新旧歌唱比較シリーズVol.4【バリトン(シューベルトの歌曲)編】


新旧歌唱比較シリーズの4回目はバリトンのリート、中でもシューベルト歌唱にスポットを当てて紹介します。
昔に比べて現在は良い歌手がいない。というのはよく言われることですが、
そういうことを言っている人達でも絶対に認めざるを得ないのは、歌曲の解釈や演奏については間違えなく現在の方が進んでいるということでしょう。

かつて歌曲は、オペラを歌う声量のない人や、第一線を退いた歌手が歌うものという認識の方が広く、
戦前にリートのスペシャリストとして知られる歌手は皆無です。
オペラ歌手としてもリート歌手としても評価が高い人はいても、
現在で言うクヴァストホフ、ボストリッジ、白井光子・・・などのような歌手は昔なら評価されていませんでした。
と言うのは、オペラを歌えてこそ一流と考えられていた時代だったからで、歌曲で良い演奏ができてもオペラが歌えない歌手は、
当時いたとしても、恐らく録音が残っていないでしょう。
そういう意味では、この比較は現在が必ずしも声楽的に衰退していることではないことを示すための出来レース的企画であることを最初にご承知頂ければと思います。

 

 

 

ドイツ人歌手

 

 

Heinrich Schlusnus(ハインリヒ シュルスヌス)1888年~1952年
※歌手の詳細については日本語版WIKIを参照

シューベルト Der Lindenbaum

 

 

 

 

Gerhard Hüsch(ゲルハルト ヒュッシュ)1901年~1984年

シューベルト Erlkönig

ヒュッシュのWikiには下記のように書かれています。
「戦後は日本とも関係が深く、1961年から2年間東京芸術大学で声楽を教え、また愛知県立芸術大学他、日本各地にて教壇に立った。」

日本人の発声=ドイツ式発声=イタリアの発声より良くない
という図式はこの辺りが大元にあるように思います。
と言うのは、シュルスヌスにせよヒュッシュにせよ、
リート歌手ではないがヴィリ・ドムグラーフ=ファスベンダー(ブリギッテ ファスベンダーの父親)にせよ
この頃の有名なドイツのリートを得意とした歌手(特にバリトン)には確かにあまりすぐれた人が見当たらないのですが、
その一方で、このヒュッシュや、バスのハンス ホッターといった歌手はリートを勉強していた当時の日本人には、
「コレが本物のリート歌唱なのだ!」
というふうに映ったとしても不思議ではありません。
現に、日本のリート界、否、それこそ日本の声楽の礎を築いた人として多くの弟子を世に送り出したのは、
ヒュッシュに師事した中山悌一(なかやま ていいち)でした。

 

以下、中山 悌一のWikiより転載
「ミュンヘン高等音楽学校に留学してゲルハルト・ヒュッシュに師事。1956年に帰国し、演奏活動再開する。以降放送などで活動を重ね、出演回数は800回を超えた。 また、母校の東京芸術大学などで後進の指導にもあたり、東京芸術大学教授、武庫川女子大学教授、洗足学園大学客員教授をつとめた。」

つまり、日本で言うドイツ式の発声=中山 悌一によって日本に広められた発声
と言い切ってしまっても間違えではないのではないでしょうか?
中山 悌一の教えを受けた人達が芸大や二期会の中枢にいるのですから、そのような歌い方が広まっていくのはむしろ自然なことです。
その歌唱に疑問を投げかけたのが、プロッティなどの著名なイタリア人歌手から教えを受けてきた人達で、双方が対立するのも実に自然な流れですが、
その対立を肌で感じている学生などの学習者は、右か左のどちらかの道を選ぶしかない。という認識を植え付けられることになる訳です。
これが「ベルカント唱法」と「ドイツ式発声」の対立、
というそもそも存在しない虚像がここまで肥大化して誤った発声に関する知識として日本中に蔓延してしまった原因ではないかという結論に至りました。

 

 

 

