日本人のテノールは世界で通用しないのか?
と聞かれれば決してそんなことはないと思っている。
だが、声がデカい=世界で通用する。
という誤った認識は捨てなければならない。
色々な方の感想を見て感じるのは、
ドラマティックな役をデカい声で歌う歌手(特にテノール)が凄い。
という感覚が根底にあるように感じるので、
本当にデカい声が素晴らしいのか、考えるきっかけになればと思い記事を書いてみた。
例えば
小野弘晴氏
岡田尚之氏
工藤和真氏
こういう歌唱は確かに派手で迫力もあるが、
では一流の歌手と比べたら何が違うのだろうか?
Marco Berti
登場シーンは7:10~
テノールにとって道化師とオテッロは最も重い役の代表と言われているが、
重い役は重く歌ってはならない。
因みに、Nessun Dorma(誰も寝てはならぬ)のカラオケを聴いて頂きたい。
本来はこんなに静寂に満ちた美しい音楽なのである。
とてもセンプレフォルテで歌う曲ではないことがカラオケを聴くだけで分かる。
これを無視して、ただデカい声で歌うことが本当に素晴らしい音楽なのだろうか?
Nicola Martinucci
はっきり言って、マルティヌッチより小野弘晴氏の方が全然声はデカい。
2人とも生で聴いているのでこれは間違えない事実である。
大事なのは響きの豊かさであり、テキストに対して向き合った結果を如何に表現に落とし込むかであり、
様式感、つまりその作品がどんな風に演奏されることが好ましいかを想像+創造して聴衆に示すことではなかろうか?
どうも、この国ではドラマティックテノール=デル・モナコ
というイメージでもあるのか?
と思うほど、モナコの亡霊が見える歌が溢れている。
デル・モナコと言えば、彼の弟子(バリトン)に一度レッスンを受けたことがあるが、
全くそんな歌い方はしていなかった
Mauro Augustini
めちゃくちゃデカい声のように聴こえるかもしれないが、
狭いレッスン室では不思議なことに全然うるさくないのである。
そういったことを総合して考えれば、
正しい発声=デカい声、立派な声を出す。という発想は間違っていると言って良いだろう。
そこにくると、数年前に日コンを取った城宏憲氏は全然違う
本来の声はもう少し軽い曲の方が合うと思うが、
カヴァラドッシを歌った後、最近の声を知らないのでどうなっているか少し心配ではある。
藤牧正充氏
結構前の演奏だが、昨年の9月の愛の妙薬をやった時も、殆ど声は変わっていなかった。
ドラマティックな声では
今尾 滋氏
響きが多少籠ってはいるが、もとバリトンだったこともあって、最後の高音はキツそうだが、
いつぞのバイロイトで歌ったヴォットリヒより上手い。
今後日本を代表するテノールことになる可能性を秘めている若手としては
宮里 直樹氏
持っている楽器は数年に一人の逸材だと思っている。
これから、如何にその持っている声を捨てられるかがカギになるだろう。
と言うのは、「自分の声が良く鳴っている」
という感覚が色々なことを阻害する可能性があるからだ。
そのためにも、当人に一度信じたものを捨てる覚悟があるかどうか・・・
更には彼の声を正しく導ける教師に巡り合えるかどうか。
もうCDなんか出してるんか!
なお、日本の期待を一身に背負った時期もあった中島康晴氏はと言うと
2001年
2017年
なぜこうなった?と哀しくんってしまう。
全部口が横に開いてしまってドイツ語に聴こえないレベル。
芸大大学院に在籍していた時に彼の歌を聴いたことがあったが、
まだ若かった村上敏明を全く寄せ付けないレベルの圧倒的な声を持っていたのだが…
宮里氏にはこうなって欲しくないものだ。
他に日本人の若手有望テノールとして
という人達の名前が挙がったりするらしいが、ちゃんと演奏を聴いたことがないので何とも言えないところだが、
山本耕平
最近アップされた動画は削除されてしまったので古い演奏ではあるが、
2018年の声を聴いた限りそこまで変化してはいないと思う。
ここまで見てきた通り、パワーだけで押し切って良い歌を歌うことは日本人には難しい。
世界的に見れば、
Vladimir Galouzine
Stephen Gould
みたいなパワーだけで歌える歌手もいるが、
デカい声を求めて行き着く先は、少なくともイタリアオペラを美しく歌う声ではない。
舞台に立つ人間は聴衆が求めるものを提供しようとする。
当然デカい声に喝采を送れば、そういうモノを求める人が必然的に増える。
大事なのは、我々聴衆が舞台に立つ歌手に何を求めるかである。
日本には世界的に活躍できる歌手がいないのではない!
