Nikoloz Lagvilava (ニコロス ラグヴィラヴァ)はグルジア生まれのバリトン歌手で、
グルジアとドイツで声楽の勉強をした後、スカラ座の研修所でも研鑽を積み、
その後2010年前後からヴェルディ作品を中心に活躍している。
声そのものには華があるわけではないが、堅実にヴェルディ作品を歌える希少な歌手である。
ヴォータンのような声でヴォルフラムを歌うとこうなるのか。
というのが楽しめる演奏というだけで紹介したのだが、
ヴェルディバリトンでも、こういう曲を歌うときには無駄なヴィブラートもポルタメントもなく歌えているのを見ると、
やはり様式感を踏まえて演奏できているし、技術がしっかりしているのがわかる。
歌詞を間違えたのか発音の問題なのか、そういう発音の部分で気になった所はあったにせよ、太い声でもこういう表現はできることがわかる。
この演奏は素晴らしい。
大抵上のFの音(この曲の最高音)は勢いとパワーで出す歌手が大半なのだが、
ラグヴィラヴァは余裕で楽々出している。
しかも声量は凄そうだが、決して力んでいない。
このアリアの出来としては現代トップクラスの演奏をしていると言って良いと思う。
一応バリトンということだが、響きは完全にバスバリトンになるのだろう。
ソプラノ Irine Ratiani
ラグヴィラヴァのポジションは完璧である。
全部の発音が”i”母音のような鋭さと明瞭さのあるところで発音できていながら、
声はそのものは奥行のある深い響きになっている。
ラグヴィラヴァと比較するとアイーダ役のラティアーニは中音域で詰まり気味の声になってしまうのがよくわかる。
結局、発音は前でありながら、響きには深さがないと言葉をレガートで歌うことができない。
そして言葉を前でさばくためには、決して詰めたり押したりしてはいけないのだが、それが分かっていても出来る歌手はごくわずかしかいない。
この人の声はやはりリゴレットが一番合う。
何かと勢いで歌われることが多いアリアも大変丁寧でありながら、深い悲しみや怒りが込められた演奏で、
表面的に吠え散らかす怒りの表現とは違った味わいがある。
現代のリゴレット歌いと言われるルチッチより遥かに優れていると私は考えている。
Zeljko Lucic
ルチッチは響きが正しいポジションにないので詰まったように聴こえてしまう。
確かに上手さはあるのだが、開いた声ではないので、ヴェルディを歌うバリトンとしては物足りなさがある。
それに比べてラグヴィラヴァは全て開いて前に響きが集まっているので、
しっかりイタリア的なティンブロがある響きである。
リゴレットのフィナーレで最後に音を上げてないのはちょっと残念だが、
そういう所も含めて、声に似合わず楽譜に堅実に歌うというのは良いことではある。
この声の鳴りと、キャリアの初めはドイツで声楽を学んでいたことも加味すれば、
そのうちヴォータンやオランダ人、ローエングリンのテッラムント、サロメのヨカナーン辺りも歌うのではないか?
という期待、というか願望のようなものが頭をよぎる。
シュトルックマンの演奏と比較しても遜色ない声なのだから無理もなかろう。
Falk Struckmann
近年のワーグナーバリトンの中でも間違えなく最高レベルのシュトルックマンの声と比較しても聴き劣りしない。
これだけの逸材が全く日本で無名にも等しいというのは実に勿体ない。
グルジア(ジョージア)は人口500万人弱とのことだが、
それでも近年素晴らしい歌手を沢山排出している。
一番有名な歌手は、恐らくメゾソプラノのAnita Rachvelishviliだろう。
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この国にもトビリシ国立歌劇場というのがあるようなので、
またの機会にグルジアの声楽事情も調べてみようと思う。
こうやってみると、1億人以上人口がいる日本から世界的な声楽家が中々排出されないのは、
ますます教育の問題としか思えなくなってくる。
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