「ヘルデンテノールはベルカントで歌う」と語ったテノールJean Cox

Jean Cox(ジーン コックス)1922~2012は米国人のテノール歌手。

第二次世界大戦では米国のパイロットの経験もあるような人でしたが、米国ではそれほど活躍しておらず、ドイツを中心に活躍しバイロイトで没している生粋のヘルデンテノールです。

バイロイトにはなくてはならなかった歌手でしたが、
ヘルデンテノールの歴史を語る上であまり重要視されることのない印象の歌手でもあります。

しかし、米国ではそれほど評価されていなかったようですが、コックスがいかにヘルデンテノールとして偉大だったかは経歴を見れば明らかなので、ここで少し説明しておきたいと思います。

まず、コックスは伝説的なヘルデンテノールのマックス・ローレンツにミュンヘンで指導を受けています。
1951年にボストンでチャイコフスキーのエフゲニー・オネーギンのレンスキーを歌ってデビューしてから、
1996年にマンハイムでRシュトラウスのエレクトラのエギストを歌ってで引退するまで、
ワーグナー作品を中心としたドイツ物、イタリア、ロシア作品のドラマティックな役から、ヒンデミットのDas lange Weihnachtsmahl (長いクリスマスの会食)の初演や、ブリテンの作品のような近現代作品まで幅広いレパートリーを歌っていました。

更にワーグナー歌手の育成にも力を注いでいました。
ワーグナーの演奏や若手の育成などについてのインタビューで、私が個人的に心に留まった発言をピックアップしてみます。
※歌を勉強されていない方にとっては意味のわからない記事の上、英語訳がすごく適当なのでその点はご了承ください。

 

ワーグナーの歌唱について

 You sing Wagner as it is written, according to the dynamics and the way it’s written.  You think of Wagner in a long vocal line, and sing it horizontally instead of vertically.  You sing it bel canto

「ワーグナーの音楽の中にディナーミクが書かれており、長い旋律線を見据えて垂直ではなく水平に歌う。ベルカントで歌うのです。」

 

That gives you the basis for singing Wagner.  We believe that you should have sung all the heavy Italians actually before you start singing Wagner

「ワーグナーを歌う前に、イタリアオペラの重い役を歌っておけば、それがワーグナーを歌う礎となります」

 

Most of his singers in the beginning were all Italians.  An Italian has this point in the voice and the focus on the point from nature, from the way they speak.  So they speak in position.

「(ワーグナー作品の演奏における)多くの歌手は最初イタリア人でした。イタリア人は自然な声のポイントで話します。(そのポジションを持っていない場合はそれをまずは教える必要がある)」

 

テノールやソプラノに比べて、メゾやバリトン、バスの指導は簡単なのか?という質問に対して
No, not at all.  Basically it is all one big technique.  It can be done by all of them without any problem.

「全然そうではない、全て同じ大きなテクニックの中で問題解決していく」

 

ワーグナー作品で、ソプラノやテノールの役はアルトやバス役より難しいのか?という質問に対して

Of course if the mezzos and the altos go into a chest voice, it has to be a mixed chest voice.  That means it has to be in the head and in the chest.  You have to make the transition that you cannot tell where the voice changes.  It’s like a tenor going from falsetto into the natural voice and going back into a mixed sound.  You shouldn’t be able to recognize where he changed.」

「勿論メゾやアルトは胸声と頭声を混ぜる、テノールも同じようにファルセットと実声を混ぜるがどこでチェンジしたのかが分からないようにしなければなりませんし、聴いている人は分からないはずだ」
※逆を言えば、チェンジが分かってしまうような歌手はダメってことですね。

 

 

インタビューの中で、マックス・ローレンツについて、
「ドイツ式」という言葉で表現はしていますが、少なくともコックスはワーグナーを歌うことと、イタリアオペラを歌うことを区別していませんし、
この考え方はドイツで勉強した人、イタリアで勉強した人どちらの話を聞いても、結局言ってることは同じだった、という実体験からも大変納得のいくものでした。

 

なおこちらの転載したインタビューについて、
原文のリンクも貼っておくので興味のある方はご覧になってみてください。
なお、コックスの奥さんは先日の記事で紹介したAnna Reynoldsなので、
レイノルズのインタビューも一緒になっています。