Dietrich Fischer-Dieskau(ディートリヒ フィッシャー=ディースカウ)1925年~2012年

シューベルト Winterreise

同曲だけでも多くの録音が存在するが、コレは1948年(23歳)の演奏である
この演奏が23歳・・・リート界の神と崇められるに相応しい。
YOUTUBEの記載には結構間違えがあるので本当にCDが存在するか探したところ、
確かに1948年にベルリンで録音されたCDは存在している。
こうやって聴いてみると、ドイツリートの作品価値を高めたディースカウの功績の大きさは半端ないことがわかる。

 

 

 

 

Hermann Prey(ヘルマン プライ)1929年~1998年

シューベルト Sehnsucht, D. 636 (同じタイトルの曲が他にあるためD番号も記載しています)

ディースカウとほぼ同世代だが、この人を外す訳にはいかないので入れました。

 

 

 

Siegfried Lorenz(ジークフリート ローレンツ)1945年~

シューベルト Prometheus

 

 

 

Matthias Goerne (マティアス ゲルネ)1967年~

シューベルト An die Musik

 

 

 

Dietrich Henschel (ディートリヒ ヘンシェル)1967年~

シューベルト Der Wanderer

 

 

 

Christian Gerhaher(クリスティアン ゲルハーヘル)1969年~

シューベルト Der Zwerg

 

 

 

Samuel Hasselhorn (サミュエル ハッセルホルン)1990年~

シューベルト Litanei auf das Fest Allerseelen

この人については過去記事でも取り上げたので、まだご覧になってない方下記を参照下さい

 

 

◆関連記事

ドイツ期待の新星バリトン Samuel Hasselhorn

 

 

 

 

 

勿論まだまだ取り上げてない歌手はいるがドイツ人のリート歌いを世代順に紹介しました。
ヒュッシュの所で書いたことを今一度考えて頂きたいのですが、
ここまで紹介した歌手全てを「ドイツ式発声」などという言葉で一括りにできるだろうか?
古いドイツの発声が日本に伝来してしまい、
更に運の悪いことに、その教えを受けた歌手が大きな権力を持って日本の声楽教育に関わった結果が日本の声楽にとって大きな悲劇だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

ドイツ以外の国の歌手

 

 

Thomas Allen (トマス アレン)1944年~ 英国

シューベルト Ständchen

 

 

 

Håkan Hagegård(ホーカン ハーゲゴード)1945年~ スウェーデン

シューベルト Das Wandern

スウェーデン語歌唱のシューベルト録音も残してる人ですが、こちらはドイツ語歌唱。
最近の人はあまりご存じないかもしれませんが、リート演奏ではとても評価の高いバリトンです。

 

 

 

Thomas Hampson (トマス ハンプソン)1955年~ 米国

シューベルト Der Lindenbaum

 

 

 

Bo Skovhus(ボー スコウフス)1962年~ デンマーク

シューベルト Wohin?

 

 

 

 

Roderick Williams(ロデリック ウィリアムス)1965年~ 英国

シューベルト Abschied

 

 

 

 

Henk Neven(ヘンク ネーヴェン)1976年~ ネーデルランド

シューベルト Der Schiffer

ドイツリートを特に得意としている訳ではなさそうですが、
個人的には最近の歌手としてはトップクラスの実力者だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

Kenichi Konno(近野 賢一) 日本

シューベルト Ganymed

近野賢一は下手な外人よりよっぽど素晴らしいシューベルトを歌う人だと私は思いますが、
活動拠点が西側なので、関東ではほぼ無名な気がします。

 

 

 

バリトンのリート歌手は沢山素晴らしい人がいる印象を持っていたが、
探してみると案外ドイツ人ばかりで、その他の国のバリトンにはあまりリートの名手が見当たらない。
ドイツ以外も英国 米国が続く感じでイタリア、フランス、ロシアといった国のバリトンにドイツリートを得意とする人は中々見当たらない。
こういう部分から見ても、日本が非常にドイツリートを好む傾向にあり、その音楽的な様式感や精神性が日本歌曲に直結していることは間違えない。
新旧の歌手を比較することが目的の記事ではあるが、
結果的に一部のベルカント唱法なるものを信奉する人達が使う「ドイツ式発声」なる言葉の本質を、
ここで明らかにすることができたのではないかと思う。

コメントする