世界的に活躍できる歌とそうでない歌を聴き分ける耳を聴衆が持つこと、
それによって日本の歌唱芸術は間違えなく発展するはずである。
因みに、現在大きな舞台で主役を歌ってるテノールにはステロイド声が横行している。
ステロイドを多用すると、筋肉に柔軟性がなくなり繊細な響きのコントロールができなくなるため、全体的に重い響き、硬い響きになって結果的に大味な歌唱になり勝ちである。
そして何より不自然な声になるので、このステロイド声を聴き分けられる耳は聴衆として養っておきたいところ。
ステロイド声の例
樋口 達哉氏
2019と思われる演奏
2014年の演奏
2019年の方がビンビン響いてるじゃないか!
と思ってしまう方もいるかもしれませんが、それは合っているけど間違ってもいます。
どういうことかと言うと、この声でしか歌えなくなっているので、
違う曲を聴いても全部この声で歌うことしかできません。
1曲ならまだしも、3・4曲この声で聴いてみれば、声だけ強くなっても歌としては機能しなくなっていることがわかるでしょう。
村上敏明氏
持っている声は本当に素晴らしいのですが、この方もステロイド声で、この声でしか歌えません。
あえて動画はのせませんが、福井敬氏もドーピングしながらなんとか舞台に上がっている状態なのは結構知られた話のようです。
私は国音の元門下生と、色んなとこで伴奏してるピアニストから同じ情報を得ているので、間違っていないと思います。
こちらの記事は新たに情報があれば都度更新していく予定です。
※最終更新2019/10/27
はじめまして。コロナ禍の影響で、ユーチューブ三昧の日々を過ごしておりましたら、当サイトを見つけさせていただき興味深く拝聴しておりました。私も以前はテノール歌手を志し、イタリアの土を踏ませていただきました。
現在は愛好家として活動?しております。
どうぞ宜しくお願いいたします。
大村賢哉様
わざわざメッセージ頂きありがとうございます。
イタリアまで学びに行かれた方から興味を持って頂けたこと、大変嬉しく思います。
まだまだ知識不足故、至らぬ点も多々あるとは思いますが、今後ともよろしくお願いいたします。
こんにちは。ステロイド声というものが横行しているとのことで驚きです。
こちらのステロイドとはボディビルダーが使うような注射で打つタイプのステロイドでしょうか?
音楽人さん
コメントありがとうございます。
注射もありますが、飲み薬、吸入とタイプは様々です。
福井さんや、村上さんの明らかに不自然な声を聴く限り、効き目の強い注射を打ってる可能性が高いと思います。
噂のレベルですが、ディアーナ ダムラウも既にステロイドを投与して椿姫などを歌っていると聞いたことがあります。
吸入は一般的な風邪の治療でも使われますが、炎症がひく前に使うと、かえって症状が長引くことがあり、
これは例えるなら、熱さましを飲んで無理やり仕事してるような状態をイメージして頂けると良いと思います。
喉の不調時は、休養と漢方による治療、そして衰えた筋肉を適切にリハビリしていく過程が経験上不可欠だと思います。
Yuya様
声楽鑑賞能力を鍛えるために素人なりにステロイド声の特徴を聴きながら考えていましたが、
①柔らかい響きがない。というより響きが貧相で、直線の長い鉄棒が耳に刺さる感覚がする。先日紹介されたウクライナのPavel Kudryavchenkoがフォルテ中心ながらも力みがなく響きを豊かにまとっていて聞き心地が良いのとは大違い。
②高温が全然伸びない。力づくで出しているようで鈍く重い。
③硬直した筋肉のせいか強弱表現ができずつねに強い声で歌う。その結果単調な劇的な表現だけで間延びしており、繊細な感情表現に欠く。言わば立派な読経みたい。結果3回連続で聴いたら飽きる歌唱になっている。デルモナコといった本物のドラマティックテノールは繊細な感情表現をしている気がします。デルモナコの歌唱なら10回連続で聴いても飽きません。
④比較的弱い表現のときに声が抜けたような感じがする。樋口達哉氏の2019年の歌唱では1:05や1:15で、素人の勘違いかもしれませんが、違和感を覚えました。
⑤上手な歌手はスムーズかつ滑らかに音程間を移行するが、ステロイド声は重い金槌を振り回すような鈍い動きをする。
⑥何より力みがあるので良くない緊迫感を感じて不快
といった感じを受けました。
声楽鑑賞初心者様
仰っている内容で感覚として合っていると思います。
ソプラノの場合は低音が太くドスの効いた声になるという特徴もありますね。
ダムラウやネトレプコの演奏を年代ごとに聴いていくとよくわかります。
モナコも60年代からは結構崩れてきて、流石に筋力で声を持たせているなという感じでしたけど、まだ健康的な声でしたからね。
ステロイド声はとにかく不健康で、私は聴いてると喉が痛くなってくるので耳というより空気の振動で分る感じでしょうか。
酷いと倍音が全くないサイレンみたいな声になりますから聴いていられません。
話変わりますけど、22-23の新国立劇場のキャストは現段階でバリトン勢力が凄いですよ!
