完璧な技術を持ったドラマティックバロックテノールJuan Sancho

Juan Sancho (ファン サンチョ)はスペインのテノール歌手。

最初はピアニストとして音楽の勉強をしていたようですが、声楽に転向し、
ロッシーニテノールとして知られるラウール ヒメネスに声楽を習ったとのこと。

ロッシーニテノールに習ったからなのでしょうか、持っている声は決して軽い訳ではありませんが、
バロック音楽の細かいパッセージを歌う、ロマン派のアジリタとはちょっと違った同音トゥリル(同じ音を連続で歌う)などの技術も習得しているなど、中々いないタイプの歌手です。

バロック音楽を歌うテノールと言えば、ファルセットに近い声で歌うようなイメージが強いですが、
サンチョはプッチーニも歌えるのではないか?と思わせる太めの声を持ちながら、レパートリーはイタリアバロックオペラを中心としたバロック作品で、しかも前述のようにしっかりした技術を持っているので、音楽的に全く違和感がありません。

 

 

 

 

ヘンデル アルミニオ Al lume di due rai

1800年代までのテノールは、おおよそ高音をファルセットで出していたと言われていますので、
勿論1600年~700年代のテノールも、いわゆる胸声のままビンビンのアクオートを聴かせるようなテノールはいたはずがありません。
そういったこともあってか、ファルセットか実声が分からないような響きで高音を歌うテノールが古楽を歌うには向いているのは当然のことではあるのですが、
サンチョの歌唱は聴いての通りの強さと太さを持っていながら、音楽そのものは軽やかさを失わず、技巧的なパッセージも楽々こなすことができます。

 

 

 

 

 

モンテヴェルディ オルフェオ Questi, i campi di Traccia

オペラ史を勉強すると最初に出てくるのがこの作品なわけですが、
この演奏、私の知ってるバロックオペラじゃない。
普通はこんなんですよね。

 

 

 

Charles Daniels

サンチョの演奏はまるでヴェリズモオペラでも歌っているかのような直接的な表現です。
ダニエルズのような、ただ美しい響きだけで歌う従来までのバロックオペラの歌唱とは対照的で、まはや全く別の音楽のようにすら聴こえます。

ここでちょっと考えてしまうのが、
もしサンチョの歌唱が世界的に大きなトレンドとなった時、価値観の反転が起こることになるでしょう。
それは、ちょうどベルカントオペラをヴェリズモオペラのように歌ったマリア カラスのようなもので、その後、多くの歌手が影響を受け、ノルマや椿姫なんかをより劇的に歌おうとして潰れていった歌手が沢山います。
今でもその呪縛からは解き放たれておらず、軽い声のソプラノがこれらの役にチャレンジしたことから声をダメにしていくケースは後を絶ちません。

この例をバロックオペラに当てはめると、
今後サンチョの真似をしてバロック作品を吠え散らかして歌うテノールが横行する可能性はない訳ではありません。

勿論サンチョがカラスほどの影響力を持つ歌手になるとは思いませんが、
例えば、ロッシーニルネサンスと呼ばれる現象で、大体1950年代生まれの歌手から、ロックウェル ブレイクを筆頭に一世を風靡したロッシーニテノールが沢山出てきました。
しかしその影響で、それ以前に活躍していたような、より高音をソフトなミックスボイスで出すロッシーニのいた時代に近いと考えられる歌唱をする、本当の意味でのロッシーニテノールは現代殆ど姿を消してしまったのではないかと思います。

そういう意味で、サンチョの歌唱は大変魅力的ですが、これがスタンダードな演奏になるようなことがあれば、とても危険な気がしています。

 

 

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ヘンデル リナルド D’instabile fortuna

非の打ち所がない演奏といった感じです。

完璧なアジリタ。
劇的な言葉の表現。
開放された高音。
無理に押すことなく、籠ったり詰まることなく響いている低音。
軽い響きながらも声そのものは芯が通った強さがある。

こんなバロックオペラ歌手がいたでしょうか?
私はこれ程完成された技巧を持ちながら、全く機械的に聴こえない歌手は聴いたことがないかもしれません。

 

 

 

ヘンデル リナルド Mio cor, che mi sai dir

こうやって聴くと、如何に中低音を安定した響きで歌えるかが最も大事である。
ということが理解できるのではないでしょうか?
超高音なんてなんてなくても上手い歌は歌えるということ。
この人は是非とも来日して欲しいですね。
個人的にはバルトリを初めて聴いた時のような衝撃があったのですが、皆様はいかがでしょうか。

 

 

 

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