起こったのか気になるところだが、レパートリーをヴェルディのスピントな役から、
ドニゼッティのセリア作品に切り替えたのは賢い選択と言えるかもしれない。
まだ中低音では強い声を出す時に多少詰まった感じの響きにはなっているおのの、
かなり流れるようになってきたし、ただ良い声を響かせるだけの演奏からスタイルが変わってきた。
この調子であれば今後も非常に楽しみである。
今後も暫くはドラマティックな役よりワンランク軽いものを選んで歌っていってほしい。
そして、高音の響きの高さ、ピアニッシモの美しさは現在のソプラノでも屈指なので、
今後もこの長所を最大限に生かせる演奏スタイルを確立していってほしいものである。
CD
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