一方のテノールは微妙ですけどね。
Yuya様
色々と立て込んでおりまして返信を失念してしまいました。長らく返信せず申し訳ありませんでした。
この感覚で大丈夫なのですね。安心しました。
この前、2021年スカラ座版のネトレプコのマクベス夫人をNHKプレミアムシアターで視ましたが、確かに中低音でドスが効いていて、ドスが効きすぎて、もはや全く違う意味でマクベス夫人になってしまっていましたね。イルダル・アブドラザコフとの共演でしたから落差が激しかったです。
ソ連のアトラントフ系パワーテノールもステロイド声よりまだマシとはいえ、同じような感じがして何か嫌だと感じます。道化師もオテロもアイーダも大味で一様の歌い方と感じます。アトラントフは本当にどれも同じ表現と声で通しているので何度も聴くと飽きてきますね。声は凄いと思いますが。
(ひょっとするとアトラントフもステロイド声だったかもとふと思いました。村上氏の歌い方がアトラントフと結構似ている気がするんです。声は全然違いますが。)
スピント・ドラマティコ系の強い声のテノールでもウクライナのSolovyanenkoやコレッリ、Yuya様推奨のzambonなど良い歌手は心地よいのですし表現も繊細である気がします。
しかし、ステロイド声含め、力みがある歌手は聴いていてあまり心地よくないですね。
おっしゃる通り確かに不健康と感じます。
私は声楽を習っておらず、喉に無理をさせる歌い方を(無意識のうちに)自分の体でシミュレーションして追体験できないせいか、喉が痛いと感じることはありませんが、代わりに、何か詰まっているような感覚を覚えますね。
詰まったような声という意味ではなく、何かが詰まっているような感覚を覚えます。気なのか生命エネルギーなのか。
そしてサイレン声はすごく酷いですね。まさしく大声大会。
今は地方住まいなので東京に頻繁に出かけることは難しいですが、新国公演については、露物数寄なのでボリス・ゴドゥノフと、好きな題目のファルスタッフはどうにか観に行こうと思います。
ボリスゴドゥノフは良いバスとダメなバスが出るので勉強という意味で楽しみですし、ファルスタッフは歌手陣が高レベルで特にバリトンが良いとのYuya様の論評でしたので楽しみですね。
あとは名バリトンのFRANCO VASSALLOが出るアイーダを観たいですね。
こんにちは
歌手もステロイド剤を使っているとは知らず、驚きました。
私がもの知らずで、素朴すぎる質問をするのが申し訳ないのですが、
ステロイド剤を使用することによって得られる効果とは何なのでしょうか?
村上氏の「持ち声」は本当に素晴らしい…
こりー様
コメントありがとうございます。
ステロイド剤を使用することによって得られる効果はスポーツのドーピングと似ていると思います。
恐らく頻度が高い用途としては、本番前に風邪などを引いてしまって声が出にくい。
といった場合に、ステロイドを使用すると無理が効くようになりますので、一晩であれば乗り切れる。
というのが一番大きい効果だと思います。
しかし病気や炎症が治る訳ではないので、あまりステロイドに頼ることが常習化すると喉を傷める確率が高まります。
その他にも、ステロイドの常用には様々な悪影響がありますので、もし興味がおありでしたら調べてみると良いと思います。
村上氏はもう声に柔軟性がなくなってしまっていますので、若い頃の声を知っている身としては残念ですね。