JコックスとAレイノルズのインタビュー記事はコチラ

 

◆関連記事

地味ながら堅実な歌唱を聴かせる素晴らしいメゾソプラノAnna Reynolds

 

今までになく前置きが長くなってしまいましたが、
ここからはコックスの歌唱を聴いていきましょう。

 

 

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ワーグナー ヴァルキューレ 1幕フィナーレ

この演奏は1963年
ジークムントはコックスの声からするとテッシトゥーラがやや低い気がしますが、声を押さず、喋ることを徹底している演奏スタイルには好感が持てます。
単純に声だけ聴けば、中低音は特に詰まった、声が抜けきらない印象を持ちますが、
最後のAの音なんかを聴いても、もっと音が高い方が彼にとっては抜けるんだろうなと思います。
そういう意味では、Rシュトラウスのダフネのオポロ役の録音が残っていればよかったのにと思えてしまいます。

 

 

 

ワーグナー ジークフリート フィナーレ

1970年のバイロイトでのジークフリートです。
50前ですが、非常に若々しく、先に紹介したインタビューでイタリアオペラの重い役を歌っておくことを説いていたことから考えると考えられない声かもしれませし、実際63年の演奏より声が軽く明るくなっているのですから、私も正直驚いています。
しかし、重い役=重い声で歌う。ではなく、
それ以上に「イタリア人のように自然なポイントで喋ること」を実践した歌唱だと捉えるのが妥当だと思います。
年を重ねると声が重くなると良く言うのですが、自身の声のケアをしっかりできていれば、ワーグナー作品を歌いまくっても尚こうやって声をすり減らさずに磨いていけるということでしょう。

 

 

 

ワーグナー 神々の黄昏 ジークフリートの死の場面の抜粋(3:20~)

こちらが1974年の演奏。
70年の時より更にパワーアップしている印象です。
歌手はキャリアのスタートから終わりまで己を磨き続けることを説いていましたが、それを実践していたのがよくわかります。
30代が全盛期で、50過ぎたら落ち目、みたいな常識を完全否定する歌唱。
改めてベルカントとは本当にイタリアオペラを歌うためだけの概念なのだろうか?と考えさせられます。
この映像の前半でアルベリヒを歌っているFranz Mazuraにせよ、
なんと伸びやかな声で明瞭な発音を実現させていることか!

 

 

 

 

 

 

ヴェルディ 運命の力 二重唱Invano Alvaro… Fratello… (ドイツ語歌唱)

https://www.youtube.com/watch?v=t_4IENjJoUc

※リンクが上手く貼れなかったので上記URLよりご覧ください

ドイツ語なのに高音のアクートがイタリアオペラのそれであることに衝撃を受けます。
マイクの位置がバリトン寄りなのか、ちょっと遠く聴こえるのが残念ですが、本当に素晴らしい響きで歌っているなと感心させられます。
イタリアオペラをドイツ語歌唱にすると、大抵”i”母音が鋭過ぎたり、
高音の開口母音、特に”a”母音で狭い響きで硬く聴こえたりするものなのですが、コックスはそういうことがない。
イタリア語で歌ったオテッロやアイーダの録音があったら絶対素晴らしいだろうな。と想像せずにはいられません。

 

 

 

ワーグナー 神々の黄昏 二重唱Zu neuen Taten, teurer Helde

ニルソンの歌っている時間が長いですが、
コックスも明るい声でありながら、強靭さと鋭さのある立派な声で、ニルソンの相手役として相応しい歌唱をしています。
特に高音のノビが歴代のヘルデンテノールでも屈指なのではないか?
と思えるほど、流石イタリアオペラと同じようにワーグナーを歌うと豪語するだけのことはあります。

ヘルデンテノールには声にしろ、歌い回しにしろ癖の強い人が多い中で、コックスは癖らしいものがなく、ここまで素直に歌えるヘルデンはそういるものではありません。

演奏でも教育でもこれ程功績を残した宮廷歌手が、一部のワグネリアンにしか知られない存在というのは寂しすぎますので、この機会にご存じなかった方は覚えて頂ければ嬉しい限りです。

 

 

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ワーグナー作品をあまり聴いたことない方の入門CD版といったところでしょうか。

 

 

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