Robert Dean Smith(ロバート ディーン スミス)は1956年米国生まれのテノール。
現在でこそヘルデンテノールとして知られるが、
バリトン上がりのテノールで、主にドイツで活動をしていたが、
世界的に注目を集めたのは50歳前後になってからで、
ワーグナー作品をドレスデン、バイエルン、メト、バイロイトなど
一流劇場で歌うようになってからである。
しかし、ディーン スミスの声がヘルデンテノールのそれかと言われると私は違うと思っている。
声質が運命の力に合っているかは別としても、
必要以上に重く鳴り易いアリアで、これだけ旋律線を見事にレガートで歌える歌手はそういない。
特に素晴らしいのは、バリトン上がりとは思えない中音域の安定感。
逆に低音域で響きが薄くなってしまう方が気になるのだが、中音域からパッサージョにかけての、
E~Gの響きは本当に美しい。
現代のテノールでも屈指の発声技術だと思うのだが、これも長い下済みがあってこそなのかもしれない。
パッサージョの美しさ、レガート技術の高さが良くわかるのがこの曲。
最後の延々と伸ばす音は”Gis”で、全体的に”E”や”Fis”を力まず出すことが要求される難しい曲
注目すべきは口のフォームと姿勢である。
最後の高音”Gis”を伸ばす場所の最初
12拍”Gis”で伸ばした後の”G”の音
ディーン スミスは非常に慎重に歌う歌手だと私は思っていて、
その理由は高音で決してアタックをしない。
勢いで高音を出すのではなく、高音を伸ばす前の入りでは口を狭めに開けて、
しっかり正しいポジションに通してから共鳴を大きくするために口を開けていく。
(ポジションと言うのは、顎関節~頬骨、硬口蓋のことで、決して頭のてっぺん。とか鼻腔ではない。)
なので、強いアタックが必要なタンホイザーのような役では全くドラマ性を出すことができず、
非常につまらない役作りに聴こえてしまうという欠点もあるので、私もそうだが、
役によって好き嫌いが分かれる歌手ではある。
世界的に認められているヘルデンテノールがこれだけラダメスを軽く歌っている一方、
大抵の日本人はこう歌ってしまう。
橋本 弦法
ディーン スミスのラダメスが理想的とは思わないし、
最高音のBの音はあまり美しいとは言えないが、FやGの出し方は非常に安定しているし、
よほど規格外の声を持っていない限り、日本人テノールが目指すべき方向性として、
ディーン スミスの歌唱は現在の歌手の中では間違えなく参考になる。
ヘルデンテノールという色眼鏡で聴くのではなく、
純粋にテノールの声として彼の声の良し悪しは判断されるべきだ。
ワーグナー トリスタンとイゾルデ 3幕
演奏会形式では盛り上がらない、とか、
ビシュコフの指揮が嫌い!とか、
そもそも、トリスタン歌うにはディーン スミスの声は軽過ぎるし、表現が漂白剤入りじゃないか!
という批判があるのは重々承知しているし、そういう意見を否定するつもりもないが、
それでも、トリスタンのモノローグを、雑になることなく技術で歌い切る様には拍手を送りたくなる。
トリスタンなんて、選ばれた楽器を持って生まれた人しか歌えない役柄かと思っていたが、
そこまでの声を持っていなくても、技術である程度カバーして歌うことができる。
ということを教えてくれたのだから大変価値のある演奏だ
※バイロイトの演奏よりこっちの方が個人的には良いと思っている。
もう現在では60歳を過ぎて、2010年前後のようには歌えなくなってしまったが、
リートの演奏でも優れた歌唱をすることができるので、まだまだコンサート歌手としても、
活躍は可能だと個人的には考えている。
そして、お手本のようなパッサージョの響きは、
これからも歌を勉強する多くの人達にとって参考とされ続けるだろう。
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