奇跡のテノールAngelo Lo Forese 100歳で逝く

MILLEPORTE

 

Angelo Lo Forese(アンジェロ ロフォレーゼ)1920~2020 はイタリア生まれのテノール歌手。

先日バキエの訃報を記事にしたばかりですが、今度は時を同じくして5月14日にロフォレーゼが亡くなったという記事が飛び込んできました。

 

ロフォレーゼは元々バリトンでしたが、名テノール ペルティーレに師事してテノールに転向、その後はリリコスピントテノールとして、スカラ座を中心に活躍し、NHKイタリア歌劇団でもカヴァレリア・ルスティカーナのトゥリッドゥ役で来日、シミオナートとの名演を残しました。
しかし、ロフォレーゼの凄さはこの後、むしろ引退してからも精力的に後進の指導にあたり、YOUTUBE上に、90代になっても素晴らしい声を披露している姿がアップされると、オペラファンだけでなく、プロの声楽家をも驚愕させました。

これによって、黄金時代のテノール歌手、ディ・ステファノ、コレッリ、デル・モナコといった大スターとはまた違った意味での偉大さが世界的に認知されることになりました。

 

 

 

 

ハイパーおじいちゃんのレッスン風景

ご高齢で、レッスン中に居眠りすることもあったという噂を聞いたことがあるのですが、
それでも、90歳を過ぎてもこんな声を出せる歌手なら誰だってテクニックを学びに行きたいと思いますね。

 

 

 

 

92歳で歌った トロヴァトーレのアリア “Di quella pira

立ってるのもやっとといった身体でもこんな声が出るのか!?
ここまでくれば、イタリアオペラが好きかどうかは関係なく、奇跡と言われる所以がわかるでしょう。

 

 

 

 

 

マスカーニ カヴァレリア・ルスティカーナ(全曲)

有名な1961年、NHKイタリア歌劇団の映像です。

サントゥッツァ:ジュリエッタ・シミオナート(Ms)、
トゥリッドゥ:アンジェロ・ロフォレーゼ(T)
アルフィオ:アッティリオ・ドラーツィ(Br)、
ルチア:アマニア・ピーニ(Ms)、
ローラ:アンナ・ディ・スタジオ(Ms)、

 

 

ロフォレーゼ41歳の時の演奏、
まだ声に軽さがあり、スピントと呼ぶには線が細いですが、
それでもシチリアの青年役にはピッタリの熱の籠った歌唱でやっぱり素晴らしいですね。

全く無駄なヴィブラートがなく、フレーズの歌い出しが鍵盤を叩くようにスパっと決まる。
シミオナートの狂気すら感じる演奏と比べる個性は薄いかもしれませんが、
ヴェリズモオペラでもどこかに冷静さのある演奏というのは個人的に大事だと思っていて、
そうしないと場面場面で緊張感が切れてしまって、サントゥッツァみたく常に嘆くか怒ってる役だと、聴いてるこっちが疲れてしまう。。。

その辺り、ロフォレーゼは泣きを入れたり、過剰なポルタメントを使ったりせず、
最後のアリアでも声楽的な声からはみ出さない範囲での表現にとどめ、響きが劇的な音楽に引きずられて太くなることもなく、フォームを一定に維持している。
単純に良い声や超絶技巧を得意としていた歌手より、長く声を維持できた歌手の若い時の演奏からは学ぶべきことが沢山あるのではないかと思います。

今聴くとよく分かるのですが、すっごく細い響きで、常に同じポジションで歌ってるんですね。
時々鼻気味になることもありますが、それでも決して声が太くなって響きのピントが外れることがない。

シミオナートはそれに比べれば、シミオナートだからこその演奏で、どんなことをしても声が出るといった感じで、普通の歌手にはあんな胸声で中低音を鳴らすことは無理ですし、太い低音を出せたとしても、高音が絶叫になってしまうのが関の山です。

100歳まで声が出せたロフォレーゼを知る今だからこそ、古い録音の彼の演奏から、長く声を維持するための秘訣を探り出すことは、歌を勉強している、特にテノールにとっては有意義なことではないでしょうか。

 

 

それにしても、こういう映像が残っているがために、

古き良きオペラ歌手⇒現代の歌手は大したことない。
という考えに陥ってしまう人が沢山いるのも事実で、
私も学生時代は
「SP時代の歌手が本物だ~!」みたいな浅はかな考えを持っていました。

ある程度年齢が上の人ほどそういう傾向が強く、
偉い先生がそれこそこういう演奏を生で聴いた世代なので、生徒も影響を受けて現代の歌手を軽視して黄金時代の歌手に理想を求めてしまうことはよくあることなのですが、
過去の名歌手を尊ぶことと、現代の歌手を侮ることはイコールではありません。

 

新旧の歌手比較については、最近サボっていますが、シリーズとして記事を書いているので、
もしまだ未読の方はそちらも併せてご覧頂けると、必ずしも現代の歌手<昔の歌手
という構図にはならないことがお分かり頂けると思います。

 

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ヴェルディ オテッロ Niun mi tema

こうやって聴くとオテッロは声に合っているとは言えないのですが、
それは声の力とか高音の強さではなく、
中低音の線の細さと表現すれば良いのか、あまり深い響きにしていないことが関係しているのだと思います。

例えば、時代はもう少し最近の歌手ですがチェッケレのオテッロ

 

 

 

 

Gianfranco Cecchele

どちらの発声が良いという問題ではないと思うのですが、
チェッケレは奥歯や顎関節付近の響きが強く、ロフォレーゼは硬口蓋~鼻にかけての響きが強いので、
同じ強い声でもチェッケレは深く太い響き、ロフォレーゼは明るく軽めの響きになっています。

オテッロという役的にチェッケレの声の方が相応しいですが、低音がどうしてもバリトンのような太い声になってしまうのに対して、
ロフォレーゼは息も絶え絶えに歌っているようで、低音~高音まで声の太さが変わらない。
どんな重い役を歌ってももっている声以上に楽器を鳴らそうとしないことが、声を長く維持するために重要であることは間違えないでしょう。

 

 

 

 

70歳でのレッスン中のハイC

こういうのを見ると、声は全然違いますが、テクニックはアルフレード・クラウスと似ている気がします。
鼻に入りそうで入らないギリギリのポイントに響きがあります。
こういうのを聴いていると、よくイタリアで声楽を勉強してきた人が
「耳の後ろから息を回す」という表現をされますが、別に上手いイタリア人が皆そういう歌い方をしている訳ではないことがよくわかります。

録音を探してみると、全盛期の演奏より70歳を過ぎてからの方が多いということからも、
当時イタリアでは超一流のテノールとは見なされていなかったのではないかと私は考えているのですが、そんな歌手が現代になって100歳まで声を維持した奇跡のテノールとして評価され、しかも全盛期の映像が来日した時のものしか残っていないのではないか?
というような状態ということを考えると、このカヴァレリアの映像記録はNHKの功績と言えるかもしれません。

 

 

 

CD

 

 

 

 

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