伝説的コンサート歌手Jan DeGaetaniの驚くべき革新性

Jan DeGaetani(ジャン デ ガエターニ)1933年~1983年は米国のメゾソプラノ歌手。

オペラの舞台にはあまり立たず、コンサート歌手として、現代音楽の普及や芸術歌曲の深い解釈で異才を放った歌手であり、
教育者としても、アプショーやフレミングを育てたことで知られている方です。

ガエターニの声は、声を聴いただけではソプラノのようにも聴こえるのですが、低音の響きは澄んでいながらもソプラノとは違う深さがあります。

 

 

シェーンベルク  Pierrot lunaire(月に憑かれたピエロ

ガエターニの代表的演奏と言われているのがこちらのシェーンベルクで、この曲の決定版とも言われているようです。
圧倒的な透明度の声と言葉の明瞭さ、驚く程柔軟な表現、
勿論発声技術も超一級品で、どんな音域を歌っても全く喉を押すような声、引っかかるような響きはありません。
響きだけで歌うピアノの表現も、セリフを喋るように歌うシュプレヒシュティンメも、根本では響きの質が変わっていないのが凄いですね。

シュプレヒシュティンメの演奏に関して説明を見ると、声楽的な通常の発声とは違う響かせ方をする。というようなことが書かれているのですが、私は決してそうは思いません。
少なくともガエターニの演奏は、シュプレヒシュティンメだからと言って地声で喋っているのではなく、歌声だからと言って特別な声を作っているのではありません。
全てがその中間と言えば良いのでしょうか?
声のコントロールは息のスピードや太さだけで恐らくやっていると思われます。
あくまで声を聴いた限りの感覚なので、当人がどうやって演奏したかの録音が残っていれば一番確実なんですけどね。

 

 

 

シューベルト Ganymed

同時代のメゾでリートの名手と言えばルートヴィヒ、
ということでルートヴィヒと比較してみましょう

 

 

 

Christa Ludwig

 

 

 

<歌詞>

 

Wie im Morgenglanze
Du rings mich anglühst,
Frühling,Geliebter!
Mit tausendfacher Liebeswonne
Sich an mein Herze drängt
Deiner ewigen Wärme
Heilig Gefühl,
Unendliche Schöne!
Dass ich dich fassen möcht’
In diesen Arm!

Ach,an deinem Busen
Lieg’ ich und schmachte,
Und deine Blumen,dein Gras
Drängen sich an mein Herz.
Du kühlst den brennenden
Durst meines Busens,
Lieblicher Morgenwind!
Ruft drein die Nachtigall
Liebend nach mir aus dem Nebeltal.
Ich komm’,ich komme!
Ach wohin,wohin?

Hinauf! strebt’s hinauf!
Es schweben die Wolken
Abwärts,die Wolken
Neigen sich der sehnenden Liebe.
Mir! Mir!
In euerm Schosse
Aufwärts!
Umfangend umfangen!
Aufwärts an deinen Busen,
Alliebender Vater!

 

 

<日本語訳>

なんとこの朝の輝きの中で
お前はぼくのまわりで燃え立っているのか
春よ、いとしき者よ!
幾千もの愛の喜びと共に
ぼくの心に迫ってくる
お前の永遠の暖かさの
清らかな思いが
限りなく美しき者よ!
お前を抱きたい
この腕の中に!

ああ お前の胸の中に
ぼくは横たわり あこがれるのだ
するとお前の花たちが 草たちが
ぼくの胸にその身を寄せてくる
お前は冷ましてくれるのだね この燃えるような
この胸の渇きを
いとしき朝の風よ!
ナイチンゲールが向こうで呼んでいる
愛らしくぼくに向かって霧の谷間から
ぼくも行くよ ぼくも行くよ!
ああ だけどどこへ どこへ?

天へだ!天へ昇ろう!
雲がただよいながら
下へと その雲は
降りてくるのだ この焦がれる愛のために
ぼくのために! ぼくのために!
お前の懐に抱かれ
昇って行こう!
抱きつつ 抱かれて
御身の胸まで昇りましょう
すべてを愛し給う父よ!

 

 

ガニュメートというのは、ギリシャ神話のガニュメーデースのドイツ語読みです。
このシューベルトの歌曲は比較的歌われる機会が多い曲だと思います。
一般的にはそれほど知名度が高い曲ではないかもしれませんが、リートを勉強する人にとっては有名な曲といった位置づけになるでしょうか?
一応主語は男性のはずなんですが、女性の方が歌っていることが多い気がします。

ガエターニの演奏ですが、特別なことは何もしていない、非常にオーソドックスな演奏だと思うのですが、ルートヴィヒと比較しても声の透明感が際立っており、伴奏と歌のバランスを綿密に考えて演奏しているのがよくわかります。
特に個人的に気に入った部分は、

 

「Es schweben die Wolken
Abwärts,die Wolken
Neigen sich der sehnenden Liebe.」
の表現。

(ガエターニ 3:05~)
(ルートヴィヒ 2:25~)
の表現です。

ここは前の「Ich komm’,ich komme!」でテンポを速くしたら、
通常そのままのテンポでいくんですが、ガエターニは一旦この部分でテンポを相当緩めて、
改めて「Mir! Mir!」で加速しています。

楽譜通り歌うのであればコレは間違えだと思うのですが、
歌詞と伴奏のバランスを考えるとガエターニの演奏は、
「漂っている雲が愛の憧れに降りてくる」
という内容に符合しており、個人的にはしっくりくる表現でした。

 

 

 

ブラームス O kühler Wald

 

 

<歌詞>

O kühler Wald,
Wo rauschest du,
In dem mein Liebchen geht?
O Widerhall,
Wo lauschest du,
Der gern mein Lied versteht?

Im Herzen tief,
Da rauscht der Wald,
In dem mein Liebchen geht,
In Schmerzen schlief
Der Widerhall,
Die Lieder sind verweht.

 

 

<日本語訳>

おお涼しい森よ
お前はどこでざわめくのか
私のいとしいひとの歩む森よ?
おお木霊よ
お前はどこで聴くのか
喜んで私の歌を理解してくれた木霊よ?

心の奥深く
そこで森がざわめいている
私のいとしいひとの歩む森
苦しみのうちに眠りにつく
木霊
歌声も消え去った

 

 

この演奏は1983年のもので、70年代の録音より声の衰えを感じますが、
その分、この歌は逆に味が出ているように感じます。
瑞々しい声でハッキリした滑舌で歌われても歌詞にはあまり合わないように感じるので、歳を重ねたからこそ歌える曲、若い時しか歌えない曲というのは確実に存在していて、演奏者は常に正しい選択をしなければならない。
これは本当に難しいことで、どんな名歌手でも身近に信頼できる声の理解者が必要なのも納得がいきます。

 

この通り、ガエターニは非常に鋭い感性で現代音楽やリートに革新的なの録音を残しました。
この他にも、ベルリオーズやラヴェルの歌曲でも優れた録音を残しており、その上今聴いても古さを全く感じさせません。
コンサート歌手はオペラ歌手に比べればスポットライトを浴びにくいので、ガエターニ程の演奏を残していても、リートを勉強している学生の間でさえ殆ど知られていない歌手となっています。
これは結局のところ、オペラ歌手>コンサート歌手、という序列が存在しているということなのです。
こういった序列もなくしていけるようになれば良いですね。

 

 

CD

 

 

 

 

 

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