Enguerrand De Hys(エンゲルランド ド イス(アンゲラン ドゥ ヒス))はフランスのテノール歌手。
※正確な名前の読み方がちょっとわかりません。
見かけではそこまで若そうに見えませんが、2014年にトゥールーズの音楽院を卒業した若手テノールで、フランス国内の歌劇場や音楽祭を中心に、バロック作品~モーツァルト、ドニゼッティ、ロッシーニ辺りまでをレパートリーにしています。
まだ30歳になっているかどうかといった年齢だと思いますが、
豊な音色の使い分けと、無駄な力みのない歌唱はベテラン歌手のような味わいがあります。
まだ世間的にそこまで注目されるような活躍をしている訳でもなく、圧倒的な美声や声量があるわけではありませんが、安定した技術と知的な歌い回しには大きな魅力を感じるのでここで紹介することにしました。
この演奏が2014年のものなので、音楽院を出たばかりのものでしょう。
ポントの王ミトリダーテはモーツァルトが最初に書いたオペラセリアで、14歳で作曲されたものと言われていますが、楽譜見てみるとテノールアリアは1オクターヴと5度の跳躍みたいなのが平気で書いてあって、その後の作品と比較すると随分器楽的な書かれ方をしている印象を受けます。
とは言え、1700年代のテノールが高音はファルセット(ミックスボイス)で出していたことを考えると、順次進行で五線の上のE~H辺りまで動くより、極端な跳躍の方が出し易かったのかもしれません。
さて、ド イスの演奏ですが、驚くほどの正確さでありながら、機械的であるどころか、むしろ若々しく熱っぽい歌唱を聴かせています。
20代半ばと思われる演奏ですが、既に非常に高い歌唱技術を身に着けていることがこの演奏からもわかります。
<歌詞>
Geuß,lieber Mond,geuß deine Silberflimmer
Durch dieses Buchengrün,
Wo Phantasien und Traumgestalten immer
Vor mir vorüberfliehn!
Enthülle dich,daß ich die Stätte finde,
Wo oft mein Mädchen saß,
Und oft,im Wehn des Buchbaums und der Linde,
Der goldnen Stadt vergaß!
Enthülle dich,daß ich des Strauchs mich freue,
Der Kühlung ihr gerauscht,
Und einen Kranz auf jeden Anger streue,
Wo sie den Bach belauscht!
Dann,lieber Mond,dann nimm den Schleier wieder,
Und traur’ um deinen Freund,
Und weine durch den Wolkenflor hernieder,
Wie dein Verlaßner weint!
<日本語訳>
注げ 愛しき月よ 注げお前の銀のきらめきを
このブナの緑を通して
ここは幻想や夢の形が常に
私の前を通り過ぎていく
表せ 私が見つけられるように
私の乙女の座っているところを
そしてしばしば、ブナや菩提樹を吹き抜ける風の中で
忘れ去った黄金の街を
姿を現して 私が茂みに喜びをみいだせるように
彼女に涼しくそよぐ風に
どの草原にも花冠をまいてくれ
彼女が耳を澄ましている小川があるところへ
そしたら 愛しき月よ ヴェールを再びまとい
お前の友の周りを喪に服させてくれ
そして雲の合間から涙雨を降らせてくれ
見捨てられた者が泣いているように!
リートの歌唱においても、声がリートに合っているかという部分は別にしてもして、演奏その物は端正でこれといったマイナス要素がありません。
ピアノ伴奏ではなく、ヴァイオリン、チェロ、アコーディオンという変則的な室内楽版での演奏のため、どうしても通常よりピアノの表現には繊細さが求められないというのはあるでしょう。
Angelo Pollak
個人的にはこういうリリックな響きで歌うのが慣れ親しんだ演奏なんですが、
ド イスは声にはあまり柔らかさがなく、寧ろ少々重い感じがあって、ピアノにしても、ファルセットと実声のミックスボイスとはちょっと違った印象を受けます。
ピアノ伴奏で聴いても、発音というより、響きのポイントがドイツリートを歌うにはやや奥なために、単語ごとに言葉が細切れに聴こえてしまいます。
上手いけど何か違うという違和感は、あらゆる音節が均等に歌われているため、大切な言葉に向かっていく推進力、特に子音のスピード感の緩急が欠けていることが大きな要因ではないかと思います。
「La Fille du Tambour Major」というオペレッタは知らないなぁ。と思って調べたら、
日本語訳は「鼓手隊長の娘」となるようです。
やはりフランス語を歌うと声がしっくりくる。
フランス語は歌うと奥に引っ込み易い言葉だと言ってる偉い先生がいらっしゃいましたが、
こうしてドイツ語、イタリア語と比べると、フランス語はその2つより詰まっているとはちょっと違うけど、奥まった響きの方がしっくりきます。
Jean Ferrat(ジャン フェラ)という人は1930年生まれのシャンソン作曲家のようです。
よってクラシックの芸術歌曲ではありませんが、イタリア人テノールがカンツォーネを歌う感覚と同じと考えれば特に違和感はありません。
ただ美声を聴かせるのではなく、余韻を味わえる演奏ができるというのは、技術があるだけでなく歌が上手くなければできませんから、冒頭で紹介したモーツァルトの演奏で聴かれるような技術を土台に、しっかりド イスは自分の表現を追求して進化していると言えるのではないかと思います。
ド イスはヴェルディやプッチーニ、ベルリオーズやワーグナーといった華々しいオペラの主役が似合うテノールではないかもしれませんが、若くしてこれ程高い技術と音楽性を身に着けているテノールはそういるものではありません。
今後大々的に注目を集めるかどうかはわかりませんが、ユニークな編成でリートを歌ったり、フランス人だからこそできるオペレッタやシャンソンの表現には大きな魅力があります。
オペラでは、もしかしたら素晴らしいキャラクターテノールとして大成するのでは?
なんて予想も個人的にはしてたりするのですが、今後一体どんな歌手になっていくのか楽しみですね。
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