Ernst Kozub (エルンスト コツープ)1924~1971、ドイツ生まれのテノール歌手。
名前は小粒っぽく見えても声は規格外で、素晴らしい発声技術も兼ね備えた理想的なヘルデンテノールでしたが、録音ではヴィントガッセンの影に隠れ、その上、これから彼の時代が到来するのではと思われた矢先に47歳の若さで病死してしまいました。
ヘルデンテノールと言っても、コツーブの声はイタリアオペラを席巻していたデル・モナコやコレッリといった歌手に親和性を感じるもので、つくづく若くして亡くなってしまったことが惜しまれます。
ドイツ語だと「Keiner schlafe」なんですね(笑)
冗談抜きにして、数多に存在する「誰も寝てはならぬ」の録音の中でも、間違えなく5本の指に数えられるであろう名演奏だと思います。
プッチーニの描いたし繊細な旋律線は、意外なことにイタリア語よりドイツ語で歌われた方がくっきり美しさが際立ってくる気がするのは私だけでしょうか?
ヴェルディも後期の作品はワーグナーの影響を色濃く受けていたので、例えばアイーダのフィナーレなんかは、イタリア語よりドイツ語で歌われた方が旋律と言葉がシンクロする。と言っている方がいましたが、あながちぶっ飛んだ意見ではないのかもしれません。
コツーブの声は、ドイツ人テノールによく聴かれるような直線的な響きではなく、もっと広くて天井の高い響きでありながら、
この時代のイタリア人歌手の多くがそうしていたように、子音の発音を極力避けるというようなものではありません。
https://www.youtube.com/watch?v=BwRx5hWzRwk
※リンクが上手く貼れないため、お手数ですが上記のURLよりご覧ください
唯一の本人が歌っている映像が残っているものです。
YOUTUBEのコメントには
カルーソーのようだ。
ドイツのパヴァロッティだ!
などなど賛辞が止みませんが、その言葉にもうなずけてしまうほど、完璧な声と滑舌の良さです。
kの映像を見ていると、とにかく下顎が全く動かない。
勿論硬直しているのではなく、下唇を見ればわかるように、常に脱力していて、大げさに言えば全て上唇だけで発音しているような感じにすら見えます。
では、一番高い音と低い音を歌っている時の画像を見てみましょう
一番低い音”i”母音
最高音、最後の伸ばしている音”a”母音
早口の曲はそもそも大口を開けていては発音できないので、
あまり口を開けないフォームで歌っているというのはあるのでしょうが、それにしてもコツープはどんな音域、発音をしていても口の開け方があまり変わりません。
時々、声楽では「口を大きく開けろ」
という人と、
「あまり開けるな」
という人がいてどうすれば良いのか迷うという声を聞くことがありますが、k津論を言えば、人によっても曲によっても違うので何とも言えない。ということになります。
少し説明すると、響きがそもそも全部落ちてしまって前で響かない人が口を大きく開けると、開ければ開ける程奥まって何を言っているかわからない声になってしまいますし、
逆に、ピントが合っていても硬くて細い響きの場合は、空間を広く維持して歌うことが重要になるので、口はそれなりに大きく開ける必要性が出てきます。
では、コツープの場合はと言うと、
あまり口を開けなくても必要な空間を維持できる筋力や骨格を持っているということになるかと思います。
カルーソーも著書の中で、
「最初は口を大きく開ける必要があるが、慣れてくれば息の流れで喉を開くことができる」というようなことを言っています。
そんな言葉が当てはまってしまう歌声と口のフォームというだけでもっと世間的には称えられて良いと思うのですが、なぜヴンダーリヒみたく神格化されないのか不思議ですね。
ここまでの演奏だったら私がとやかく書かなくても聴けば凄さが分かると言うものです。
最高音は高々Aなんですけど、この曲のAやGは多くのテノールが力んでしまって硬くなるか、重たい声でなんとか出しているような有様になることが多いのですが、コツープはやや巻き気味のテンポではありますが、全ての音が理想的な声で歌えています。
ROYAL OPERA HOUSE COVENT GARDEN
1965 – 23 September
Conductor: GEORG SOLTI (pictured above)
Siegmund: Ernst Kozub
Wotan: David Ward
