Fabio Armiliato(ファビオ アルミリアート)は1956年イタリア生まれのテノール。
最近までイタリアを代表するスピント~ドラマティックな役を得意とするテノールとして活躍していた人。
現在も現役ではあるが、流石に衰えが顕著になってきた。
この歌手を取り上げたのは、高音の出し方に独特の癖があるからだ。
テノールの発声について語る時、絶対に出てくる言葉がパッサージョ、アクートというやつなのだが、
そこで使われる、「あくびのように奥を開けて息を回す」とか、
「アペルトにならないように被せる」とか、
そういう表現が一体何を指しているのかは釈然としないことが多く、
イタリア人の歌手はみんなそうやって歌ってるような錯覚を持つことさへある。
なので、今回はアルミリアートの高音で、パッサージョ・アクートを簡潔に説明してみたいと思う。
この曲はパッサージョの処理が一番聴き取り易い曲と言って良いです。
アリア部分で詳細を説明してみましょう。
(この動画では1:05~)
<歌詞>
Celeste Aida, forma divina.
Mistico serto di luce e fior,
Del mio pensiero tu sei regina,
Tu di mia vita sei lo splendor.
<日本語訳>
妙なるアイーダ、素晴らしい姿
光と花の神秘的な花冠
あなたは私が思っている女王
あなたは私の命の輝き
まず、
「Celeste Aida, forma divina」の音形は
F→G→A→B→C→Fの繰り返し。
ここで、五線の上のFに来るのが”a”、”na”です。
一般的にはこの音はパッサージョになるのだが、アルミリアートの場合はもう少し高いようで、
次のフレーズで歌い方に変化が出る
「Mistico serto 」
G→A→B→C→D→Fis
「serto」の”to”を出す時にズリ上げるように歌っている。
これが喉が上がらないようにしながら、奥を開けて息を回す作業に当たる。
本来はこれが見えないように3倍速位でやらなければいけないのだが、
アルミリアートは終始こんな感じで、高音で伸ばす時には視覚化(聴覚化?)をしてくれている。
※本来は不要な作業なので無いに越したことはありませんが。
ドミンゴとの比較
プラシド ドミンゴ
(アリア 0:55~)
はい。
ドミンゴの高音をアクートという人もいますが、この通りパッサージョの処理が正しくできていない。
具体的に、
「Celeste Aida, forma divina」の歌詞で
「Aida」、「divina」の語尾が突出して音色が変わっている
実はこれもアペルトと言って良い声である。
「息を回す」とか「声をかぶせる」という言い方以外にも、
「声を飲む」とか「窒息するように声を出す」というメソードがある。
言葉だけ聴くと明らかに間違っていそうだが、
会得できれば安定してパッサージョでも自在に声をコントロールできるようになるのだという。
「窒息するように」と言うのは、
息切れした時に、ゼーゼー音がなってる部分、
要するにに喉の一番深い部分だけを鳴らす。というやり方で、
実質、その人にとって最も深い響きを得ることができる方法。
この方法で歌っているテノールで、現在最も上手い歌手だと恐らくベルティ
マルコ ベルティ
この人はFでパッサージョに入っている。
「窒息するような」というのが、一番最後の部分
「un trono vicino al sol」の声なんかではイメージができるかもしれない。
なお、そのメソードを履き違えるとこうなってしまう。
星 洋二
この人は生徒に「喉の奥で唸られ!」
的なことを言っており(今でも言ってるのか?)、
学生時代は何を言ってるのかさっぱりわからなかったのだが、
今になると言いたかったことはわかった。
だが、彼の場合は唸る部分が浅く、喉声になっている。
このメソードは少しでも喉が上がってしまうと、喉を締め付ける歌い方になってしまうので、
必要な筋力と息のコントロールが整っていないと破綻する。
こうして考えると、イタリアに留学した経験のある歌手の多くがなぜ大声大会状態になってしまうのか?
という疑問も、このメソードに触れた結果、中途半端に覚えて日本に持ち帰ったことが原因である。
という結論に至った。
因みに、この歌い方だと声帯を薄く使うという概念がないので、
当然ミックスボイス(ファルセットーネ)も存在しない。
もし、イタリア式の発声なるものが存在するならば、
このメソードがそれに当たるのかもしれない。
アルミリアートという歌手は本当に勿体ない歌手である。
素晴らしい声と高音のポジションを持ってはいるのだが、
時々泣きが入る(ブレスコントロールのミス?)
上行音型で頻繁にズリ上げる。
常に全力投球で緩急がない。
という良い声であるが故に残念さが出てしまう。
その要因は、声を響かせる空間の確保は十分にできているのに、
息の量や方向性が間違っているからであろう。
もっと少ない細い息で硬口蓋~鼻の下に掛けて響きが乗れば間違えなく一流歌手なのだが・・・。
その響きの差がマルティヌッチとの違いであろう。
ニコラ マルティヌッチ
太い声に聴こえて、しっかり射抜くべきポイントに息が通っているのがマルティヌッチ
数打ちゃ当たる方式で、太い息で歌っているのがアルミリアート
私達にとってみれば、
アルミリアートのそのようなマイナス部分のおかげで、
パッサージョを通す息の流れや、声を被せる。ということが分かり易くイメージできたので、
この場を借りて礼を言わせて頂こう。
「ありがとう、君のズリ上げ発声は、我々にとって良い教訓となった!」と
2019年の演奏ということは、61か62歳のはずだが、やたら若く見える。
この声が60代でも出るというだけで凄いが、
ピアニッシモが完全にファルセットだったり、音楽にレガートが欠けてしまうのは、
結局響きのポイントが低いからである。
だが、発声的には決して悪くないため、
揺れることなく年齢を重ねても健全な声を維持できている。
何歳までこの声が維持できるのか注目したい。
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