Hunding: Michael Langdon
Sieglinde: Gwyneth Jones
Brünnhilde: Amy Shuard
Fricka: Josephine Veasey
Gerhilde: Ann Edwards
Ortlinde: Margaret Kingsley
Waltraute: Ann Howard
Schwertleite: Yvonne Minton
Helmwige: Rae Woodland
Siegrune: Noreen Berry
Grimgerde: Maureen Guy
Rossweisse: Elizabeth Bainbridge
今年のバイロイトのトリスタンやタンホイザーを聴いた耳には、あまりに偉大過ぎる過去の栄光であります(苦笑)
1幕冒頭、コツープの第一声からそこらの演奏とは異次元で、ちょっと聴いてみるつもりだったのに、聞き入ってしまい、辞めるどころかコツープの歌っている部分だけスキップして聴く気にもなれず、これは一幕が終わるまで止まらないですね(笑)
ジョーンズのジークリンデ、ラングドンのフンティングも共に素晴らしい出来栄えで、今のバイロイトが如何に落ちぶれてしまったかがわかってしまいます。
そりゃバイロイト音楽祭のチケットが取れないのなんて過去のことで、この演奏から考えれば二軍と一軍くらいこの演奏と現在ではキャストの実力差を感じずにはいられません。
そして、コツープがメルヒオール、ローレンツ、ヴィントガッセン・・・と伝説的なヘルデンテノールに決して劣らないことも納得頂けるのではないかと思います。
CD
コツープのタミーノだと!?
そもそも大蛇に襲われても自分で撃退してめでたしめでたし、という話になりそうではありませんか。
ワルキューレは1967年3月のエドワード・ダウンズ指揮のGM盤もあります。ジークリンデはイングリット・ビョーナー歌っています。私が学生時代にDGのLP輸入盤でオペラの抜粋盤を数枚購入した中に、コツーブの演奏がありました。それ以来、探していますが、なかなか見つけることが難しいアーティストの一人です。これからも、本当に実力の高い歌手たちを多くの人々に紹介し続けていただきたいと思います。
声は体から離れてなければいけません、日本人の声は口の前にありますが、外国人の声は頭の上や後ろ上[空間]にあります。その違いをわかる人やどうすれば外人の声、響きを日本人が発声できるようになるかを日本人の先生の99%は知りません。
間違ったことを教えます。
祁答院紗沙様
コメントありがとうございます。
外国人だから良い。日本人だからダメと言う訳ではないのですが、
ヨーロッパに留学して、偉大な歌手に習ったことのある先生方が、看板を掲げて伝道するこに間違えがある。
というのが大きな悲劇なように思います。
日本の芸術教育のトップとも言うべき芸大を出て、世界で通用してる方々が
「大学の教育は役に立たない」と言ってることが全てを物語っています。
はじめまして、最近あるコツープに関する本を読んでいたため失礼します。それはジョン・カルショーというDeccaのプロデューサーによって著されたショルティによるニーベルングの指環の回顧録で、その中の「我らがジークフリート」と呼ぶ本来其役をやるはずだった人物が実は、今回出てきたコツープであることが日本語訳に関わった人によって明かされます。当然「やるはずだった」とあるのでショルティの録音を聞いてもコツープは出てきませんが理由はコツープ自身が練習を怠ったからだそうで、誰にでも向き不向きはあるのでしょう。しかし彼がワーグナーが苦手なのかというとそうでもなく、当ブログにもありましたようにマイスタージンガーを歌い、正規の録音ではクレンペラーの「さまよえるオランダ人」にも彼の名があります。そして映像ではYouTube上にもありますがいわゆる口パクのオペラ映画ですがウェーバーの「魔弾の射手」の映像が残っているようですね、しかも無くなる直前の。しかしコツープ、良い声してます・・・
遠藤劣人様
コメントありがとうございます。
ジョン・カルショー!
あの指環のキャストは色々話聞いたことありましたけど、著書が出ていたのは存じ上げませんでした。
私はヴィントガッセンも大変尊敬していますので、コツープが歌ってくれたら良かったのに・・・とまでは中々思えないのですが、
歴史に残る程大きなプロジェクトに彼の名前が出たという事実がその実力を証明していますね!